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レッドムーン(RED MOON)手縫い携帯ホルダー MSM-KK1


エイジングの魅力について。


これまでなんども書いていますが、私は皮革製品フェチです。
皮革製品の魅力を挙げろと言われれば、その”モノ”としてのフェティッシュ度の高さだと思うのですが、それはもう人間という生物の根源的ななにかを揺さぶるような性質の魅力だと思っています。

革という素材は、温もりがあり、呼吸し、しなやかで且つ強靭であり、そしてなによりも、使い手とともに時間を歩み、その積み上がった時間を刻み込んで変化してゆくところが、とてもとても魅力的なのだと思います。

まったく同じ仕様の皮革製品がふたつあって、それが例えば10年という同じだけの時間を経たとしても、使い手の人間それぞれに違った歩み方の時間を、ふたつの皮革製品はそのまま表現するような違いを見せることでしょう。
皮革製品は、成長するのです。生きているのです。

これは、レッドムーン(Red Moon )さんの手縫いの携帯電話ホルダーMSM-KK1です。
約2年とちょっと使用。

当初は初々しい均一な色目だったサドルレザーの表面は、経年変化であちこちが飴色に変色し、凄みのようなものを感じさせます。
こういう変化を”汚らしい”と見る方もいらっしゃるようですが、私にはこういうふうに変色したり、傷が増えていったり、硬さの違いが出てきたりすることのエイジングの魅力が、とても愛しく感じられるのです。

そもそもレザーという素材は、牛や馬やいろんな生物の生皮を剥いだ状態ではまだ”皮”であって”革”ではありません。
当然ですが生き物の生皮は、そのままでは腐朽していって土へと帰っていきます。
その”皮”に対して「鞣し」という一種の『魔法』をかけることによって、初めて人が利用できる素材としての”革”ができあがるのです。

このあたりの工程は、”自然”に対する人間の立ち位置を現しているようで、なにかとても意味深で示唆的ですね。


ひとりの人間にとって、時間は有限です。

このあたり前の真実を、言葉や概念でなく”肌感覚”とでもいうようなもので実感することは、じつはとても日常的でありながらぼんやりとした捉えどころの無い事実でもあるのです。
朝の忙しい出勤前の10分と、退屈な授業や会議での10分は、なぜにあんなに流れ方が違うのでしょう。
恋人と過ごすステキな週末は、なぜあれほど速く時が経ってしまうのでしょう。
子供の頃の1年と、中年になったいまの1年とでは、明らかに”実感としての長さ”が異なるのは何故でしょう。

たぶん答えは「時間も、相対的なモノなのだ」ということでしょうけれど、そういうぼんやりとした現実である”個人の時間軸”というものを、いっしょに人生を過ごす皮革製品は、カタチとして目の前に掲示してくれるのです。

私は、19歳の頃手に入れたチペワのエンジニアブーツを、34歳のいまも履きます。
過ぎた時間を刻んで、未だにあの頃と同じように自分の足下に収まるブーツといっしょにいることで、言葉にできない何かを支えられていることもありそうなのです。

そんなふうに考えると”モノに執着する”、というある種幼児的で(これはたぶん口唇期・肛門期あたりの屈折とも関係してそうですが…)浅はかな性癖は、皮革製品のようなエイジングの効くモノを通して自分が刻んできた個人史を正当化しようとする試みなのかもしれません。

旧い人たちが「さざれ石が岩になって、苔がむすまで…」と願った永遠性への憧憬を孕んでもいそうですが、もし自分が、ほんとうに”確立された人格”を手に入れることができたら、その時はじめて”モノへの執着”から自由になれる日が来るのかもしれない、とも思うのです。


まだまだ、まだまだ、途上です。


途上なので、モノを愛します。
エイジングの効く皮革製品を、愛します。

そして、きゃぴきゃぴの10代女性よりも、エイジングの効いた”オトナの女性”を愛します。


奥が深いですね、人生って。



Posted: 火 - 1月 25, 2005 at 10:06 午前          

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