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イージーライダー(EASY RIDER)


すべてはここから始まった。

と、いえるような衝撃、転機、原点、、、
そゆものってもう言葉では説明のしようがないのです。
イージー・ライダーイージー・ライダー
ピーター・フォンダ ジャック・ニコルソン デニス・ホッパー

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 1999-12-24
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いや、私もけっこう長い間バイクBlogをやってますけれど、あんまりベタ過ぎていままで触れられませんでした。
けど、やっぱりどこかで書いとかなきゃダメなんだろうと思いまして、ご紹介です。

この映画にはじめて触れたのはたしか17か18の頃でした。
ちょうどその頃に同じようにはじめて乗ったオートバイという乗り物が与えてくれる「わくわくする感じ」「翼の生えたような気持ち」「どこ迄も行けるんだという幻想」そういう漠然としていて、だけどしっかりと感じることのできる心の有り様のすべてを、”映像と物語と音楽”で目の前に形にして示してくれたのがこの映画でした。

もうね、ほんとに”すべて”です。

ビリー・ザ・キッドとキャプテン・アメリカの風貌とスタイル、2台のハーレー・ダヴィッドソン、ストーリーの進み方、圧倒的な結末、すべてのシーンにこれしかないという選曲。

こういう”すべて”については説明の言葉がみつかりません。


あまり広くは知られてないのですが、奇才デニス・ホッパーはあのJ・ディーンの舎弟です。
それまで”大人”と”子供”としか社会的には分類されていなかった1950年代に、はじめて”10代(ティーンエイジャー)”という概念を示してみせたのがJ・ディーンだと言われていますが、そういう意味でいうと、亡き盟友の意思を引き継ぎ60年代に(キリン的意味での)”10代のきらめき”をスタイルとして表現したのがデニス・ホッパーであり、この映画だったのではないでしょうか。

バイクは、その存在自体が不安定で不確かでマイノリティですが、だからこそ内包し象徴する”自由”や”希望”が他のなににも代え難く、一部の人間の心をつかんで放さないのでしょう。

そして、その”自由”や”希望”というのはやはり象徴であって、形や質量のある”現実のもの”ではないということも、この映画のラストシーンは示唆していますね。
ふたりに向けられたショットガンの銃口、あれの名前は”正義”ですよ、たぶん。
当時の時代背景やアメリカの地域性はもちろんですけれど、きっと現在まで変わらぬアメリカという国の孕む矛盾までもが表現されていると思います。


こんなリジッドのチョッパーで旅に出る。
焚火の前で酔っぱらってバカ話して、シュラフで眠る。
そういうのって、快適とからくちんとかとは正反対ですよね。

サスはついていたほうがいいし、タンクはでかいほうがいいし、シートは分厚いほうがいいし、風防がついてたほうがいい。
もっといえばクルマで移動したほうがらくちんですよ。列車やバスだったら、もっと楽かも。
暖かいホテルのベッドでふかふかの布団で眠るほうが快適です。
行き先は前もって計画して、時間を確かめて予定どおりに動いたほうが合理的です。無駄が少ないです。

でもね、でもね、違うんです。”旅”って。

そして”人生”だって、そういうバイクでの旅と同じなんだと思うのです。


そーいう”違い”を知ってる人、共有できる人、そんなあなたはどんな種類のバイク乗っていても、どんな排気量のバイク乗っていても、いや、もっといえばバイクなんか乗っていなくても、きっとあなたは私と同じ”バイク乗り”という種類の人間でしょう。


そんなあなたに”惚れたぜ、乾杯!”な今日このごろなのです。






あ、今日の下ネタ書くの忘れた!

クンニ!

Posted: 水 - 2月 8, 2006 at 05:49 午後          

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