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なんでんかんでん  代表取締役:川原ひろしさん

今でこそ「ラーメンストリート」とまで呼ばれ、数多くのラーメン屋が所狭しと軒を連ねる、環七。
かつて「ラーメン不毛の地」と言われたこの通りに、この一大ラーメンブームを巻き起こした店がある。
そこは常に行列が絶えず、派手なオレンジ色の看板には、緑で抜かれた平仮名の文字が踊っていた。
店の名は…「なんでんかんでん」。

1987年の開店以来、いわゆる「東京ラーメン戦争」の、まさに中心に居続ける繁盛店。
一風変わった店名は博多弁で「なんでもかんでも」を意味し、実はこの店こそが、東京にあまたある、博多・豚骨ラーメン店の開祖なのであった。

その年商は実に3億円に迫ると言われ、同業者はもとより、異業種からラーメン店経営を目指す者たちの羨望を一身に集めている。
そしてここに、「Mr.なんでんかんでん」と呼ばれる男がいた!

川原ひろしは1961年3月13日、福岡市の中心、中州で生まれた。
まさに博多・豚骨ラーメンの申し子として、「聖地」でその幼少期を過ごすこととなる。

父・義充は、早稲田を卒業後、都市銀行を経て、日中貿易の会社を興した、いわゆる実業家。さらに祖父である川原儀男も「明太子のふくや」初代オーナーにして九州財界の大物。
ひろしは代々実業家の血筋に育った。
母・京子は、クラシック音楽に絵画鑑賞と、芸術をこよなく愛し、休日にはひろしを連れて、美術館やコンサートに足を運んだ。
また、「美味しいものを食べること」、「好き嫌いなく食べること」も教養の一つであるという教育方針の下、ひろしは幼い頃から、母とともに多数のレストランを渡り歩き、その中で「食」に対する興味を確かなものにしていったのである。

そして母を真似て、ひろしは自然にキッチンへと足を踏み入れた。小学校高学年の頃だった。
そのとき彼はまだ、後に料理人となり、万来の客から喝采を浴びることになることを、知る由もなかった。彼の憧れは、オペラ歌手だった…。

1982年、20歳の春。
「歌手になって有名になる」という言葉を残し、川原ひろしは住み慣れた博多を離れ、東京に出た。
西新宿の薄汚いマンションでの一人暮らし。生まれて初めての孤独な生活。
音楽の方は「作曲家」として演歌のレコードを出すものの売れずに挫折。(同級生だった漫画家「ビーバップハイスクール」でヒットを飛ばす、きうちかずひろ とは大きく水を開けられた。)
しかしその秋、父親の知人の紹介で芸人・Wけんじの前座歌手として弟子入りがかなう。
博多以来の念願。ここに歌手・川原ひろしが誕生したのである。

そして1984年。北風が身に染む晩秋の環七。板橋区常盤台。
いつものように、Wけんじの興行を無事務め上げた帰り道、ここで川原ひろしは価値観、そして人生そのものを変える、「土佐っ子ラーメン」との出会いを果たす…。

ひろしの心は決まった。1985年、福岡の実家に帰った彼はあらためて両親にその決心を告げる。
「ラーメン屋をやることにした」
しかし鳴かず飛ばずの芸能生活。ひろしに貯金などあろうはずもなかった。
そんな息子の言葉を、心から喜び、金銭面で支えたのが他ならぬ父・義充であった。
こうして父の融資による1,000万円を元手に、ひろしの第2の人生が幕を開ける。
川原ひろし24歳の夏だった。

運命の日、1987年7月8日。
博多育ちがこだわった「本場博多の豚骨ラーメン」を謳ったラーメン屋「なんでんかんでん」がついに開店した。
川原ひろし26歳。今日からは一国一城の主だ。
しかし、そのオープンは、これから起こる波乱に満ちた、さらなるドラマのプロローグに過ぎなかった…。

客に恵まれなかった時期、近隣住民との摩擦・軋轢、交通問題への対処…。
そんな中で、海苔広告など斬新なアイデアを続々と輩出し、川原ひろしは、ラーメン界の寵児となった。

なんでんかんでんの作り方「なんでんかんでん」は今や、平日で800人、休日には1,000人を超える客を集め、その1日の売上は平均で60万円、多い時では100万円を超えるという。
ついには年商2億数千万円台を維持するようになり、金沢に出した新店舗を含めると、年商3億円に手が届くところまで来た。
芸能界でも、間寛平や森高千里などから支持を受け、相変わらず取材の依頼も後を絶たない。

そして今もまだ最激戦地の中心で戦い続ける「Mr.なんでんかんでん」川原ひろし。彼は来たる21世紀をどう戦ってゆくのだろうか。

川原ひろし38歳。歌手を目指し、東京に出て18年。
煮込む程に深い味わいが出る豚骨スープと同じく、己の半生を語るその横顔は、脂が乗り、まさに豊かな表情を醸し出していた。
そして彼は、これから、まだゆっくり時間をかけて、人生という名の究極のスープを作り出すつもりだ。


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「なんでんかんでん」のホームページ


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