ここからもういっかいアクセルオン
パーシャル状態からアクセルオンにするのか閉じるのかは、ある種の勇気が試されることでもありまして…
それってけっこう示唆的に人生そのものでの判断を示していませんかね?トラクションかかってないと不安定になる、ってのは理屈では頭ではわかっていても、”勇気”を持って踏み出さないと閉じちゃう場面って多いと思うんですよね。10代の若造じゃあるまいし、いい歳こいて人生のブラインドコーナーが怖いなんて言ってられないのもつらいところなのですが、いくつになろうと慣れや経験が積み上がろうと、やっぱ最後は勇気を持ってアクセル開けないことにはクリアできないものなのです。いまでこそネットで下ネタ書き散らかしてへーきな中年になりましたが、私は長い間けっこう心閉ざして生きてきてました。見た目でいうとウニみたいな
感じで。なのでね、染み付いている生き方がパッシブなんですよね、基本。寂しさ、切なさ、悔しさ、嫉妬心、猜疑心、恨み、妬み、怒り、悲しみといった感情を耕しながら成長してきたっていう感じですね。イヤですね、コワいですね、キモイですね。そーいう真っ暗な精神構造を抱えながらすがっていたものがロックだったりバイクだったりしたので、自分の中に人生の判断基準として事象や対象を「ロックか、そうじゃないか」「バイク乗りか、そうじゃないか」ってーいうような(曖昧且つ極度に主観的な)量りでもって見てしまう目が養われたのだと思います。いやそれは、見た目が鋲打ち革ジャンとモヒカンでロックかどーか、とか、バイク歴が何年とか乗ってるバイクが何シーシーか、ってなこととはまったく関係なくね、あくまで私個人の内的心象によって判断されるのですけれど。昔はね、トロトロ集団で走る遅っいバイクなんてバイクじゃねー、とか、集団に溶け込む奴はみ〜んなロックじゃねー、とか、真剣に思ってたものですが、そんなのも時間の経過とともに1本ずつ抜け落ちていく刺の数が増えるごとに変わっていくのですよ。いまじゃあサラリーマンはロックだと本気で思ってますし、免許取り立てでいきなりリッターバイク乗り回しちゃうおねーちゃんなんかにモノホンのバイク乗りの匂いをびんびんに感じたりしてますよ。いやほんとに。いやね、海底深く重く沈んだマザーシップ
の中の亡霊は、周りがどう評価しようと誰になにを揶揄されようとも、どれだけ自虐的であっても卑屈でも「これがロックなんだよ、オレがロックなんだよ」とうそぶくことで実態をたぐり寄せる、生身の身体を再生させる力を持っているのではないかと(半分は冗談混じりに)期待させもするのです。そしてまたそれは、なにものでもなくいまを生きる自分への(半分は冗談混じりの)期待でもあるのです。どこからでも、もういっかいアクセルをオンにすることで立ち直れる、このコーナーをクリアできる、そーいう裏付け(幻想)を持てるということだけでも、バイク乗ってきてよかったなーと心から思えるのです。いやほんと、ただいま人生のブラインドコーナーでフルバンク中。クリアできるかズッコケるのかは、お楽しみ。
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Posted: 水 - 11月 28, 2007 at 06:13 午後
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