[music0021] [0021→0030] pravda@mac.com ←(感想などこちらによろしく。)
こういうことを書くと非常になんですが、いつのまにか「ロックは終わって」いて。「あとかた」とか「残り香」とかがすこーし漂っている。いい、悪いではなく。「発展や進歩を終えた」「役割を果たした」という感じ。定年になった人みたいなもん。「いやー、すごかったっすねぇ」「ごくろうさまでした」。もう、何年も前に「ロックンロールはロックじゃねぇ」とタイニー・パンクスが叫んでいた時点で、もういわゆるロックンロールはロックでなくなっていて、懐メロみたいなもんか。
で、それに反抗した「パンク」ももう懐メロ。Club '80sなんかでもしSham69なんがかかったとしても(かかるか?)「あー懐かしいなぁ」でしょう。今のいわゆる「メロコア」とかも早いしうまいので好きだけどなんか、ただ早回しのチープトリックみたいなもんで。メロディアスなパンクっちゅーのがまずもう概念的に破綻している。「クラス」とか日本の「ガーゼ」とか「グール」とかそういう見てるだけで恐いのんがパンク。いつから「パンク」が可愛くなっちゃったんですか?なんか「むかしのヒット曲」を早回しカバーしたりして。明るくて元気で。お前らはロックとほど遠いわい。でも好きやけど。

で、この「可愛い」の両極にあるのが「男らしい」として、このアルバムなんかはまさに「男の中の男」のアルバム。どういうところが男らしいのか?それはすなわち「こだわり」である。リチャード・ロイド(テレビジョンのギタリストですよ。念のため)やロバート・クワイン(このアルバムには参加せず。最近は斉藤和義とよく共演してますね)らのこだわり。それは「ストラト+VOXアンプ+オーバードライブだけで」、どこまでかっこいい音を出すか、である。これはもう、この人ら命かけてます。今回もモロにただそれだけの音。1曲でリバース・ディレイを使ってる以外全部ただそれだけ。で、ここまでカッコイイ。キーボード類さえ使ってないと思う。新しいリズムなんかも別に追求してない。ふつう。あまりにもシンプルなロックのフォーマットで、説明できんほどふつう。でもねぇ、バリバリかっこいいんです。そういう音楽があるんです。もう、これは気合いとか生き方とかそういう問題です。「なんにも新しくないぜ。昔のままさ。」でもね、こんなギターはこの人しか弾けません。このへんがどっかの大物バンドとかとは違うとこです。同じことばっかり繰り返しているのではない。一聴するとそうとられるかも知れないギリギリのところを冷静にクリアしている。
(久々に付けましょう→)×
もう書いちゃうけども、たとえばねぇ、ボンジョリとかねぇ、アエロとかねぇ、スットンズとかねぇ、もう何年同じことやってんの。演歌歌手かい。いや、演歌は大好きですが、そういうもんじゃないだろう。ロックは。というか演歌歌手でも志の高いやつはどんどん新しいことをやってるぞ。壊せ!自分がむかししたことを否定しろ。「気合いを持って男らしく自分らしい新しいことをせんかい!お前らのやってることは全部いっしょじゃ!」。「転がる石にはコケは生えない」っちゅうマディー何とかの曲からとったバンド名らしいが、もう「コケ生えまくり」。ほんとに転がってたのは変なやつが一人いたころの最初の一瞬だけとちゃうかい。The
Whoのピート・タウンゼント大先生が昔インタビューで「僕はもう、ストーンズが好きで好きでたまらないんだ。でもね、彼らはいつの間にか何かをあきらめちゃったんだよね。」っていってたのを思い出す。何に対しても、ほんの少しも「反抗」していない。金のにおいがプンプンとするだけ。それもすごいけどねぇ、ある意味...。
このリチャード・ロイドはどうか?この人もほとんど同じである。取り立ててなにか目新しいことをしているわけでもなく、ただただ「俺節」を弾きまくるのみ。しかしこのギターのカッコよさ、独特な響きはなんだ?志が高いのだ。このフォーマットの中で、とんがりまくっているのだ。俺にはわかるぞ。
「今度出たリチャード・ロイドのアルバム、すごくいいぞ!」というFAXが別の支店の方から来たときには出たのも知らなかったのですが、急いで手配し1週間後ぐらいに到着。教えてくれたのは、昔同じ店舗で働いていたMTさん。とっても趣味の良い(合う)人なので、もうアルバム聴く前からいいのはわかっていましたが、噂に違わず「激名盤」でございました。彼が「テレビジョンとマシュー・スウィートのいいとこが混じったような」と評されているとおりのなんとも久しぶりに「いいロック」アルバム。マシューの2000年作がちょいといまいちだっただけに、そのぶん喜びも大きい。
「マーキー・ムーン」の「ミロのビーナス」のあのギターのメロディーのスケール(なんちゅうのか忘れたけど。なんやったかな。スミソニアン?←それは美術館!)。よくブルージーなオブリガードを弾くのだが、このスケールを多用することによって、すんでの所で「泥臭いただのブルース・ギター」にならずに「!」って感じのいかしたNY知性派パンク・ギターになるのだな。これがこの人の持ちネタ。テレビジョンのあの独特の感じは、やはりこの人のフレージングに因るところが大きい。で、このアルバムでもこの持ちネタをフルに使っている。その上、今回は激ポップな曲が目白押し。ものすごい「カッコイイ、普通のロック」アルバムなのだ。待っていたのはこういうものです。
「特記事項なし」「ストラト+VOXアンプ+オーバードライブだけで」とさっき書きましたが、例外のポイントがひとつ。2曲目であの「リバース・エコー」を使っていますね。これはもう、一言いわせて欲しいものでして...。
むかしから、「サイケな」レコーディング・テクニックとしてある「テープの逆回転」。やり方はもうほんとに単純で「テープを逆に付け替えて、逆回しのオケにあわせて録音し、それを元に戻すと逆回転音になる。」というもの。むかしからいーっぱい使われているものなので、「あーあれね」ってなもんですがデジタル・ディレイという「電子エコー」の機械が発明されてから、ほんのいくつかの銘柄が「エコー音が逆に再生される」という機能を付けていました。国産でいうと「BOSSのハーフ・ラック・シリーズのピッチシフター・ディレイ」とか「KORGのM1」とか、ほんのいくつかの機材にだけ。で、これはあんまり人気がなかったのかもしれんが、僕の大好きな「エイドリアン・ブリュー」という人なんかがめちゃくちゃカッコイイ使い方をしていて「なんか特別なワザ」なんですわ。僕にとっては。
この特別なエフェクターでやる逆回転のひとつすごいところは、「自分で逆回転音を聴きながらプレイできる」というところ。今までのテープ入れ替えの技術では、逆にするパートが長くなり「このフレーズを弾いたらこういう逆の音になる」っていうのがあとからしか確認できなかったのだが、このエフェクターを使うと「おーっこう弾くとこうか。ではこうやると...。あーなるほど!」ってな感じで「自分が弾いてるのに予想できないフレーズが出てきて、思っても見なかった変なフレーズが弾ける」という「反技巧・逆テクニック」みたいなところに非常に惹かれるのです。1年ぐらい前に中古の「BOSSのハーフ・ラック・シリーズのピッチシフター・ディレイ」をやっと手に入れたときにはもう楽しくて楽しくて。この感覚は非常に斬新なものです。
ほんで最近でいうと「マシュー・スウィート」の「In Reverse」というアルバムがもう、アルバムコンセプト自体が「リバース」でリバース・エコー使いまくりのものでした。で、マシュー・スウィートといえばこのリチャード・ロイドやロバート・クワインなどNYパンク人脈の弟子のような人なわけで、彼のアルバムにはよくこの2人のギターがフィーチャーされていました。今、この人達の間では「リバース・エコー」が「in」なものなのだろう。
このアルバムの2曲目「Ain't It Time」は右から聞こえるひとつのギター・フレーズがこの「イン・リバース」なもので、なんとも美しい。(おそらく)アルバムを通して歪み系のオーバードライブぐらいしかエフェクターを使っていないこのアルバムで、ひときわ目立つこの「逆回転音」は「ギターの音質を変えるエフェクターを使う」という概念を越えて、この機械を使わないとできない「別のフレーズ」を紡ぎ出すために必然的にこの機械を使っていることを確信させる。あぁ、シブイなぁ。
打ち込みなし(たぶんクリックもなし)。ドラムはほぼモノラル(これはマシュー・スウィートの曲にも多かったし、Dry&Heavyもそう)。エフェクターなし。変拍子なし。しかし「男気」「気合い」は充分あり。おまけに「激ポップ」。もう何もいうことはありません。
こういう人が頑張っているあいだは「まだロックも終わってないのかも」って思えます。21世紀最初の「バリバリのいいロック」アルバム。「ロックが好きな
/ 好きだった」人にはとっても聴いてほしいです。(01.5.7)
[0029] Godley
& Creme / Consequences (U.K.)

この2人はあの10ccのメンバーで、のこりの2人が「ポップ担当」とすれば「実験担当」とでもいうべき「変なやつら」で、そういう2組が一緒にやってたからあの頃の10ccはすごかったのだな。両者ともマルチ・プレイヤーなのだが、元々Kevin
Godley(ケヴィン・ゴドレー)はギタリストで、Lol Creme(ロル・クレーム=ほんとはクリームと読むと思う)はドラマー。のちのちMTV時代にとてつもない個性的な映像作品を作ることになったあの2人である。まぁ僕らの世代のこういう趣味のロックファンは「ジャケットデザインはヒプノシス」「ビデオ監督はゴドクレ」が一番かっこよかったのだ。Frankie
Goes To Hollywoodの「Two Tribes」、Duran Duranの「Girls on Film」、Yesの「Lonely
Heart」などちょっと思い出すだけでもすごくたくさんものすごいプロモ・クリップ作品を作っている。
中でも自分たちの曲「Cry」のビデオ・クリップはすごかった。モノクロの画面に自分たちを含めて、この歌を歌っている様々な年齢・人種・性別の人々の顔が次々と現れる。そして、それが全部モーフィングされている、というもの。つまり、ある白人男性の顔の目から顔上半分ががだんだんと黒人の女の子のものになり、その間2人の「中間の顔」になる。で、口だけまた別の人のものになっていく...というシンプルだがとても面白く、その作品のコンセプト自体に非常に深い意味も読みとれるようなものだった。この曲の歌詞は「君と別れた苦しさをいやすすべを君は知らない...。君は僕を泣かせる」というブロークン・ハーテッド(失恋)ソング。名曲です。
こういうビデオ・エフェクトなどを独特のアイデアでユーモラスに使いこなし、画期的なわかりやすいものに仕上げるという非常に「クール」な映像作家チームでもあるのだが、一方同じく自分たちの「Wedding
Bells」という、もろモータウンの曲を真似た曲なんかのクリップでは、何のエフェクトもひねりもなく『スーツを着てあの「モータウンのコーラスグループの振り付け」で踊る』っていうものだったり(これがまた「好きな人が結婚してしまうときのウエディング・ベルを聞くて悲しむ」という、ストレートな内容のものすごくいい曲なのだが、そういうことをこの人たちがすること自体がものすごく「ひねったギャグ」になっていてたいへん面白いのである)、そのひねくれ具合は他の追随を許さないほどのやつらなのである。
このアルバム「Consequences(邦題「ギズモ・ファンタジア」)」は、彼らが10ccを脱退するきっかけになった問題作とされている。持ち前の「実験精神」旺盛な2人が発明したギター用アタッチメント「ギズモ(gizmo)」(スピルバーグの映画の、あの水かけられて恐くなったグレムリンの名前「ギズモ」は、のちのちほんとにこれから取られたらしい)。昔、梅田の楽器屋さんのショーウインドウにおいてあるのを見たことがある。けっこう高かったので(ギター1本買えるぐらい)その時は全く買おうという気にはならなかった。今ならちょっと危ない。これはギターのブリッジ(ボディー側の弦を支えているところ)にパカッとかぶせる箱形の機械で、各弦に対応する歯車状の部品(種類交換可能→音が変わる)が内蔵されており、本体についた6つのボタンを押すと、電動モーターでその歯車が回り、それぞれの弦をひっかく。それによって、電池が続く限りギターの音が鳴り続き、持続音が得られ、ギターの限界を超えたいろんな音が出せるというもの。弓を使う弦楽器のようになるのである。ヴァイオリンとかに近い音になるのだが、ギターなのでその独特の奏法も交えて新しいことができる。
本来物理的に撥弦楽器というのは弦の振動が時間と共に減退し音が消えていくものだが、電気楽器となった「エレキ・ギター」のプレイヤーたちは昔から、なんとかその「音の減衰」にたち向かって新たな奏法を生み出そうと努力してきた。「フィードバック奏法」そして「ギター・シンセサイザーの開発」など。その合間に全くポピュラリティーは得られなかったが一部の人たちを熱狂させたのが「e-bow(イーボウ=電磁石で弦をふるわせるアタッチメント←フレッド・フリスやJapanのギタリストなどが使っていた)」や「ギズモ」なのである。
これを手に入れたGodley & Cremeの2人は明けても暮れてもこの新しいおもちゃに熱中し、この機械のプロモーションのためにアルバムを作ろうとする。それがこのアルバムになったのだった。結局このプロジェクトにかかる時間が莫大で10ccでの活動ができなくなり、世界的に成功を収めていた10ccを脱退するに至った。それほどにGodley
& Cremeを熱中させたこの「ギズモ」を駆使して作ったアナログ45回転の3枚組アルバムがこの「Consequences(1977リリース)」なのだ。当時は日本盤も出ていて、それのタイトルが「ギズモ・ファンタジア」だったのである。めずらしくなかなかにいい邦題ではないですか。原題「Consequences」とは「結果/重要性/重大さ/影響/結論」という意味。
このアルバムのことを知った時にはもうとっくに廃盤になっていて、レコード屋さんで見たこともなかった。だいたい10ccの「Original Sound Track」をきいてファンになり、「いろいろ聴いたけどこのGodley & Cremeがいる頃の方がいいなぁ」と気付いてこの2人のアルバムを聴きはじめたのが、だいたい1980年ぐらいだった(最初に買ったアルバム「Freeze Frame」は超激名盤!)と思うので、すでに廃盤になっていた。たぶんぜんぜん売れなかったのだろう。このアルバムを仕入れたお店なんか、あんまりなかったんじゃないだろうか。それ以前もその後も、このアルバムをずっとレコード屋さんで見たことなかった。そして、たしか1995年前後、いちどCD化されている。限定プレスだったそのCD化再発のことを知ったときにはもう手に入らなくて、悔しい思いをしたものである。
そして今回のこの再CD化。Universal Music傘下の「ONE WAY」レーベルえらい!
初めて聴いた印象は、「思っていたほどそんなに難解でもないが何回も聴けないんかも」という感じ。曲によっては非常にポップだったりメロウだったりするのですが、やはり「さーこのアタッチメント使って、思いっきり好きなことやったるでー」という意気込みがものすごく感じられます。この後リリースされた彼らのアルバムは、「実験&難解」な部分は多分に持ちながらも、ポップにまとめられているのでヒット曲も出たし「中古屋の棚で見かける」ぐらいの受け入れられ方はしているのだが、この「Consequences」ってずっと探しても見つからなかったから「ほんとに出てたのかな?」って思ってたもんね。
CDのライナーによると「怒り狂った『自然』に対抗する人々の最後の防衛」にまつわる話を音楽にしたもの、とある。
『ある日怒り狂った自然(nature)は暴風、荒波などの形で人々を襲いはじめる。困り果てる人々。そこにある男が現れる。電気技師で建築学を学ぶ、売れないミュージシャンという彼が奏でる音楽で自然がおとなしくなるのがわかった。彼の弾くピアノが世界を救い、音楽家としては皆にバカにされてきたその男はやっと認められたのだった」というようなお話。なるほど、これもそういうお話のサウンドトラックだったのだ。映像作家として活動しはじめる前から、彼らは「音楽」と「映像(物語)」の結びつきを重要に思って作品にしていたのだな。10ccの「Original
Sound Track」なんかこれのかたまりみたいなもんだったもんね。架空の映画のサントラを丸ごと一枚作ってしまうという...。
このアルバム、前半は「海」「風」「火」などの自然現象を音楽で現す試み、ってかんじ。「I am the wind〜」ってボコーダーで歌ってたりして面白い。やはり要所要所にがんがん「ギズモ」らしき音が聞こえる。ストリングス風シンセ音に近いのだが、やはりギターの奏法を用いる部分が独特で、ちょっと他では聴いたことがない音。そんなわりと重い曲調の中に「ノリノリのディスコ曲」や「がんがんのロック曲」なんかもでてくる。ところどころで入るナレーションというかセリフが意味がわからんので辛いのだが、筋書きを考えるとストーリー上のセリフなんだろう。ぜひちゃんと聞き取って見たいものである。あとコーラスを多用したソウル・ゴズペル風味もこの人たちの持ち味なのだが、そういうものもいっぱい出てくる。もちろん、10ccぽいいわゆるブリティッシュ・ロックのよさもある。この男がピアノを弾く場面を現した曲「Lost
weekend」は、正統派のバラードで、「Images」という、今手に入るGodley & Cremeのベスト盤にも入っている。そういう曲もちゃんと入っているのだな。リリースされてから24年後の今聴いても「?」と「!」と「...。」が同時に感じられるような「珍盤」。「眉間にしわを寄せながらときどきニヤリとする」ような聴き方をする、という作品。でもそういうのが大好きな人もいる。
このような作品が当時リリースされたのは、「時代をときめく10ccのメンバーのプロジェクト」だったからという面もあるだろう。そしてその後ずっと廃盤になっていたのもわかる。10ccのファンでさえ「なんか変なほうの2人が変な機械作ってそれで3枚組のアルバム作ったらしいで」ってなもんで、あまり買う人はいなかったのではないか。しかーし!時代を超えて(ほんとに世紀をまたいだな)このようにまた再CD化されたのは素晴らしい。あまり人にはお勧めしませんが、こういう人たちがこんなことをしていたというのはちゃんと認識されたし。
この「Consequences」と同時に同レーベルから再発されたのが「L」と「Freeze Frame」の2in1CD。「Consequences」と「L」以外のアルバムはいままでにちゃんとCD化(日本盤も)されたことがあるのだが、おそらくこの「L」がCD化されたのは初めてだと思う。この「L」も濃いいひねくれポップ・アルバム。何年か前にたまたまイギリスの旅行したときにむこうの中古レコードやさんでアナログを買えたのですが、地味な印象ながら刺激的な一枚。これらもまたすぐに廃盤になりそうなので、このへんのファンの人はぜひとも手に入れておいてください。
今この人たちのほかの作品はほとんど廃盤状態みたいで、ベスト盤とこの再発以外は手に入りにくいみたい。あらあら。今回のこの「UNIVERSAL
MUSIC Special Markets」シリーズは、たぶん過去の名盤を再発していくプロジェクトだと思うのですが、「Consequences」を再発したんだから他のもして欲しいぞ。たぶんすると思うけど、実はこの再発、僕が最近気付いただけで2000年にされていた様子。ということは続きは?ゴドクレのはこれだけなのかもな...。
「Godley & Creme」の各作品についてもまたゆっくり書きたいと思っております(←famous last words.)。(01.4.30)
[0028] mp3プレイヤーについて
エンジニアもっくんの会社からコンパクトなmp3プレイヤーを安く買いました。128MのCF(コンパクト・フラッシュ)付きで激安で。今までMacの「iTunes」上で楽しんでいた曲たちを、持ち歩けるわけです。128Mということは、約128分。2時間ちょい入ります。今入っている曲はこれ。
01) In A Big Country / Big Country
02) A dream goes on forever / Todd Rundgren
03) A New England / Kirsty MacCol
04) San Jose / Frankie Goes To Hollywood
05) Blue Thunder / Galaxie 500
06) あなた /イ・ジョンヒョン
07) Sure Know Something / Kiss
08) If I Died Tonight You'd Have to Think of Me / Danielle Brisebois
09) Just Missed The Train / Danielle Brisebois
10) Sometime/ Danielle Brisebois
11) Stop It Hurts You're Killing Me Don't Stop/ Danielle Brisebois
12) 幻聴 / dou wei
13) DreamGoes On Forever/ Todd Rundgren
14) Dust In The Wind / Moogy Klingman
15) Fever / Cho pd
16) Full of happiness / H.O.T.
17) How Can I Apply / The Trash Can SInatras
18) Iユve had it/ Danielle Briseboi
19) Doesn't Really Matter / Janet Jackson
20) Hope Remix/ H.O.T
21) One Step Forward / Max Romeo and the Upsetters
22) Let's Get Lost / Superstar
23) Mach Baron Ending Theme / Tadao Inoue
24) Maybe I Could Change / Utopia
25) Going Blind / Kiss
26) Got To Choos / Kiss
27) Outside Castle / H.O.T
28) Parallel Lines / Todd Rundgren
29) Bag Lady / Todd Rundgren
30) Kageriyuku heya / Shena Ringo
31) Sticky Music / Sandii and the Sunsetz
32) Supergrass / Some Girls Are Bigger Than Others
33) Waiting For The Bomb To Fall / Danielle Brisebois
34) If / Triceratops
35) A Song For Lady / H.O.T
↑全35曲、どれも大好きなものばかり。ふだん偉そうなこと言ってても、しょせんこんなものを聴いてるのです。使ってみた感想は、「なんか楽しい」。
そりゃそうですよ。ものすごい好きな曲ばっかし、次から次へと聴くんですから。今までもカセット・テープやMDでいくつもいくつも「ザ・ベスト」を作って来ましたが、やっぱりめんどくさかった。何連奏ものCD/MDラジカセを持ってるわけでなし。しかしやっとこの「iTunes+mp3プレイヤー」で楽にこういうものを作れるようになった。嬉しいなぁ。今までの歴史をふりかえると、
1 「カセット・テープのウォークマン」→ うわー、外でも聴けるー!
2 「CDのディスクマン」→ やっぱし音ええのー!
3 「MDウォークマン」→ ベスト・セレクションがなかなかにええ音で持ち運べるのー!
そしてだんだん「電池のもちが良くなり」「小さくなって」いった。
小型のMDプレイヤーは究極のウォークマンか?音も気になるほど悪くない。いやーMD最高...。
→しかし! 録音するのがめんどくさかった。あとディスクにタイトル書いたりしないと、なんかわからんし。ましとはいえ、まだ音飛びするし...。
→で、mp3プレイヤーでこのへんが解消された。
曲のコピーはパソコンとつないで一瞬。3Mぐらいの曲で15秒ぐらいでしょうか。これはパソコンにもよるが。
で、曲の入れ替えも簡単。mp3プレイヤーのディスクの中の曲ファイルをごみ箱に捨てて、消去して、また好きな曲ファイルをコピーするだけ。ほんの一瞬。
僕の場合mp3のファイルは全部「iTunesのライブラリ」に登録しているので、そこで選んだのをiTunesの曲目リスト画面上から、mp3プレイヤーのCF(コンパクト・フラッシュ)のアイコンにドラッグすれば、もうコピーできる。一発。
「iTunesのライブラリ」にはnapsterなどで落としてきた曲も、家にあるCDから取り込んだ曲も全部がごしゃーっと登録されている(今のところ全265曲)。それを、曲名などでソートして検索して選ぶと、意外に簡単に選べるのでとても便利。これは使ってる人ならわかるよね。
さてこうして「感動の120分」が毎日更新されるわけですが、やっぱしこれって、すごいわ。朝起きて、「あー今日はこの曲聴こう!」っていうのをぱっと取り込んで。
CDからパソコンにmp3形式で取り込む時間もまた、曲の再生時間より短くて快適。2〜3倍速のダビングって感じ。
ぱっと転送してポケットに入れる。そうすると通勤中に次から次へと「くうー泣かすのう...。」って曲が聴けるわけですよ。はっきりいって、もうディスクマンやMDウォークマンには戻れません。さー今日もあしたのベスト・トラックを選ばなければ。
と、ここまできてひとつ忘れてはいけないことがある。実は音質は、CDがいちばん良くてMDのとこで少し悪くなりmp3プレイヤーでは、もっと悪くなってるんだな。サンプリングレートはどれもCDと同じく44.100khzなのだが、それをどかーんと圧縮しているのでCDの1/10ほどのファイル容量になるのだ。とうぜん、音は悪くなる。「同時に鳴るはずの同じように聞こえるはずの情報を間引いて情報量を減らす」という技術を駆使しているため。特に生ドラムのハイハットがちょっと「しゅわしゅわ」とフェイザーをかけたみたいになったりする(生ドラム→特に半開きのハイハットの音みたいなのが、いちばん情報を間引くのが難しいみたい)。
どんどん便利になっていって、それにともなってどんどんそれそのもののクォリティーは「軽く」「悪く」なっていくということだ。この辺の意識は持っておかないと。「しょせん、コピー」ってことです。コピーは軽くて便利な方が楽でいいわけで、そのために「速度などの利便性」を最優先しながら「人として感じるクォリティーの許せる範囲」とのバランスをギリギリに取る。今のところの各個人の「HD容量」「インターネットでの転送速度」「mp3プレイヤーのメモリの容量」なんかを考えると、「128kbps
/ 44.100khz」でmp3にエンコードするのが「まーまー便利で許せる範囲の音なんじゃない?」ってことです。この音のクォリティー、人にもよると思うがはっきりいって僕なんかにとっては「ぜんぜんOK!」ですけどね。逆に「10分の1に圧縮してるのに、けっこういい音だなぁ」という意識が働いて、楽しいほど。もともと「ロー・バジェット」好きなもんでね。(01.4.12)
・「Black Sea」があの紙袋に入ってる!それも材質までいっしょ。僕は当時出たときに日本盤を買ったのですが、もうそのまま小さくなったような完璧な仕上がり。感動した。このアルバム、この紙袋入りの装丁で出てたのは最初のほんの一瞬で、あとは中の潜水服着たメンバーの写真だけになってて、もちろんのちのちCD化されたときにもあの写真のジャケで「なんだかなぁ」とずっと思っていたのでした。あえて言えば、これで普通。今までのがコンセプトから外れたむちゃくちゃな「省略ジャケ」だったんだな。中の解説も良くて、このアルバムがなぜ「Black Sea」という名前になったかが書いてあった。これは知らんかったのでこれにも感心。
・「Go 2」の中に「Go +」のジャケが付いている!ファンならご存じの初回のみ付いていたシングル盤「Go +」。音は「Explode Together」で聴けるのだが、このジャケが付いているとは...。まいりました。なかなかやるのう、東芝EMI。
・同じく「Go 2」のジャケには黒地に「This is a RECORD COVER」からはじまる文章がえんえんと書いてあるデザインなのだが、これ、CD化されたときには「This is a COMPACT DISC COVER」に変更されていたんですな。ところが、この今回の紙ジャケではそれが「This is a RECORD COVER」になっている!そう、最初でたオリジナルはレコードなのでもちろんそれを再現しているというわけ。これまたちょいと感心。
・「English Settlement」のジャケも初回イギリス盤そのまま!このアルバムも、あとで出たアメリカ盤/日本盤ではジャケがつるつるの安っぽい紙になってたり、うすーい緑色の印刷になってたり、色なしでエンボス(でこぼこの凹凸)で書かれていたタイトルなどの文字が白(や黒)い印刷になったりという、むちゃくちゃな「手抜きジャケ」になっていたのだった。その上、イギリス盤以外は2枚組じゃなくて「曲を削って」1枚になっていたという...。まぁ、売れんと思ってレコード時代にほかの国でそうしたのはまだええわい(ほんまはあかんけど)。そのあとCD化されたときにも(CD1枚で全部入るにもかかわらず)その曲を削った方の曲数になってたのにはあきれたわい。とまぁ、このアルバムも、かなりむちゃくちゃな扱いをされていて、今までほとんどちゃんとした形でリリースされていなかったわけだ。それが、CDだから1枚になってるけど、ちゃんと全曲入って、ちゃんとしたエンボスの濃いい緑のジャケで出たと。やっと。これも感動したが、よく考えるとこれで普通。今までが信じられないほどむちゃくちゃな再発のしかただったのだ。
で、たまたまその時代にオリジナルをちゃんと買って知ってた人以外は、今回のこの再発で「はー、ほんとはこんなだったのね」と知ることになったんでしょうな。なんだかねぇ。
あと今回の再発では、むかしCD化したときに変な順番で入っていたボーナストラックを全部オリジナルの曲が終わってから最後に入れるようになっている。これもまぁよくやったと思う。しかし本当は、ボーナストラック削る勇気があったらもっと感心したぞ。あったほうがよさそうで、実はちゃんとオリジナル盤のとおりに終わった方がいいアルバムが多いと思うのだ。たとえば「Black Sea」はやっぱり「Travels In Nihilon」で終わらないと。そう思いませんか?だから、たとえばボーナストラックが始まるのを最後の曲が終わってから無音状態何十分か入れたあとに入れるとかしたらどうでしょう。「ちゃま」曰く、「ボーナストラックは最初に入れるべき」だそうです。もとのアルバム通りに聴きたければ、最初だけボーナストラックを飛ばして聴き始めると、ちゃんとオリジナル通りの最後の曲で聴き終われる、ということ。なるほどね。
とまぁ、こういう再発ものにあまり興味のない僕でもこんだけ感心した、いい再発シリーズだと思います。さー次回のリリースも楽しみだ。あれはやっぱり「円形ジャケ」なんでしょうなぁ。うふふふ。←次のリリースのもできが良かったら続く。(01.4.12)
「一つ語ろうか...。
ドドンパは都々逸(どどいつ)とルンバを掛け合わせた日本が生んだ唯一の「オリジナル・ダンス・ビート」で、おそらくそれ以前もそれ以後もわが国からはそういったものは発明されていない。
マンボ/ルンバ/チャチャチャ全盛の時代に、ロカンボ(ロック+マンボ)などオリジナル・リズムの開発に明け暮れた当時のアレンジャーたち(ペレス・プラード/ザビア・クガート/ティト・プエンテら)を真似て、作られた「都々逸+ルンバ」。歌うは日本の誇るラテン・バンド見砂直照氏「東京キューバン・ボーイズ(今だ現役の日本最古のラテン・バンド。本場キューバの・マルクス劇場でも大昔に公演している)」の専属歌手だった渡辺マリ。大ヒットした「東京ドドンパ娘」はいわゆる「ワンヒット・ワンダラー」として60年代の「東京歌謡史」に名を刻むが、だれもこの「日本唯一のオリジナル・リズム」というところに言及しない(細野さんがその昔少しだけ触れていた)。
そう、演歌は朝鮮半島の民謡だが、都々逸は日本のものなのだ!もちろんラテン・ベースのさるまねリズムだが、たぶんあのアクセントで演奏するリズム隊は世界中どこにもいないだろう(これはスゴイこと)。いや、いなかっただろう。この「日本のブーガルー」を演奏するやつが今どこにもいないのである。
そしてこの「おきゃあせ娘」は渡辺マリの田舎の方言を多用している。「真田に結ったなあもなも」「見てもチョウ」「おきゃあせ(=おてんばみたいなもんか?)」...。「たちつてと」が「ちゃちぃちゅちぇちょ」になる西洋かぶれの日本のロッカーにぜひ聴いてもらいたい。このアルバムにはほかにも「銀座ジャングル娘」など、もんのすごい曲がいっぱい入ってて、気合い入れて聴かないと脳軟化症になってしまう。こんな強力な音楽が日本にもあったんだ、というところで俺はドドンパにこだわるわけです。
最初にかけた桜たまこの「東京娘」は70年代にドドンパの復活を狙った完全な2番煎じで、渡辺マリはあP-VINEからでるほど語られたりもするのだが、こっちはなつかしーなーぐらいのギャグ・ソングとしての認識しかもたれていない。でもこっちも名曲です。
こういうのをねぇ、曲のイントロで語りながら回すのが俺のスタイル「漫談DJ」で、こんどはこれでやろっかな。
マルによると8月いっぱい京都にいるそうだが、またすきやき行く?
ほんじゃぁまた!(おやじのうだばなしは永遠に続く...。)」
そういえば、このイベントの前に初めてあったとき(職場の後輩だが同時期に同じところでは働いていないという関係。彼は今、金沢のレコードやさんで働いています)、「ちゃま」とかと一緒に私の大好物すきやきを食べにいって「なまたまごの片手割りの極意」を伝授したのであった。「よーく見とけよ!ほれ!」って感じで。そうか、最初から頼まれもせんことを無理矢理押しつけるという間柄だったのネ...。これからもよろしくね。(2001/04/01)
[0025] mp3ダウンロードについて
mp3を自由に落とせるソフト、「napster」が取り締まられると言うことで、何となく手に入れて使ってみたら「こりゃすごいわ」。言わずと知れたソフトですが、やはり噂どおりすごかった。別にソフト自体はふつう。ネットにつないで、曲を検索して、落とす。しかし何がすごいって、その落とせる曲の数と質。ちなみに今の時点で1634823曲登録されている。そりゃー「おっ」ちゅうもんもいっぱいあるわな。
ちなみに「Todd Rundgren」でヒットした数が、100曲以上。ほんで、ずーっと探してた珍しいヴァージョンや、おそらく向こうのFMでしかやってなかったのだろうというようなもの、会場で録ってきたらしき「隠し撮りもの」なんかまでがごろごろ。思わず「おおーっ!」と唸ったのが最近だけでこんなに。
・「Star Trek Theme」('76)←Utopiaの演奏しているあのテーマ曲のレア・ヴァージョン。
・「Jesse」('80)←歌詞を替えて政治家に対する批判ソングにしているやつ。12弦ギター弾き型りライブの音源。歌詞の内容に観客が大沸き。FM放送ものかな?
・「A Dream Goes On Forever」のあの「With A Twist(ボサノバ・セルフカバー・アルバム)」アレンジの12弦ギター弾き型りライブの音源。これは会場でDATでの隠し録りみたい。
・「Timeheals」('81)←あの「サタデー・ナイト・ライブ」出演時の音源。これは実は何年か前にNHKの番組で放映したのと一緒のでした。
もういっちょう、「The Smiths」で探したら、スミス自体の曲はそんなに珍しいバージョンはなかったのだが(ブートを集めまくったのでほとんど聴いたことあるものという環境もあるが)、いろんなグループがカバーしたヴァージョンが何曲かあって、「えっ!こんな人らがこんなのをやってたん?」というのが聴けて、興奮しました。例えばこんなん。
・Deftonesの「Please, Please, Please, Let
Me Get What I Want」
・Bisの「The boy with the thorn in his side」
・Jeff Buckleyの「The boy with the thorn in his side」←これはライブの隠し撮りっぽい。メロディーの変え方とか、やはりさすがに才能感じます。
・Supergrassの「Some girls are bigger than other」←特にこれは良かった!「フェード・インで始まり、一旦フェード・アウトしたと思ったらまた最後にフェード・イン/フェード・アウトする」という元曲と同じフォーマットで演奏されていて、ファンなら思わず「ニヤリ」の名カヴァー。こんなの彼らのなんかのCDに入ってたんでしょうかね?知らんかった...。けど聴けて良かった。
ちなみに
・「Healers」(Johnny Marrの自分で歌うバンド)の「A Woman Like You」という曲もありました。これは...まだこの曲だけではこのグループについては何もわからんね。アルバムを待ちましょう...。批評保留。歌は思ったより結構うまいな。T.Kさんによると「Uncut
のおまけCDだけに収録されていた曲がある」と言うことだったので、それがこれなのでしょうか。
・「H.O.T.」のもあるかな?と思って試してみたら、まぁいっぱいありましたわ。僕が「必泣き」の曲の数々も...[I-yah!]とか[Hope]とか。もう、CD買うまでいかん人は、とりあえすこの2曲だけでも落として聴いてみてほしい...。
なんか僕が聴いたことないようなもの(オムニバスとかに入ってたものとかかな?)もあるなので、落として聴いてみよっと。とりあえずCDとか手に入る音源は持っているつもりなのだが、やはり「なんだこりゃ?知らんぞこんな曲!」というものもありますねぇ。
とまぁ、こんなのがごろごろしとるわけですわ。
mp3のファイルはだいたい1分1M(メガ)ぐらいになるので、1曲分で3〜5Mぐらい。うちのクロの56Kモデムで1曲落とすのに10〜15分ぐらい。なんか最近テレホーダイの時間になると、とりあえずこういうのを検索して落としてしまうという習慣になってます。
さぁ、napsterはいつまでこんな風に使えるのかな?(2001/02/20)
そして1989年このアルバム「Kite」をリリース。メリー・コクランのアルバムにも参加していたギタリストのピート・グレニスターなども参加している。しかし、やっぱし僕らにとっては「スミスのカヴァーあり」「ジョニー・マーが参加」という夢のアルバムだった。いまamazon.comで検索してみたら、ない!たまたま扱っていないのか、はたまた廃盤か...。こんな名盤が廃盤とは世の中くるっとるのう。(そのあとamazon.co.ukで調べたらUK盤はあるみたい。よかったよかった。しかし、わりと最近出ていた「Galore」というベストぐらいは日本でも普通に売っていてほしいな...)このアルバムのブックレットにはいろんな人たちの直筆コメントがプリントされており、それを読んでいるとまるで「追悼文」のようで泣けてきた。一つ引用。
「Kirsty is a voice gradually added to
a body. She has great songs and a crackin' bust.
She is a supreme original, although not_as far as I know_one
of the original supremes.
Everything shows in the voice. The best of the last of. Furthermore,
a full set of teeth.
What more? NOT cursed.」
___Morrissey
なんとまぁ、あの人を誉めないことで有名なモリッシーがこれだけ愛にあふれた文章を書くとは。「僕は盲目なんだ。物事の良いところが見えなくて、悪いところばかりが見えてしまう。」なんて歌ってた彼が。よっぽどのことですよ、これは。そういえば歯並びも完璧ですね。
他にも「彼女こそアイルランドとイギリスを代表する天使の歌声だ。」ってな具合に、ビリー・ブラッグやポーグスのシェーンやボノ、そしてジョニー・マーからデヴィッド・バーン氏まで、全員がこのような言葉を寄せている。アイルランド、イギリスのミュージシャンにとってやはり彼女の作る曲や歌声は特別なものなのだろう。
このアルバムにはスミス・ファンも涙する、フォーク・ロック(ネオアコ)の名曲が目白押し(キンクスの「Days」のカヴァー!なんかもあり)なのだが、僕が「んー、こりゃすごい!」と完璧に脱帽したのは最後の「Complainte
pour ste Catherine」。これがあの僕の大好きな「リンガラ・ポップス」スタイルなんですな(詳しくはここを。こういうときに便利ね)。歌はフランス語だが。この曲では本場のスークース・ギタリストが何とも流暢なフレーズを弾いていて、こういうギターが大好きな僕はうっとりとなってしまう。「Voice
of England」と語られることの多い人だが、このアルバムリリース時からもう、もっと広い音楽スタイルを取り入れ始めていたのだ。
この「Kite」のあとのアルバム「Electric Land Lady」は、ブレイクビーツなども交えた「脱フォーク」的なアプローチが目立つもの。「Kite」のスミス・コネクションでファンになったネオアコ・ファンにはちょっとキツイものだったかも。何せ、このアルバムでジョニー・マーと共作している曲はギンギンのギター・リフまでもサンプリングした「ネオアコ」臭の全くないもの。ジョニーもカースティーさんも、このときにもう次のことを考えていたんだな、ということがよくわかる。
その次の「Titanic Days」というアルバムはあんまり印象にない...。ラテン風な曲が顔を出していて、今となっては「ははぁ、この時すでに...」と思える一枚。そう、次のアルバムの布石がここでもう打たれていたのである。
そしてラスト・アルバムになってしまった「Tropical Brainstorm」。「この何年かスペイン語の曲しか聴いてないの」という言葉通り、南米の音楽がベースになったまさに「トロピカル」なアルバム。その1曲目を初めて聴いたときの嬉しい驚きは久しぶりに味わうものだった。
アルバム発売日(2000年3月)、職場でなんとも古くさいテイストのキューバン・ラテン曲が流れた。「これ、誰かな?」。「ブエナ・ビスタ〜」以降ちょこちょこ増えてきたが、うちのような店で「もろにキューバン・ラテン」というものがかかることは、よっぽどの大物のアルバムがリリースされたとき以外にはまずないのである。そして...イントロに続いて聞こえてきたこの声は...「あーっ!」。そう、紛れもないカースティー・マッコールさんのあの「天使の声」だ。「間違いない。この声だけは俺が聞きまちがえるはずはない。」ロックのコーナーへ足が自然に向いてしまう。「カースティー・マッコールの新譜出た?」とこの人のコーナーを見ながらロック・コーナーのスタッフにきくが、「?」となんともわからない様子。まあいい。若いやつなら知らなくて当然かもしれない。自分の持ち場(ワールド・ミュージック・コーナー)に戻る。となりのソウル(ブラック・ミュージック)コーナーのM君に「これ、カースティー・マッコールやんなぁ?」ときくと、「俺もそう思ってさっきロックのコーナーに確かめに行った。」という返事。今でこそソウルにばりばり詳しい彼だが、元はといえば僕と同じく「ブリティッシュ・ロック好き」でもあるのだ。この声を聴いたらやはりロックの彼女のコーナーに確かめに行くのが普通であろう。お互いに苦笑いしながら「この声は間違いない!」と再確認し合った。いやーいい話だなぁ。こういう人が同じ職場にいてたまにこういう「にやり」とするような会話ができるから、こういうところで何年も働いているのかも知れない。この声を聴いて「うぎゃっ!」とならない方がおかしいのである...。結局このアルバムはこの日にリリースされていたのだが、僕がその時勤めていた店には事情があって届いていなかったということがあとでわかった。やっぱり。
そのあと、無事に納品され、買って聴いてみたら「まーすごい!」。語弊はあるが、あの名盤「Kite」以来のすごいアルバム。あんまり良かったので「スミス・ファブ」の知り合いたち(例の毎年初詣に行く連中)にメールや電話をしまくった。いくら自分が買って聴いてみて良かったアルバムがあっても(今でこそこんなホーム・ページで紹介できるが)なかなか友人にメールしたり電話して「めっちゃ良かったで!」と伝えるなんていう大げさなことはまずない。そのあとたまたま会ったり電話したりしたときに思い出して「そういえば...」と話に出てくるぐらいである。でも、このアルバムは別。特別。そういえばこの後にも、こういう電話までして人に「良かったで!」と思わずいってしまったものってなかなかないなぁ。
50年代のキューバン・ラテンの音源をサンプリングし、組み合わせて作り上げたという1曲目の「Mambo De La Luna」。しかしこんだけもろにラテンばりばりのこの曲でもこの人が歌い出すと、もう完璧に「カースティー・ワールド」になっちゃうところがものすごい。「声の持つ力」である。これだけ世間でラテン音楽が流行る前からものすごくハマって家の子供たちが「お母さん、たまにはスペイン語じゃない歌をかけて!」と文句を言うぐらいだったそう。その発言を解説のインタビューで読まなければ「ああ、この人もハヤリのもんに飛びついたのね」と思われかねないタイミングだが、逆に世間の流れに沿っていたわけで、けっこう世の中では受け入れられた(売れた)のではないでしょうか(僕のような立場にいてもそこまではよくわからんが...)?そしてまた、こういうものをやっているということで、いろいろライブをやったり、活動に広がりが出てきたところだったのではないだろうか?よっしゃー、いけー!というところでこの不幸な事故ですよ。まいりますね。
別にフォーク・ファンや、ネオアコ・ファンに限らずこの本当の「天使の歌声」にはぜひふれて欲しい。お亡くなりになったと言うことでこういう文章を書きましたが、それも実は恥ずかしいことです。もっと早くに紹介したかった。本当は。あー、もうこの人の新しい作品は聴けないのか。落ち着いてそう考えるとマジでものすごく残念。そんな風に思える数少ない「歌手」でした。改めて、心より、合掌。(2001/01/25)
[0023] Happersのイベント・レポート
(JAPAN)
昨日は今世紀最後の「Dry&Heavy」を見てきました。「いやーやっぱ、すごいわ」。ドラヘビはこの前始めてみたときの印象がすごかったので「やっぱりいいねぇ」でしたが、最後の「Audio
Active」が思いのほか「男らしいロック」という感じで素晴らしかった。ドラヘビの2人は(ドラムとベースの2人がメンバーであとはサポート、という『Sly&Robby』の形式を取っている)実はAudio
Activeのメンバー。彼らは前に書いた昔いた京都店にエイドリアン・シャーウッド氏やビム・シャーマン、タック・ヘッドのビム・ビンヴイッシュやスパイク(シュガーヒル!)たちと「インストア・イベント」で来ていただいたことがありました。そのあと京都MUSE
HALLでこのみんなのライブがあったのです。これはすごかったなぁ。Audio Activeが1stを出したとき。
その時のAudio Activeには「ん?」という感じであまりピンと来なかったのだが、今となってはこれが効いてきている。
というのは、Audio Activeはとりあえず新しいフォーマットを模索し続けている「ダブの探求者たち」で、簡単に言うと「ずーっと実験を繰り返している」。実験というのは本当に意味のある、価値のあることです。人として。だから彼らの曲には「単にレゲエでないダブ」をいかにやるか、という命題の元に実に様々な形式が組み込まれている。エイドリアン・シャーウッド氏は、そういうところが大好きでプロデュースし、ON-Uからリリースするのだ。
でも、実験ってつらい。ポップなものにはほとんどならない。概念や心意気、狙いが理解できて「ほほーようがんばってはる」とはなるのだが。1st発表時には僕には「えらいなぁ」という以上の感想はなかった。聴いて楽しむ音楽としてはまだまだ「グッと」こなかった。共演してた面々がすごすぎたというのもあったけど。
で、彼らは別のものとして「ドラヘビ」を始めるわけだ。「ものすごくわかりやすくて王道のど真ん中をずんずん突き進むダブ・バンド」として。この素晴らしさは何度も書いてきているので割愛するが、現時点でここまでやる人は世界中にいないということもあって、大成功。ダブ・ブームまで盛り上げる存在。しかし、この素晴らしさはAudio Activeの「実験精神の実践」があってこそ。最近のAudio Activeのことはあまり聴いていなかったのでドラヘビのところではあまり触れなかったが、昨日見てきてやはり完璧に納得しました。「単にレゲエだけでないダブ」。ダブの概念はサウンド・エフェクトやテープ編集によって「元にある音楽をぶち壊し再構築する」という「音楽界のコペルニクス的転回」とも言うべきすごい概念で、現在当たり前になっている「リミックス」の元祖。ということはダブがなければ「ハウス」も「ドラムンベース」も「ヒップ・ホップ」も「ラップ」もなかったわけで、そういうことを真剣にやってる人たちは常に過去のダブ・シーンを学習し、現在のそれに目配せしている。前のイベントに出てたアンディー・ウェザオールなんかもそういうやつですね。「レゲエでないダブ」というのはとても難しくて、ともすれば失敗する。Audio Activeはこういうリスクを負った上でずーっとそれを研究し続けている。で、1st以降ちゃんと聴いていなかった僕ですが、昨日見た彼らはその「成功率」をかなり上げていた。
開演前うしろのブースでTシャツを売ってて(Beat Inkの遠藤さんごくろうさまでした→より良い「ダブ精算」のために僕も奥様もシャツ買いました。奥様もお揃いの色違いを)、そこでシャツを選んでいた若い男の子たちが「ドラヘビのんは?」「これは?」「あーオーディオ・アクティブのはええねん、ドラヘビのどれや」というような会話をしていて「なるほど」と思いました。「実験精神」に基づいたものはこういうとらえられ方をされてしまう可能性が高いのですな。でも、出番最後の彼らのライブはそういう兄ちゃんたちをも踊らせるほど、「ギリギリの線」を越えていました。良かった良かった。偉い。素晴らしい。最後アップ・テンポの曲で終わり、大盛り上がりのあとのアンコール。最後の最後にここでスローでディープでちょっと難解な「ネオ・ダブ」とでも言うべき曲を。ちょっととまどう観客を、しかしまた別のノリで盛り上がらせて終わりました。かっこよかった。(2000/12/16)
このグループの1stが1999年に初CD化されたときも、そうだった。このオリジナルのLPは当時買って持っていたが、やっぱり買った。「アナログ持ってるけど再発のCD買うかどうか」で、その好きさ加減が計れる。その時はまだホーム・ページを作っていなかったので「あーこういうときにホーム・ページ作ってたら、そこにこの感動を書けるのに」と強く思ったことをよく覚えている。何にそんなに感動したか。ただの再発じゃなかったのだ。
そのとき職場であらかじめ発売前に「買うから来たらすぐちょうだい」とJ-POPの担当のものに予約しておいて、いち早く手に入れたこの1stの再発盤を帰りの電車の中でディスクマンで聴いていた。ふんふん。いやー久しぶりに聴くなぁ。やっぱりいいなぁ。とブックレットを読んでいくと「うぐっ」!。「れいのあれがやはりあれがはいっていたはいっていたやったー!」当時プロデューサーの加藤和彦氏のアイデアでこのアルバムに入っている曲「Masked Ball」の「ものすごい」12インチ・シングルが発売されてた。なにが「ものすごい」かというと、この12インチはA面が「2本溝」になっていて、つまりパラレルに2本の音溝が並んで渦を巻いている構造になっていて、針を落としてどちらかが偶然かかる、という仕掛けで「Masked Ball」のブリティッシュ・バージョンとアメリカン・バージョンが入っていた。「チョコレートで作ろうか、20回ぐらいは聴けるみたいだし」という話まででていたそうである。何とも粋な。元々はたしか1.300円だったと思う。なんで値段まで覚えているかというと、お金がなくて買えなかったのである。また今度買おう、と思いながらもう手に入らなくなってしまったのだ。(このての思い出はたくさんあって、どれも鮮明に心に刻まれている。くやしかったから。貧しかったから。ぐっすん。「でもおいら、いつかお金持ちになって世界中のレコードを買い占めてやる!」とまでは思いませんが大体そんな感じ。このページ読んでくれてる人ならわかるよね。この気持ち。そして今、たいしてお金持ちにもなっていない僕は、そういう「心のシミ」に対して一つづつ落とし前をつけていってるのだ。)
そして、結局このシングルは手に入れずじまいで今日に至っているわけだが、この1stアルバムがCDで再発されるという案内書を最初見たときにも「ボーナス・トラックは入っているのか?」という思いがまずあった。でもCDにはボーナス・トラックについては何も書いていなかった。「あーあ。あの12インチとか入れたらかっこいいのに」とつぶやいたのも覚えている。それほど「惜しい」と思ったのだった。
で、話戻って電車の中。開封してみると、中を見るまでわざとわからなくしてあっただけで、その2バージョンがボーナス・トラックで入っていたのである!!「うわーお」!!電車の中で涙ぐみ。
このグループは「エックス」と読む。あの「紅(くれない)いくぞー」の方が後ででてきたときは「おいおい」と思っていた。アメリカ西海岸にも「X」というグループはあって、ドアーズのレイ・マンザレクがプロデュースとかしていたな。まぁ、どの国にも一つ二つは「エックス」というバンドは有りそうだ。でも、ぼくらの「エックス」は「EX」。この場合の僕らにはあの江口寿史さんも含まれる。
このグループは不思議な位置にいた。江口寿史氏の愛情あふれる文章に始まる、とても内容の濃いブックレットに詳しく書かれているが、「あの時代の」九州出身バンドでありながら、いわゆる「めんたいロック(九州出身のビート・ロック・バンドを総称してこう呼んだ)」ではなく、かといってY.M.O周辺にいたファミリーだったのに少しもテクノではない。不思議な「EX」サウンドを展開していたのだ。
本人たちはイヤだったみたいだが、一番簡単に説明すると「マージー・ビート」。あの、リバプール・サウンド。もちろん大きなコアに「Beatles」がドン、とある。でも、ぜんぜん違う。なんか、かっこいい。英語の「Cool」というのが一番しっくりくるかな。音をなんとか言葉で説明しようといつも必死になってるのだが、やっぱりそんなもんムリじゃ。言葉に置き換えていくとどんどん「Beatles」になっていく。でもね、違うの。「エックスの曲」なの。あーあー、ひどいなぁ。俺もここまできたか。...ちょっとだけ熟考して思いついたのが「80年代にビートルズがいたらやってたであろう音楽」。うーん、まだちょっと違うな。「Dukes
Of Stratosphear」にも似てる。んーとりあえず今日はあきらめる。「おぼえてろよ」「おとといきやがれ」。
その2バージョンはまたすごい凝った作りで、びっくりした。疑似ライブになっていて、まるで当時のスーパー・グループの外国公演のようにあの、例のおじさんのMC「レディース&ジェントルマーン〜」が入って、ファンの黄色い歓声が「きゃー」というU.S.Aバージョン。よんどころない女王様のそっくりさんがゆったりと紹介して始まる「疑似イギリス国営放送」になっているブリティッシュ・バージョン。あーあ、やっぱりこのシングルがでた当時にムリして買っとくべきだった。みんな貧乏が悪いんだい!
でもね、こんな風に電車で「うぐっ」ってなったのはやっぱり当時買えずに悶々としていた経験があってのことなのかもしれない。ずーっと後に「大感動」するための果てしなくながーい「前フリ」。そう思ってみると、やっぱり「生きてて良かった」なのである。そしてこの1stの再発がもっとすごいリリースのための前フリのようなものだったのだ。
この「EX2」は発売されなかった「幻のアルバム」。1stリリース以降、解散するまでの音源を集めたウルトラ・スーパー・レアなリリースなのである。つまりぜんぶが「初出の未発表音源」。夢じゃなかろか。ちょっとほっぺたつねってみる。痛い。本当だ。本当に発売されてます。2000年9月に出てたみたいだがまったく知らなかった。知り合いの勤めるCD店をのぞいてみて良かった。
で、1stで「うぐっ」ときたようなことがこれでも起こった。それは「Sweet Little Dancer」という曲。「これこれ、これを探しとったんじゃーい!」20年近く、僕はこの曲を探し求めていたのでした。当時EXはたくさんCMの仕事をしていて、ブリック・パックの飲料「ピクニック」のCM曲や、ジーンズの「ボブソン」のCM曲だったこの「Sweet
Little Dancer」などがよくテレビで流れていた。「あれ、この曲ってEXっぽいなぁ」と見るとテロップに「EX」とある。いい曲だなーレコードほしいなーと探し回るが売ってない。シングルのB面かと思って2枚出ていた7インチ「プラチナム・ナイト」と「ダスキー・タウン」を買ってみたが、違う。あー出てないのかな。とあきらめつつ、それ以来中古レコード屋さんにいくと必ずなんとなく探してた。もう20年も。ひつこく。で、やっと。やーっと手に入れました。(「ピクニック」の方の曲は確か「ビートルズのカヴァー」だったような。あんまし知らないので不明。今回出たこの「2」にも、今まで出てる音盤にもその曲は入ってない。これだけがまだまだ探し続けないといけない課題になった。)
この「Sweet Little Dancer」は糸井重里の作詞で、なんとあの「ピンク・レディー」のシングルのA面予定で作られたもの。結局「33回転のAMENIC」というタイトルで、「レッツ・プリテンダー」という高橋幸宏プロデュースのシングルのB面になった、と解説にあった。んー、そんなん知らんっちゅーの!このシングルも探して買わないと。
メンバーは梅林茂(G,Vo)、羽山伸也(Dr,Vo)そして1stアルバムのリリース後、奈良敏博(Bass)が入る。梅林茂は現在映画音楽作家として数々の映画音楽を担当している。彼のギターが、とりあえずEXサウンドの要といえよう。むちゃくちゃ太い弦を張ったフェンダー・ジャズ・マスターから繰り出されるそのフレーズは、まさに天才的。ブリティッシュ・ロックのセオリーにのっとったスタイルなのだが、よく聴くとかなり独特のフレージングである。この人のおそらく唯一のソロ・アルバム(映画のサントラを除いて)「Bazzar(バザール)」は、僕が再発をずっと待ち望む1枚(あとでもう一枚出ていることがわかりました)。むかーしに、レコード・レンタルしたときのカセットでしか持っていないのだが、何回聴いたことか。このアルバムを聴くと、彼がある種の「日本の美意識」を「イギリス式のロック・フォーマット」で表現しようとしているのがわかる。歌声、メロディーもしかり。映画のサントラを数多く手がけているのも、そのような感性が日本の映画監督に求められているからなのだろう。
偶然、といったらへんだけど、東京をベースに活動していてあまり関西で見れなかった彼らのライブを一度だけ見たことがある。1stリリース後2ndは予定があったものの作ってなくて、ライブ中心に活動していた時期、松田優作のアルバムに片面分の曲を提供。そのときのツアーが京都でもあった。
大学の音楽サークルの友達が、「一緒にいくはずの友達が行けなくなったからどう?」とこの「松田優作with EX」の招待券をくれたのだった。そのころ、「松田優作のアルバムをEXがやってるらしい」というぐらいは知ってたが、なんか、「EXのニュー・アルバムはまだか?」いった感じで聴いてなかったのだ。「そんな、俳優のアルバム手伝ってるなら2nd出してくれー」とか思っていたのだった。で、誘ってくれたその晩、京都会館に見にいった。このころ、もうベースの奈良さんは加入していて、なんともすごいスタイルのプレイだった。スタインバーガーのベースの、たしか12フレットより上だけフレットを抜いたものを使って、基本のベース・ラインの中でオブリガードやソロ的なことを上のフレットレスの部分でやるという、独特の方法。これにコーラスやフランジャー、ピッチシフターなどのエフェクトをかけることで、摩訶不思議な音が出る。このライブを見る前に、ギター・マガジンかなにかそういう雑誌で見たことはあったのだが、実際に音を聴いてけっこうビビった。かっこ良かった。
この編成での音は後に「トライアングル」というお酒のCMで聴けた。このお酒の宣伝キャラクターに松田優作が選ばれ、音楽もEXが担当したのである。そう、先ほどの「Sweet
Little Dancer」もそうだが、たぶん僕もこの人が曲を作ったと知らないCMもたくさん手がけているだろう。
このアルバム聴いて思ったのは、「なぜこんないい曲がいっぱい録音されていたのに当時リリースされなかったのか?」ということだった。ブックレットの解説や本人のコメントを読むと、事情もわかるのだが、それにしても惜しい。あんまり大げさなことは書きたくないが、おそらくこれが当時発売されていたら「僕らの」音楽人生は少し変わっていただろう。僕はこの「Sweet Little Dancer」を自分のバンドで「絶対」カヴァーしていたと思う。それに、リッケン・バッカーの12弦を手に入れたとき、最初に弾いた曲はこのアルバムの1曲目「Grass Horse」だっただろう。
でも良かった。生きてこれが聴けたのだ。今からこの曲を弾けばいいのだ。こういうバンドがやりたいと、今から思ってやればいいのだ。このリリースされていなかった期間はとてももったいないとは思うが、その分タイムカプセルに入ってたものすごい宝物をいきなり見つけたようなもんである。
それにしても最後にまた隠しトラックとして入っているLAでのライブの音源は圧倒的。僕が京都会館で見たときみたいに「クールに熱く」跳びはねて演奏してたんだろうなぁ。曲が終わった後の観客の歓声に返す「サンキュー。サヨナラ。」が、もうカッコ良すぎて...。「さようならー」ではなくて、クールに「サヨナラ」。このあたりに、このグループがなぜ最高にカッコ良いかの鍵が隠されているように思う。
このグループを知っていた人はあんまりいないかも知れないけど、知らなかった人にとっても「大事件」といえる、ずっしり重い価値のある1枚。(2000/12/03)
ただ僕が知ってるだけでも途中2個所、「おっ」と思わせるのがあった。1つはアルバム「Hand it over」の初回ボーナスCDに入っていたなんか映画かドラマかのために作った3曲。もう、ビーチ・ボーイズ風コーラスに笛とかムーグとかが「ファホファホ」「ピューン」と入った何とも素朴なフォーク・ソングで激名曲。「あー、こういう部分は普段ダイレクトに出さないようにしてるんだなぁ。」と思いました。だってこういうサントラでやって、ボーナスCDに入れてるんだもん。こんないい曲を。もう1つは「イメージが狂う」とアメリカ以外の国でリリースされなかったフォーク・ギター弾き語りライブ盤「Martin&Me」。まぁこれは「ちょいとこういうのもやってみた」という肩の力の抜けた感じのアルバムで、「バリバリ」のJだけを求めるやつらにとっては確かに聴きたくない作品かも知れないな。「ニーヤンな部分、隠したかったんちゃうん?」という感想でした。ちなみにスミスの「The boy with the thorn in his side」をあの声でカヴァーしています。その、シリアスでロマンティックなところを、照れて隠して「ギャーン」と歪ますへんが、この人らしくて素敵だったのだが、このあたりから本当に「ニーヤン・フォロアー」みたいになってきた気がして残念だった。
底抜け脱線するが似た感じがあるのでここで書いとこうか。前々から思ってた「エルビス・コステロ=片岡鶴太郎説」を。このタイトルだけで、「〜ということか」と僕の意図が分かってくれる人もいるかな?たぶんいないだろうな。
一応×付けとくか。ステテコ・ファンの人は読まんでよろしい。でも今回は読んで気がついて欲しい気もする。
この両者に通じる「いやーな」とこは「ずいぶんと偉ろうならはりましたなぁ。」という一言で表せる。「アイルランド系」「下町生まれのぶさいく」。「エルビス、なんて名前名乗って、当時ハヤッテたもの取り入れて必死で売れようとした」「下ネタ、人をおちょくったモノマネなどで必死で売れようとした」。「けっこう売れた。芸もいいとみんな認めた(けっこう売れた。曲もいいと認められた
/ ものまねが認められ、有名になった)」で、なんだか「だんだんアーチスティックに」。急になんか難しいことを言い出したり、ボクシングや書道を始めたり。「もう、昔のようなことはできないよ」みたいな雰囲気がぷんぷんと。細かいとこはいろいろだが、僕にはなんかこの2人は同じに見える。もともとコステロの曲で好きな曲全然ないし。いい曲だなぁと思ったら人の曲のカヴァー。「I
Wanna be loved」とかね。「she」だって、シャルル・アズナブールで有名なシャンソン曲なんだぞ。コステロ・ファンでこれを知らなかった人は恥なさい。あと「King
of America」というアルバム・タイトルも嫌い。なんか深い意味でなんかを皮肉ってるんだろうけど、むかつく。「スパイク」のジャケットも最悪。ポール・マッカートニーとの共演もださかったし、バカラックとのものも、鼻についた。何をやっても気にくわない。目をつむって「she」とか歌ってるところを後ろからぽんっと頭たたきたい。「なにを偉そうにしてんの」って。ほんでそれがジュリア・ロバーツの映画の主題歌やで。パンクやロックといちばん遠い場所にいる。しかも偉そうに。まじで最悪(好きな人にはそういうとこがいいんだろうけどな)。
あー疲れた。で話もどると、Jにもそういう「いやーな感じ」のする兆があったのだ。初来日のときと解散する前に見にいったのだが、この違い。初来日のときはなんか「なにをやりだすのか分からない不穏な空気」に包まれていた。無表情でよれよれのトレーナーを着て、Jazz
masterをだらーんと持っている。小さな生音で「ジャンジャン」と弾きつつぼそぼそ歌い始めふんふん、と見ているといきなり足元の「Big
Muff(名門エレクトロ・ハーモニクス社の激強力ファズ)」をぽん。すると普段激轟音に慣れてるはずの僕でさえ「わーびっくした」とビビるほどの激音がなり、フリーキーなソロをぶちかます。「スケール練習なんてしたことない」という発言を裏付けるようなプレイ。で、ひとしきり弾いて飽きるとまた元の小さな生音コードストロークに戻ってへらへら歌う。もう、みんなびっくりしつつも大ウケである。「あほー」という大阪ならではの最大級の褒め言葉が投げかけられる。おもちゃ屋で売ってる叩くと「いよっ大統領!」とか鳴る宴会カラオケ盛り上げ用エレクトリック・パーカッションを叩く。うける。わけがわからん。ただ「爆音」がなり、みんな笑いながらこわばってしまうような「殺伐とした空虚な空間」であった。これはもう、すごい。暴れるしかないような緊張感。実際モッシュに巻き込まれ、ちょっと死にかけた。「希望の国アメリカの絶望の果ての風景」を見たのでした。で、最後から2番目の来日。心斎橋のクアトロ。なんか違う。ヒット曲を次から次へと、うまいソロをバシバシと嬉しそうに笑顔で決めるJ。えっ今サンキューって言った?聞き間違いか?最後までなんか違和感が。「おまえやっぱりスケール練習してるやろ。」と思わせる「うまいノリノリのギター」。和気あいあいとした楽しく暖かい雰囲気。パフォーマーとオーディエンスの一体感。この人には全く似合わなかった。お前スキーの腕前プロ級らしいな。
そういう印象のまま解散したダイナソーだった。そしてこの一応バンド名義のアルバム。マイブラのケヴィン(お前、もうそろそろマイブラでアルバム出せ。どんだけ人のアルバムに参加しとんねん!)とか以外は全部自分の家のスタジオで自分で作ったらしい。そうか。だからドラムがいいんだな。この人のように、ドラマーじゃないのにドラム叩くのが大好きで、そのへんのドラマーよりうまい(or下手だけどかっこいい)人がよくいます。北京のドウ・ウェイとか、エイドリアン・ブリューとか。楽器のうまい人はリズム感がいいわけで、ロックするのに一番大切なのはドラムなわけで。Jも例えばグリーン・マインドの1曲目「ワゴン」ではドン・フレミングとのツイン・ドラムがものすごい。つんのめって走るフィル・イン。これがパンク。そう、このアルバムでは、またこの感覚が戻ってる。加えてピアノなんかも弾いててさっき書いた「Hand it over」の初回ボーナスCD」でやってたようなロマンティックな部分も炸裂。なんかいいぞ、このアルバム。
ライブではまたにこやかに、さわやかに「サンキュー」なんて言いそうだけど、とりあえず君がまだまだ「あほパンクス」だということは分かったよ。久しぶりにディスクマンのボリューム・フルにして、耳が痛くなるほど爆音聴きました。「ボリュームを上げたくなる音楽。それがロックだ。」(2000/11/27)