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ピストン運動なのですよ


先日ね、ある新築のお宅にお邪魔してトイレを借りてびっくりしたんですけれどね…

最新式の自動トイレはものすごいことになってますね。(←遅れてるの?私)
トイレに入ったとたんにセンサー感知されて自動で便座が上がっていったり、用を足した後は水を流さなくてもトイレ様が勝手に処理してくれるのですよ。
もちろんトイレの電気なんかドアを開けたとたんに勝手に点きますしね。
もーね、未来の世界ですよ、まさに。21世紀ですよ、これは。

さいきんのクルマ(4輪車)を見ていてもですね、排気音はほとんど聞こえないし、ナビやETCは一般的に普及してくるし、勝手に車間距離をコントロールしてくれる機能が付いてたりして、もーほんとにこれは未来の乗り物実現という感じがしますね。
メーカーのオイル交換推奨距離が2万キロなんていう信じられないようなクルマもあるようですが、ハイブリッドなんかも含めてそういう環境負荷低減のための技術進歩も著しいものがあるのでしょう。
ものすごい技術の進化と人間の英知、ハイテックな匂いと都会的な洗練を感じますね。

もーね、ほんとにそのうちドラえもんがやってきた時代が来ちゃうんじゃないかと感じますよ。
ステキなことです。すばらしいことです。

環境問題をはじめ様々な課題が山積する地球ですが、人類皆穴兄弟となって力を合わせていけば、少しずつでも良い方向へと進歩していくのでしょうね。

そんな時代にあって私の乗るオートバイは、空冷OHV4サイクルV型2気筒エンジンなどというほとんどなんの進歩もないような内燃機関を心臓に持っているのですが、私自身はそもそもオートバイという乗り物じたいがじつはもうこれ以上に進歩のしようのない究極の形態になっているのではないか、とも感じているのです。

そりゃあね、今後もますますいろんな技術は生まれていって深められ取り入れられていくでしょう。
インジェクション吸気があたりまえになって、ABSや自動配分ブレーキが採用されたりエアバックが付いたり、スクーターのようにオートマ化されたり、どんどんどんどん環境負荷対策や利便性や安全性や快適性は高められていくことでしょう。

でもね、私の感覚ではそれらの技術はきっとオートバイという存在の根幹を揺るがすものではない、と感じるのです。
それらはきっと副次的、間接的な進歩であって、私の必要とするバイクの持ってる”象徴性”みたいなものを壊すものではないと思うのです。

では、なにがオートバイという存在そのものを根本的に変えてしまうか考えると、私が思うに次の二点。
1.内燃機関(レシプロエンジン)以外が動力となっている
2.転けないバイク(二輪でない)
ですね。

こういうものがオートバイとして製品化されたら、私はきっとそれを受け入れられないだろう、と思います。

そんなもの非現実的だ、とも思えますけれど、どんな技術が発明されて実用化されるかわかりませんからね。なんといっても自動トイレな世の中ですから。
燃料電池が小型化、実用化されていけば、とうぜんレシプロエンジンに取って代わるでしょうし、私のような凡人には発想ができませんが、何らかの方法で「転けない二輪」というものが実現しないとは言い切れません。

あのね、ほとんどすべてのエンジンはピストン運動ですよ。
シリンダーという筒の中をピストンが行ったり来たりしてるのですよ、潤滑油に湿らされて。
その筒の一番奥で爆発してるのですよ、ドピュっと。
森羅万象すべての始まりは、コレなのです。ピストン運動なのです。

そして、二輪車は人間が補完してはじめて自立する、走っていることで倒れない、という最も重要な特性。
オートバイは、不安定で不確実で不完全な存在なのです。

あたりまえの話ですけどね、クルマ(4輪車)は止まっている限り”絶対”に転けることはありません。
ここのね「絶対」というところがね、引っかかるところなんですよ。

バイク乗りがバイクに惹かれる重要な部分、エモーショナルな揺らぎを感じられる理由、それは人生にとって”絶対”なんかない、という真実と結びついているからじゃあないのか、と思うわけなのです。

不安定な存在に自分を委ね、走る。
そして、その動力は有機体のごとく脈動を続けるレシプロエンジン。

この二つの要素が、私にとってとても大切なオートバイの魅力なのです。



とか、思ってたら、そのうちのひとつの要素は、もー既に実用段階に入ってきてるみたいですね。
こんな静かに時速80キロ! - 燃料電池バイク「ENV」の開発に成功

ああ、ピストン運動が、なくなるの?バイクから。



しんぱい。










Posted: 木 - 4月 13, 2006 at 08:55 午前          

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