(質問1)著者のフランズさん、お元気ですか?
お答え:米国アトランタ州で元気に暮らしておられます。とは言え、80歳のご高齢ということもあり、健康上の問題もいろいろあるようです。軽い脳溢 血を起こしたとか、そのために手が自由に動かないとか、また奥さんの健康も思わしくないとか、知らせてくれます。でも、僕は、こう思うのです。こんなこと 言う人ほど、長生きする。「わしゃもう長くない」とか言いながらやたら長生きする。そんなもんでしょ。僕は、この人が亡くなったら、ひどく泣くだろうと思 います。
(質問2)『良心の危機』の続編である『クリスチャンの自由を求めて』の日本語訳は出るのか?(早く しろよぉ、ゴルァ)
お答え:まだできてません、とか言いながら私が止めてるような形でございます。すみません。いつになったら、できるんやろ。
これまでにも日本語訳を試みた方がおられ、その原稿を私が預かって「手直しする」ことになっているのですが、いろいろ事情もありまして、結局はじめ から翻訳作業をしているような次第。『良心の危機』よりはるかにページ数が多いので時間がかかり、しかし貧乏な私が費やせる時間は限られています。また、 翻訳が完成したにせよ、これを出版するのにまた費用がかかるし、やれやれどうしたものか、という具合です。まぁ、こういうのには満ちるべき時というものが ありますんで、どうか気長にお待ちください。きっと「時宜にかなった」形でできることでしょう…。
(質問3)『良心の危機』239ページ7行目の「野」は「野外」では?
これは大変鋭い質問であります。ものみの塔協会組織用語では「野外(英語 field)」が定番ですから…。
この場合、とりあえずそのままで良いでしょう。(新世界訳)聖書でfieldは「畑」であり(マタイ13.44, ヨハネ4.35, 1コリ3.9)、あるいは「野」です(マタイ6.30, 24.18, 24.40, イザヤ55.12)。要するに、聖書では単に「作物のとれる場所」言葉を「信者を獲得する場所」に読み替えたのが協会の「野外」です。
問題の箇所は(「危機」239ページ7行目)、一応ラッセルを引用している形になっています。ラッセルは(欽定訳)聖書に教義を読み込み、これをラ ザフォード以降が組織発展のための教理として利用していった、という経緯があります。また、この「収穫の時は来た(→信者獲得だ!)」云々という言い回し は、ものみの塔協会だけのものではなく、宣教熱心なキリスト教系団体が今でも使うようです。
そこで一応、239ページの、ラッセルの言葉(とされているもの)の方は聖書に近い「野」にしました。こうすると「野外」という協会用語につながり やすくなります(「畑」じゃつながらないですからなぁ)。ラザフォードが「野」(あるいは「畑」)をすっかり協会用語に読み替えてしまうのが249ページ 15行目ですな。そこで、ここでは「野外」としました。
もとの英語なら一貫してfieldですから、こんな苦労はいりません。ところが、ものみの塔協会の日本語が「野外」ですから、これを取り込むため、 こういう手間をかけることになったわけです。こんなアホなことやってるから時間がかかるわけですが…。