Lightnin◆Lightnin' Hopkins
ロックの母親であるブルーズ音楽のなかでも、カントリー・ブルーズはちょっと”とっつきにくい”と感じられる方も多いのではないでしょうか。
そんな人にもぜひオススメしたい戦後のテキサス・カントリー・ブルーズを代表するブルーズマン、ライトニン・ホプキンスです。表現がおかしいかもしれませんが、コテコテのブルーズ臭さを持ちながら、どこか肩の力を抜いて”キャッチー”なんですね。そして、このライトニンのスタイルこそがブルーズの魅力であり本質なのだとも思います。いまじゃ唯一の超大国となったアメリカ合衆国という国は、そもそもの歴史的成り立ちから、土着の民族を蹴散らしなぎ倒しながら、それを開拓と称し自己正当化して出来上がった国です。そして、そういう黎明期の建国当時から国の下支えとなったのが、人類発祥の地から連れてこられた『未開の地』の人たち。彼らは長く奴隷として扱われ、解放されてからもマイノリティとしての差別を受け続け生きてきた人たちです。そうした黒人たちが歌う”悲哀の歌”がBluesと呼ばれる音楽なのですが、そういう生い立ちやイメージとは裏腹に、じつはブルーズには”明るい歌”が多いんですね。明るいと書くと語弊があるかもしれませんが、少なくとも”見えやすいカタチ”でのどん底感、真っ暗感、というよりは「オレの女が出てっちまったよ」的な日常の中の”切なさ”を笑い飛ばすように歌われることが多いのです。圧倒的な絶望感の中の楽天性とでもいうのでしょうか、そういうある種の”ユーモア”がブルーズの特色であり魅力です。ロックの母親がブルーズならば、お父さんはカントリー・ミュージックでしょうか。ブルーズの持っているこういう”裏返しの表現”や淫猥さと、真っ直ぐ直線的なカントリーとの間に生まれたロック・ミュージックが、なにもかも叩きつぶすほど攻撃的であったり、逆にすべてを包み込む優しさを持っていたりしていることは、不思議でもなんでもありませんね。自分の正義は、他の誰にとっても当てはまる不変の真実。そしてその正義を全うするためには”如何なる犠牲も”いとわない。そんな偏った未成熟の魂が”国家”という規模のコミュニティを動かす事実の恐ろしさと、”歴史”に学べない不幸は、今のアメリカという国を見ることでよくわかるような気がします。ブルーズを、そしてロック・ミュージックを生み育んだ国としての側面を、もすこし大切にしてくれるようになったら、また違った姿勢を見せてくれるようにもなるだろうに、と期待してしまいます。国家も個人も一元的でない価値観や思想の集合体ですもんね。
Posted: 水 - 12月 22, 2004 at 04:32 午後
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