Titleimage

見て見て!私を見てっ!


いままで隠してきましたが(てかリンクしてるので隠れてない…)、私がずっとずっと大ファンな人気Blog『人生ハイ&ロー』のゆきさんのエントリで知りました。


雑誌『an・an 』の10/27発売号の記事。
【特集】男ゴコロの微妙な場所
    男の子独特なのがヒーロー願望。
    自分の得意分野で脚光を浴びたい。
    ブログ人気も"見て見て僕を見て"という欲求の表れです。

だ、そうです。

へー、そーなの。
ってか、それって私のことですかぃ?

う〜ん、しかし考えてみれば至極まっとうなご意見のようにも見えますねー。
こんなBlogを立ち上げて、毎日まいにち駄文をばらまきながら、見てくださる皆さんのコメントや反応に一喜一憂してるオトコって、やっぱちょっとキモイ〜っすもんね。

私の場合はBlogのネタにしてるバイクもアメカジも音楽も、けっして世間的に見て”得意分野”と呼べるようなディープなコダワリも有益情報もありませんので、もひとつタチの悪い自己顕示欲の発散場所になっているのかもしれません。

考えてみれば(みなくても)しょせんBlogもバーチャルな虚構の世界。
私という人間がここで書き散らかすことと、現実の私自身の間にどれほどの乖離があってもある意味仕方の無いことです。
じっさいの私はじつはバイクなんか乗ってなくて、毎日イカした(←死語?)スーツ姿で颯爽と職務を遂行する一流ビジネスマンなのかもしれません。(つーか妄想はいつも都合の良いほうへ転がりがちですねん)
あるいはまた、毎日えっちぃなことばっかり考えてるただのスケベぇ中年なのかもしれませんよー。(それは知ってる?)

そーいう虚構としてのBlogは、よく言えば人間の多面性の発露として機能するということでしょうが、使い方を変えればまったく在りもしない”自分じゃない自分”を造り上げ演出していく場所になり得るのかもしれません。

先日victorさん に頂いたコメント読んで感じたことなんですけど、ホントに私はこのBlog通じて皆さんと関われることでインスパイアされたり思い出したり考えを変えたり考えがまとまったりといったことができるようになりました。
それはきっと、書くこと言葉にすることでぼんやりとしていたものが輪郭を持つ言霊の力であったり、”自分では気付けない自分”というものを他者である皆さんとやりとりする中で発見できることの結果なのだと思っています。

自分が自分だと思ってる自分っていうのは、じつはあんまり正確な自分ではない。
(人間は自分の一部【自我】しか認識できない)

このことを意識できるようになるのとそうでないのとでは、人生いろいろある中でずいぶん背負い込む荷物の重さに差が出るのだとも思います。
Blogを通じて”互いが”気付き合う新たな発見は、そういうほんとうにしあわせな効果なのではないでしょうか。


そーいうしあわせはとってもありがたいことと受け止めつつ、女性雑誌に「”見て見て僕を見て”という欲求の表れです」と書かれてしまう一方の現実のこともバランスよく理解しておいたほうが良いのかなぁ〜、などとぼんやりと考えました。


ま、『an・an』の読者層や影響力はよく知りませんし、誰になにを言われたところで露出症などという性癖はなかなか治るものではないですしね。


そこのおねーさん、私とひとつア○カンでもどーですか?


↑いや熱燗ですよ、アツカン

またえっちぃなそーぞーしたでしょ?


Posted: 金 - 11月 26, 2004 at 05:49 午後          

Comments