Led Zeppelin IV◆Led Zeppelin
ターニング・ポイントについて。
最近ね、よく書いてますが「自分が歳とったなあ」って感じることがとてもとても多いんですよ。 フィジカルの側面はもちろんあちこちあちこちでそういう傾向が見られるわけなのですが、それにもましてね、心の問題、ハートの部分で、以前の自分だったらぜったいこんなふうに感じたり思ったりしなかったろう、ということを突きつけられることが多いのです。 でね、考えてみたら35歳という年齢は、なにかとても象徴的でもありまして、まさしく”折り返し地点”を意識させられる区切りの数字のようにも見えてくるのです。 ひとつの例ですけどね、簡単に大型二輪の免許が取れるようになった最近の事情からは考えられないことでしょうが、私が若い頃はまだ「ハーレーダヴィッドソンに乗る」なんていうことには、ある種の”生き方”を覚悟して受け入れることと同義だというような特別な意味が含まれていたような気もします。 ハーレー乗ろうか、みたいな発想自体が自分の想像力の外にあって、それはもちろん経済的な理由もとても大きいのですが、ただ漠然と「まだ自分には早い」という思いがあったのです。 そんなふうに私はあらゆることに「オレにはまだ早い」「覚悟ができていない」という感覚、なにか途上な感じ、未完成な自分というものを(甘えにも支えられながら)生きてきたような気もします。 それはきっと「自分はまだ若い」という(根拠や基準のない)メンタリティに支えられてもいたのだと思います。 そういうふうに考えてここまで来て、じゃあ”いつ”その時は来て、”いつ”その覚悟はできるんだ?と自問すると、とーぜんですが「はい、今日から私は大人です」みたいな基準はどこにもなくて、頭の中で右往左往するのですが、まあ常識的に考えて(ってのはいちばん受け入れ難い基準でもあるのですが…)35歳という年齢の数字はある意味じゅうぶん説得力ある数字のような気もしてきちゃうのです。 で、(またしても)ぜんぜん関係ないですが、レッド・ツェッペリンのこのアルバム。 う〜んと、世の中でロック・バンド、ロック・ミュージックと呼ばれてるもののひとつの”基準”であり”象徴”でもあるバンドの、その中でも最も象徴的なアルバムです。 ロックの名盤百選とかいう企画があったら、ぜったい入ってくる一枚。 私はリアルタイム世代ではなく、もうすでにぶくぶくに太ったジミー・ペイジ様が80年代当時ロッキン・オン紙上で「じつはあれは着ぐるみで、中に引き締まった肉体が隠されてるんだ!」という説がふりまかれていた頃に聴いているのですが、はじめて聴いた時からいままでずっと、この美しさと切なさを孕んだ疾走感(というのはもちろんロック・ミュージックそのものの魅力)の完成度は、他のなににも代え難くて、いまでは数少ない自分の中での「けっしてBGMとしては聴けないアルバム」の中のひとつです。 私がね、ふと”折り返し地点”について考えたときに、なぜか頭に浮かんだのがこのアルバムなのですが、その理由はよくわかりません。 もしかしたらそれは、ロックにおけるZEP前ZEP後という区切りが(たとえばピストルズみたいに)自分の中に出来上がってるからなのかもしれませんし、またもしかしたら2.Rock`n`rollと、4.Stairway
to
Heavenというこのバンドを象徴し代表する(まったく趣の異なる)2曲が収められているアルバムだからなのかもしれません。 まだ確信はないのですけれど、私は多分もう大人です。 そしてもし、これから先に後半分の時間が残っていなくても、振り返った”いま”をターニング・ポイントだったと思えるように生きていきたいと思うのです。 後悔のないよう、生きていきたい。 そーいう思いこそが浅はかで身勝手で他人を傷つけて不義理を繰り返す”未成熟な生き方”なのかもしれません。 しかしもしそうだとしても、これからは自分に「まだ覚悟ができてない」とか「自分にはまだ早い」などという言い訳をしないようにしていきたい、と思うのです。 行き先が、ヘブンなのかヘルなのかを、おどおど気にしながら生きていくことだけはやめようと思います。 なんか、わけわかんないこと書いてますね、また。 まだいろいろテンパってるのです。たぶん。 でもたぶん、私はもう大人です。 剥けてる剥けてないってのだけで判断しないでくださいね。 仮性包k…(ry
Posted: 木 - 10月 13, 2005 at 03:23 午後
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