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アディダス(adidas)スタンスミス Stan Smith


Be a simple kind of man.

人は誰も基本的に「オレが、オレが」なのだと思うわけなのですよ。

コミュニケーションの動物である人間は、自分以外の誰か(他者)に認められることではじめて自我を安定的に確立させることができるのだ、ということを考えればあたりまえだとも思えるのですが、けっきょくのところ私たちは皆、自己顕示欲のかたまりの生き物なのではないでしょうか。

誰かに認められ、必要とされ、愛されるということは、とてもとても素晴らしいことであり、豊かな人生というものはそういう”愛”をいっぱいもらったり差出したりの繰り返しによって実現するのではないかと思うのです。

愛されたい、認められたい、必要とされたい、というのは、そういう意味で人間にとっては根源的な欲求だと言えるのかもしれませんし、いわゆる”自己実現”というのは多くの(もしくは特定の)人に認められ、必要とされ、愛されることそのものなのだと言えるかもしれません。

そして、人(他者)に愛されるように、認められるように、必要とされるように、というベクトルで営まれるすべての所行が、いわゆる社会的な生業の本質なのではないでしょうか。
そう考えると、社会的な地位や名声を欲したり、現実ムケムケに”お金持ちになりたい!”と望んだり、もーっとカッコよく美しく奇麗でありたいと着飾ったりお化粧したりダイエットしたり、モテタイモテタイ!と考え悩んだりすることはすべて、ほんとうは「(自分以外の)誰かに認められ必要とされ愛されたい」という目的のための手段にしか過ぎないわけなのです。

その目的のほうがね、いろんな理由で見えにくくなってくる(というのは社会が複雑になってくる)と、いつのまにか”手段”が目的化していくのですね。それも過剰に。
有名になりたいとか、大金持ちになりたいとか、男前になりたいとか、美人になりたいとか、巨乳(根)になりたいとか、そーいう願望や欲求はじつはどれもとても曖昧で相対的な価値なのに、そういうことに捕われ出しちゃって拘り過ぎると、出口を見つけられない袋小路にハマっちゃって、けっきょくは本人どころか周りまでを不幸にしてしまうことだってあるのだと思うのです。
なんていうかね、お金持ちになったら人生すべての問題がパーフェクトに解決されて完全な幸せがやってくる、、、みたいなあり得ない妄想に支配されちゃったりとか、そういうこと。

そんなふうに、目的を見失わずに地に足をつけて生きなさい、というようなことを教えてくれるステキな歌があります。
私の大好きな南部ロックのバンド、レーナード・スキナード の”Simple Man”です。

「ガキの頃、母親に言われたんだよ…」、で始まるこの歌のサビのところはこんなのです。
Simple Man
(Gary RossingtonRon Van Zant)

"And be a simple kind of man,
Be something you love and understand.
Be a simple kind of man.
Won`t you do this for me,son,
if you can?"
"Forget your lust for rich man`s gold,
All that you need is in your soul,
And you can do this if you try.
All that I want for you,my son,
Is to be satisfied."

"そして平凡な人になりなさい
自分を愛し、理解できる人間になりなさい
平凡な人になりなさい
私の言うこと聞けるわね
いいわね?"
”大金持ちになるのを夢見てちゃダメよ
豊かにするのは心のほうよ
努力すればできるはず
私があなたに望むのはそれだけ
お願いよ”

う〜ん、なんてステキなママのメッセージなんでしょう。
シンプル・カインド・オブ・マンですよねー。やっぱ。
”お受験”とか言ってコドモに自分の見栄まで背負わそうとしてるようなおかーさんにも聴かせてあげたい気もしますが、ほんとに”目先のこと”や”上っ面だけ装うこと”の戒めとして、とてもとてもステキな詩だと思います。

ほんとに、とっても難しいことなんですけどね、”シンプルに生きる”っていうのがいちばん。



んで、シンプル・マンとして生きる男の足下にはこんなスニーカーはどーでしょ?

アディダスの、というか、スニーカー史上の歴史的モデル、スタンスミス (StanSmith)です。
これは80年代半ば頃購入Made In Franceのオリジナルですが、現在でも復刻版が発売されているレザー製スニーカーの標準ともいえるモデルです。

もともとはテニス・シューズなのですが、極力装飾を排したデザインで、アディダスのシンボルである3本線までがパンチングの穴になっていて、ほんとうに飾り気なんかいっさい無いスニーカーです。
シンプルゆえにカジュアル衣料ならば、どんなスタイルにも違和感無く溶け込んで似合います。

過剰な主張や装飾など無いほうが良い、という人生訓(オオゲサ)を体現するスニーカーなのです。



飾らないで、偽らないで、自然体で生きる。

そういうシンプル・マンになりたいと思います。



なのでもう、虚飾に塗れた嘘を吹聴しません。

私の○○○が凶暴な44マグナムだなんて言いません。


ゴメンナサイ…



Posted: 月 - 4月 17, 2006 at 03:56 午後          

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