俺の声◆SION
なににつけてもそうですが"カテゴライズする"のはあくまで他者との共通認識のための便宜上の措置であって、モノゴトの本質とカテゴリー分けは、じつはかなり乖離している場合もあるのだ、と思います。
アメリカン、ネイキッド、ツアラー、スーパースポーツ、カフェレーサー、トラッカー、オフローダー、などなどバイクの分類にもいろいろありますが、それだって性格特性のどのベクトルが突出しているか、という「程度差」であって"モーターサイクル"というプロダクツの持つ本質の魅力に優劣はありません。私の乗るSportsterというバイクは、有名なハーレーダヴィッドソン社が作成したまぎれもない”アメリカのバイク”ですが、これをひとことで「アメリカン」と言われてしまうとなにかちょっと違和感があったりもします。んで、(って、ぜんぜん繋がりが見えませんが…)SION
です。この人の音楽には、私、ものすごく支えられて生きてきました。愛しき酔いどれの天使です。本当の聖なる光はドブ川の濁りの中に輝く、という感じ。なんども何度も、立ち上がれなくなりそうになった時、いつもSIONを聴くことで救われてきました。わかってるんです。弱いんです。私も、SION本人も。幸運にもデビューからリアルタイムで追いかけることができた数少ないミュージシャンのひとりでもあります。デビュー当時、私たち地元の仲間内では彼は”中学中退”という説がまことしやかに語られていました。それを聞いて「すっげぇー!なんてカッコいいんだ、義務教育を中退なんてっ!」と本気で思ってましたが、じつは高校行ってらっしゃったみたいですね。しかしそれでも、その生き様はハンパなくアウトロウでしょう。最近ではCMソングを手がけたり、テレビドラマに出演したり、ジャニーズのグループに楽曲提供するなど、そうとうマトモな方向で活躍もされているようですが、そもそもの出来が正真正銘の”不良”ですから、その輝きは失われません。SIONのCDをMacに取り込もうとiTunesを起動すると、CDDBから拾ってくるCD情報のジャンル欄は「Blues」になっています。う〜ん、わかってるじゃん、ジャンル分けしているのは誰だか知らないけど。いわゆるブルーノートスケール、3コードを使った12小節の楽曲からなる黒人音楽、というBluesの定義とは離れたところにある、”スピリットとしてのブルーズ”という音楽ジャンルが確かに存在するのですね。それは”哀歌”と日本語で書けば、その本質を理解しやすいかもしれません。RockでもBluesでもどんなジャンルでも良いのですが、大切なことはその音楽が”魂震わせて”くれるかどうか、ってことだと思います。そしてSIONの歌は、私にとってもはや「歌」でもないかもしれません。それは”詩”であり”唄”でもあるのですが、音楽という枠からもはみ出していて、これをなにかにカテゴライズすることは不可能です。一時期のボブ・ディランが、一部の人たちにとってそうであったのと同じように。もはや音楽的にどうこうといった話ではないのです。もっと別の次元の存在。他に影響を受けた多くのポップスターたちと違って、SIONはなにか重要なメッセージや啓示を与えてくれるわけではありません。道に倒れて泣いている人がいたら、それを勇気づけ助け起こすのではなく、自分もいっしょに倒れていっしょに泣いてくれる、といった感じなのです。SIONがぶつけてくるのは、人間としての”どうしようもなさ”や寂しさを抱えながらあがく”カッコ悪さ”だったりするのですが、そういう”弱さ”をきちんと”弱さ”として自我の中に取り込めないと、人間壊れていってしまいます。そしてそういう弱さをストレートにぶつけてくれる存在は、私のようなヒネクレていていいカッコしぃーのどうしようもない人間には、たいへんたいへん貴重なのです。「明日なんて知らねえさ」吐き捨てるくせに「明日が、明日こそは…」すがってたあぁ、痛い。心が…
Posted: 木 - 9月 30, 2004 at 12:01 午後
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