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You got to live note!


「へっ、二速落としていきやがった!」

放浪番頭さんの『奥州屋 』で紹介のあったYAMAHA サイトの東本昌平オリジナルストーリー”Just The Live Note! ”、なかなか楽しめました。

やっぱり私は最近の『キリン 』のストーリー展開に見られる路線よりも、こういうふうに純粋に”バイクで走ること”の魅力に触れられる物語のほうが好きみたいです。

サニー・バージャーみたいに"Live to ride, Ride to live."な、人生そのものがバイクと共にあるいわゆる”バイカーな”生き方は、それはそれでとても筋が通っていてカッコイイのですが、あれはやっぱりある種の覚悟のできた1%erな方々の姿勢なのだろうと思うのです。

ヌルい日常を生きる私などは、間違っても”バイカー”なんかになれないただの(すけべぇな)中年なのですが、そういう大多数の99%へ向かって紡がれる物語というものも、とてもとても大切なのだという気がします。

若い頃は誰でも多かれ少なかれ”自分は特別な人間になれる”という思いに支えられて、いろんな夢を持ったりチャレンジをしてゆくものだと思いますし、それは自己実現を達成しポジティブに生きていくことへのインセンティブともなっているある種大切な”勘違い”でもあると思うのですが、人生も折り返し地点を過ぎてみてふと立ち止まってみると、多くの人は(相対的な価値観の中では)自分はぜんぜん特別な人間などではないことに気づくのです。
そして、名も無きこと市井の人であることの意味や幸せを噛みしめながら、ほとんどの人は生きていくのではないでしょうか。
負け惜しみやあきらめでなく、そのことを受け入れ幸せを感じること、そして「地の塩 に乾杯!」と、本心で心の奥底から思えるようになることが、ほんとうに成熟した大人に成長する、ということなのだろうという気もします。

しかししかしやっぱり”特別じゃない日常”を生きるというのはいろいろとストレスの多いものです。
そんな”生活といううすのろ ”をなんとかやりきるために、皆なにかしら自分なりの”音になる”方法を持っているのでしょうね。

いまの私にとってバイクは、ほんとうに日常の外にあります。
仕事や生活といった日常の暮らしの中で、澱のように蓄積されていく細かなストレスを吐き出すこと、全身を流れる血液を、いっかいぜんぶシャッフルして隅々まで行き渡らせること、身体中の細胞のひとつひとつに活性のためのシグナルを送り出すこと、そういう特別な”非日常”が、私にとってのバイクなのです。

「生活?そんなものは召使いに任せておきたまえ」(Villiers de L'isle-Adam

いや、残念ながら私には私に代わって私の人生を生きてくれる召使いがいないので、そのためにバイク乗るのですよ。

日常の”あっち側”へ、ときどきは行くのですよ。

音になり、風になるのですよ。




Posted: 火 - 6月 6, 2006 at 02:26 午後          

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