Titleimage

役者やのぉ〜


人は見かけにはよらない、とは言いますが…

おつき合いさせてもらってるBlogさまの、すべての下ネタに(だけ)コメント付けている私です。

このBlogも、エントリ数ははや200を越え、しかしその内訳はイチローさんの打率をはるかに上回る勢いで、人様に読んでいただくだけの情報も示唆もなく知性も理性も感じられないいわゆる”ゴミ”の類いのエントリが占めているような状況です。

皆さまのBlog記事を拝見するたびに、何の疑問も抱かずに、こんなゴミエントリをまき散らすほどに恥知らずな自分というものを突きつけられて、ほんとうにもう、”穴があったら入れたい”ような心持ちのする今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

振り返ってみれば、当初からこういうキャラでいこう!と決めてBlogを始めたわけではありません。
なんとな〜く記事を書いて、それにコメント下さる皆さんとのやりとりのなかで、自分の中に潜在的にあった資質が溢れ出てきた結果、こういう方向性が出来上がってきたのではないかと思うのです。(潜在的にですよ、潜在的に…)

そう考えると、Blogっておもしろいですね。
自分の気付かない自分を、引き出してもらえるようなところがあって。
そういうのはリアル社会のなかでも他人とのコミュニケーションによって位置づけられる個性というのはあるとは思うのですが、たとえば、ですよ、
私の、いちばん○○○のは、○○を○○○○すること、とか、○○○を○○ったまま○○○してもらうのが好きっ!とか、もうなんなら○○○を使って○○○のほうでも○○○しちゃおうか、とか、そーいうあからさまで恥ずかしくってふつー常識ある社会人としてのオトナならとても言えないようなことでも、こうして顔を隠して書くことのできるBlogなら、堂々と言えちゃったりもするのです。

ああ、快感。

ほんとかどうか知りませんが、人はみんな(自分の人生という舞台上で)”自分”というキャラを演じてるだけなのだとしたら、やっぱり監督・脚本から大道具、小道具、カメラワーク、キャスティングまで、ぜ〜んぶ自分で決めれなきゃ楽しくないですもんね。
しかしリアル社会の中ではなかなかそうはいかなくて、自分が納得して、こーしたいという演技を自分自身で決めれずに演じなきゃなんない場面もたくさんあるのではないでしょうか。
そこんところの乖離が少ない生き方(つまり、自分が納得した役柄を演じてる人)は、幸せな人生と言えるのかもしれませんね。

よくね、ふだんとっても真面目でおとなしくてコミュニティの中でも自分を主張しないような人が、お酒飲んだ時だけプッツン切れて暴れまくっちゃう、みたいなことってありません?
ああいうのって、たぶん普段は抑圧しているものが多い人ほどその反動が、酔いに任せて溢れてきてしまうのだろうと思っているのですが、ひょっとしたらBlogやネットでのキャラって、そういうのと似たような部分もあったりするのかもしれないな、って思うのです。

そう考えていくと、Blogでオヤジギャグばかり連発しているオゲレツな私は、ほんとうはとてもとても理知的で真面目で堅実な、しっかりした大人、冗談なんかひとつも言ったことの無いカタブツな超一流ビジネスマンなので、その反動でこんなBlogキャラなのかもしれませんよ。


と、いうような話を、昨日コーヒー飲みに行った(このBlogを通じて知り合えた)リアル私を知っているマスター梅介 さんと話していてぼんやりと考えたわけですよ。


あ、バレてるじゃん。素の自分が。

ゴメンナサイ。真面目なカタブツ超一流ビジネスマンなんかじゃありません。


素でもシラフでもバーチャルでもリアルでも、下ネタだけ言ってるただのオッさんなのでした。

ゴメンナサイ。

ほんとに。



ちなみにタイトルはこの名作から。
嗚呼 花の応援団 1 (1)
どおくまん

集英社 1994-10
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

Posted: 月 - 2月 21, 2005 at 11:14 午前          

Comments