コンセントレーション・ハイ
澄んだ空気の中を走れる冬のライディングが好きです。
今年は冬だというのに、まだ本格的な寒さというのはないですね。暖冬だとか言われてますけど、ほんとにどんどん季節の変化が曖昧になってきてる気がします。日本もそのうち東南アジアのような亜熱帯の国になっちゃうのでしょうか。とは言ってもやっぱりこの季節にバイク乗るのは寒いです。スピードが10km/h増すごとに体感温度は1度下がるんでしたっけ?だとすると気温が10度あっても、時速100km/hでは体感温度0度ですもんね。久しぶりにいつもの練習コースを走ってみました。高雄から美山まで。紅葉の観光シーズンもひと段落して、コースはとても空いています。
春から秋にかけてはいつ行っても様々なバイクで溢れていたパーキングも閑散としたもの。やっぱこの時期に走られている方は、なんか気合いの入った本気練習の感じの方が多いですね。何台か出会ったバイクの方達は、脊椎パッドの入った本気スーツやきちんとオーバーパンツまで装着したライダー達で、私だけ革ジャン、革パンのカジュアル格好でしたよ。
途中少しだけ小雨に当たったので、帰ってきてバイクをフキフキ。私は基本的にズボラで、バイクも常にピカピカという状態ではないのですが、いったん作業し出すと細かなところが気になってきて、なかなか終われません。革製品のオイルアップなどの作業もそうですが、こういうバイク磨きなんかも、いちど集中するとなんか精神修行の様相を呈してきます。まるで、禅寺の修行僧が砂紋に模様を描くときのような。考えてみれば、日常の中でこういう種類の集中をする機会というのはなかなか少ないものです。仕事でなにかクリエイティブな作業しているときとか、単純作業を繰り返す場合なんかも同じような感覚があるかもしれませんが、それよりも少しリラックスした心持ちで、好きな音楽でも流して目の前の作業に没頭しながらいろんなこと考えるともなく考えているときっていうのはきっと、なにか特別な脳内物質が分泌されているのではないかなどと考えてしまいます。それは、意味のない時間。しかし、とても大切な時間。バイクのライディングそのものにも同じような感覚があるのですが、”時間は有限で人生は短い”という真実の前でこそ、こういうプリティ・ヴェイカントが、とてもとても大切なのだと思うわけです。のっぺりとした無感動の生き方よりも、起伏に富んだ陰影と奥行きのある人生の方が魅力的なのは自明のこと。私にとってバイクに乗る、バイクと関わる時間というのは、そのための”抜く”時間なのかもしれません。そういう時間が、古来”祭り”として共有された”ハレの”時間と繋がるのではないか、と考えると現代というのはとても寂しい時代だと言えるのだとも思います。ああ、バイクがあって、よかった。
Posted: 火 - 12月 14, 2004 at 09:25 午前