[ 戻 る ] 安祥城
 訪問日  2003年2月8日 (曇り)
 所在地 愛知県安城市安城町城堀(安祥城址公園)
 感 想  はっきり言って、畑の真ん中に標が立ってるくらいじゃないか
と思ってた。ちゃんと城址公園として整備されてるんやね。地元
ではメジャーなのかな?戦国初期の城で江戸期に整備されたわけ
でもないので、跡形もないんじゃないかと思ったら、わずかでは
あるが遺構も残っている。信長の父ちゃんと家康の父ちゃんが、
この城をめぐり何度も戦ったんだねー。



お城基本データ
築  城 … 永享十二年(1440)和田親平(推定)。
歴代城主 … 松平氏→織田氏→今川氏
一口メモ …  別名:浮城。初めは森城と呼ばれていたらしい。文明三年頃、松平信光が攻め
取って以来、安祥松平四代が居城とする。松平清康が岡崎に築城して本拠を移し
さらに清康が守山で横死すると、織田と今川・松平の間で10年間この城を巡り
戦いを繰り返す。桶狭間の戦い後、織田と徳川の間で清洲同盟が結ばれたことに
より廃城となる。小牧長久手の戦いの時に徳川が整備したという説もある。
安祥城の戦い



←本丸跡にある大乗寺下の安祥城址の石碑

  奇麗に整備してある。公園としてだけで

 なく、ちゃんと遺構の案内板や説明もあり

 城跡感がある。

    [ 城跡内の遺構 ]

↓林の中が二の丸跡(八幡社)
↓本丸跡(大乗寺)への道