相生橋 |
[あいおいばし] |
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白状してしまうと、私はこの橋が、原爆投下の目標として使用された橋であることを、ここを訪れるまで知りませんでした。言われてみれば、高度9,000m以上を飛行中の「エノラ・ゲイ」から、事実上目視で目標を確認して爆弾を投下しようと言うのですから、少しでもわかりやすい目標を選ぶというのは、むしろ当然の話だったかも知れません。今のようにコンピュータ制御で爆弾が寸分の狂いなく着弾するような技術のなかった時代の話なのですから。現に、原爆投下直前に撮影された偵察目的の航空写真でも、この橋の形は明確に確認することができます。
原爆ドームの脇から眺めた、今の相生橋の姿です。今でもこの橋は原爆が投下された時と同じ、日本でも珍しいT字型をしています。
橋のほとりには、この橋が架け替えられた時の記録が碑として残されていました。現在の形になったのは昭和7年であることが左の写真の碑文でわかりますが、「全国でも珍しい」形になったことが攻撃目標として目立つ存在になる結果に繋がったのは、何とも皮肉なことです。それにしても、ほぼ真上で原子爆弾が炸裂したためことも幸いして落橋を免れていますが、その後修理されて30年以上使われ続けてきたというのも、この橋にとっては幸運なことでした。
それ以前の相生橋は、中島を経由するV字型をしていたそうです。この親柱はかつてここから中島に渡る橋があったことを示す、生き証人です。
現在の相生橋の親柱です。何故か広島では親柱の頭に玉を戴いているものを数多く見かけました。
相生橋から上流を眺めたところです。左岸は広島城を中心とした運動公園が広がり、その緑が右岸のビル群と対比をなしています。この日は生憎の曇天でしたが、広島の街を取り囲む山々が風景に潤いを与えています。
相生橋から元安川下流方面を眺めたところです。元安橋の姿が見えています。右岸には平和記念公園が広がり、やはり緑の生い茂る一帯となっています。一方、左岸に建ち並ぶ高層ビルは、差詰め広島の「今」を象徴するかのようです。
上の写真を撮ったのとほぼ同じ位置から原爆ドームを眺めたところです。やはり周囲の建築物が高層化している分、この象徴的な「建物」を見通せる場所が大分減ってきていることを、今回比治山や江波などを周りながら感じました。
相生橋がT字型をしていることを地上で一番実感できるアングルがないかと思い、中島へ渡る方から相生通りを見たところを撮影してみました。丁度広島電鉄の大型車両が相生橋を渡っていくところです。
上の写真を撮ったのとほぼ同じ位置から、原爆ドームを改めて眺めたところです。
相生橋を渡って宇品へ向かう広島電鉄651号車です。右の写真はこの651号車の運転台の後ろに掲示してあるものです:もうこの由来にこれ以上何を付け加えましょうか。
撮影日:2000年06月10,11,12日
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