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私は預言者ではない


ロック・ミュージシャンやポップスターとしてよりも、なにか”メッセージを発する者”として位置づけられることも多いボブ・ディランの言葉。


ロイター2004年12月3日の記事

「預言者や救世主になりたいと思ったことは一度もない」
「私の作品は、単なる歌だ。教会での説教ではない。歌をよく考えれば、私が何かのスポークスマンではないことが分かると思う」

なのだそうです。
確かにね、ご本人からしてみれば迷惑な話でしょう。神格化されたりするのは。
わかりますよ、想像できますよ、その気持ちは。

でもね、しかしね、本人が望むと望まざるとに関わらず、あなたのメッセージによって人生を決定づけられた、生き方を方向付けられた人々が、世の中にたくさんたくさんいるのです。

私はクリスチャンではないので(狭義の意味で)神は信じませんが、Rockのことは信じてますよ。


たぶん、”立ち上がれないようなどん底”とか”微かな光も届かないまったくの暗闇”とか、そういうものの中でもがく人にとって、それが「救い」となるのなら、どう呼ぼうが名前なんかはどうでもよくて、それは確かに必要な”なにか”なのです。
宗教でもイデオロギーでもよいし、もっと下世話な”お金持ちになりたい”とか”女の子にモテたい”とかいう動機付けでもなんでもよいのですが、そういう様々な”すがりつくべき希望”のなかで、(私にとっては)確かに現実的に有効であったのがロックでありボブ・ディランのメッセージだったのです。


いまさら「私の作品は単なる歌だ」なんて言われても、もー遅い。
(私の個人的な意見ですが)それが”単なる歌”かどうか判断するのは、あなた自身ではなくて受け取った我々の側であり、時代であると思うのです。

私の人生を狂わせたあなた。

許さないわよ。


と、思うわけです。

Posted: 金 - 12月 3, 2004 at 06:55 午後          

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