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Secondhand Blues


中古について、思う。


突然ですが、中古が好きです。セコ・ハンです。
バイクも衣料も持ち物も。

何故?

いや、理由は無いです。わかりません。
あえて言えば、私自身が持つ”モノ”への欲求に対して充分な経済環境にない、というのは大きな理由であるかもしれません。
中古品は、当然ながら新品のそれと比して(特別なものを除けば)価格的にはお財布に優しいというのはあたり前のことです。

それは確かに大きな理由でしょう。
だけど、しかし、どうも理由はそれだけではないようです。

ピカピカの新車を手に入れ、丁寧にナラシを施し、自分流のコダワリを反映させたカスタムをする。
新品のレザー・ジャケットを手に入れ、最初は脱いだカタチのまま自立するような硬さのそれを、長い歳月をかけて自分の身体に馴染ませて調教する。

そういう種類の喜びは、確かに確かにあります。とても重要です。
私は革製品が好きなので、新品のヌメ革小物やバッグをお日様に干したりオイルアップしたりして育てることを、ひとつの趣味としています。
また、これまで何台か新車のバイクやクルマを手に入れて、どノーマルの状態から長い時間をかけて愛でた経験もあります。

そういう”新品の魅力”を知ってもなお、しかし、それでも、何故か中古が好きなんです。

ひとつには、イギリスでのポートベロ・ロードやカムデンロックのアンティーク・マーケット、京都で毎月伝統的に開かれている「天神さん 」、「弘法さん 」などの蚤の市での宝探しのような経験が影響しているのではないか、と思います。

イギリスでは60年代の旧車のパーツや、戦前のツァイス・レンズなどがゴロゴロ並んでいる屋台にもビックリしましたが、それ以上に、とるに足らない日用品や「誰が必要とするんだ?」というようなトンデモナイものまで、それこそなんでも”中古”という括りの中で同列に扱われることがとてもとても印象的でした。
”古さ”に価値があるのは、なにか特別な芸術品や工芸品だけでなく、ただただ『時間を経た』というそのことだけに敬意のようなものを感じるモノへの接し方に、とても大切なことを教えられたようにも思います。

Yahoo!オークション などのおかげで、最近では日本でも普通に一般の人たちが、それぞれに不要なものを必要としている誰かに譲り渡せるということができるようになって、ほんとうに素晴らしいことだと思います。

「オレは新車しか乗らないぞ」とおっしゃる方々も、それはそれでひとつの価値観であり信念だと思いますが(そして当然、そういう層の方がいらっしゃらないと、セコハンを求める人たちにモノは供給されないわけですが…)、時間を経たモノを愛でる文化が、もっともっと醸成されていけば、環境負荷の軽減の観点などからも、とても好ましいのではないか、などとも思うわけです。



ぜんぜん関係ないのかもしれませんが、こういうセコハン文化を語るとき、”処女崇拝”の影響は考えられないでしょうか?

私は、ヴァージンは苦手です。




いや、関係ないか。

話がなんか、とんでもない方向へ行きそうなので、ヤメ。


Posted: 月 - 12月 20, 2004 at 10:17 午前          

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