Zydeco ←back to list
まず、「Gumbo(ガンボ)」。辞書を引くと「オクラ」とありますが広い意味で「オクラ入りのスープ」のことで、このへんの地域でよく食べられていることと、やはり色々な人種が混じり合っている「ごった煮」といった感じをあらわし、音楽についてもこの言葉が使われるようになりました。「Louisiana Gumbo」というのは広い意味でルイジアナ州(主にニューオリンズという町)で演奏される、黒人によるR&Bをあらわす言葉です。
そして「Zydeco」。この言葉は、特にルイジアナはニューオリンズの西部の湿地帯地域、レイク・チャールズやラファイエットという町で暮らすフランス系黒人(クレオール)が生み出した音楽のスタイルをあらわします。同じくクレオールの白人の音楽は「Cajun」と呼ばれ、それらはお互いに影響を与えながら共存し、それぞれに特徴を持っています。Zydecoの特徴としては、アコーディオン(主に鍵盤のもの)とRub board(ラブ・ボード)と呼ばれる鉄製の洗濯板を使うことがあげられます。ラブ・ボードをこすって鳴らすビートにアコーディオンが入ったスタイルで、本来は早いテンポで演奏されるものがZydecoというわけです。もともとこのアコーディオンは、ヴァイオリンで演奏されていたのもがだんだんとアコーディオンに置き換わっていったそうで、奏法的にもヴァイオリンのドローン奏法(複数の弦を鳴らすスタイル)を多用していたらしく、アコーディオンでもそういった奏法のなごりのようなフレーズが聴かれます。このような独特の編成や奏法で、クレオール語(田舎なまりのフランス語)でR&Bやブルースを演奏しはじめたのがZydecoのはじまりだということです。ルイジアナの色々な音楽の中でも、特にこのZydecoは田舎臭いイメージであまり他の地域では聴かれなかったそうですが、1967年Arhoolieという有名なブルースのレーベルが、その名も「Zydeco」というオムニバスアルバムをリリースしたことがきっかけになって、広く聴かれるようになったそうです。このCDには入っていませんが、そのアルバムに入っているClarence Garlowという人による「Bon Ton Roulet」という曲がZydecoの起源とも言われる曲で、いまでも色々なZydecoバンドが演奏しています。
蛇足ながらCajunの特徴も少し記しておきましょう。CajunはZydecoとちがって、普通のアコーディオンの鍵盤部分が一列のボタンになっている「ボタン・アコーディオン」と呼ばれるものが使われ、他にフィドルやトライアングルも入り、曲調もカントリー&ウェスタンやケルト音楽に影響を受けたものが多いようです。このあとまたこのPutumayoシリーズからCajunコンピも出たらいいですね。
CDについている英文解説にもZydecoについての面白い解説が書いてあるので、ぜひこちらも読んでみてください。
では、1曲ずつ聴いていきましょう。
1 The Creole Zydeco Farmers "Creole Farmers Stomp"
Zydecoの帝王といわれるClifton Chenierのスタイルを好んで演奏するグループで、「これぞZydeco!」という感じですね。ちゃーんとアコーディオンとラブ・ボードが大活躍しています。Ville Platteというルイジアナ南西の町にある、Maison De Soul(ソウルの家)というレーベルからアルバムを出しているグループです。このなんとも言えないちょっとずれたようなノリは何回も聴いてるとはまります。
2 Keith Frank & The Soileau "
Pleson Frankというミュージシャンを父に持ち、父のバンドのドラマーとして音楽をはじめたKeith Frankはやがてラファイエットからヒューストンまで演奏しまくるようなミュージシャンになりました。そのころ彼が演奏しているのが聴こえると、他のクラブは扉を閉ざしてしまった、と書かれています。ものすごい演奏だったのですね。メトロノームのようにリズムの安定した、ダンサブルな「ダブルキック・ドラム」も彼の持ち味です。この曲にはレゲエの影響が見られますね。
3 Rosie Lebet "You're No Good For Me"
Church Pointというルイジアナの小さな町でうまれた彼女は、自分の夫Morrisが仕事に行っている間に彼のアコーディオンをだまって練習して、夫が驚くほどにうまくなっていきました。それをすごいことだと思った夫はベースを弾いていっしょに演奏するようになり、それ以来ずっとそれが続いているそうです。ソウルフルで力強く、少し哀感のある歌声が良いですね。Beau Soleilという有名なバンドにいたPat BreauxのSaxもかっこよくて印象的です。
4 Beau Joque & the Zydeco Hi-Rollers "What You Gonna Do?"
'99年の思いがけないBeau Joqueの死は、Zydeco界にとって大きな損失でした。'87年からアコーディオンをはじめ、途中事故による身体の麻痺を乗り越えて「Give HIm Cornbread」という作品が90年代を代表するヒット曲となった彼のスタイルは、70年代のロック、R&B、ラップ、そしてZydeco、Cajunなど異なったものを混ぜ合わせて作り上げられたユニークなもので、そのダイナミックなアコーディオンと猛烈なうなり系のヴォーカルは自ら「ビッツ(独特の)&ピーシズ(作品)」と呼び、彼のバンド、ハイ・ローラーズと共に大活躍しました。アクセントで入っているラテン・パーカッションがまた独特の味をだしています。RounderというPutumayoとも関係のあるレーベルから出ている「Allons en Louisiana」というCD-ROMで彼の演奏を見ることが出来るそうです。
5 Nathan & Zydeco Cha Chas "I'm In Love"
このグループはラファイエットで有名なWilliams兄弟のバンドで、El Sid O'sというクラブで、そこのハウス・バンドとして兄弟たちと共に組んだバンドとずっと演奏を続けています。このソウル・バラードはWilliamsのブルージーでセンチメンタルな歌と、Saxの'Cat Roy' Broussardの演奏が哀感を盛り上げます。「彼はzydecoと他のどういうスタイルをブレンドしたらいいかを知っている。El Sid O'sで踊っている人たちはみんな、彼が演奏するときにはいつでも少しお互いに近づいていく。」と英文解説にあります。ほんとにそんな情景が頭に浮かんできます...。
6 Jude Taylor & His Burning Flames "Burnin' Flames Special"
子どもの時、Jude Taylorは地元のカソリック教会のコンテストで歌いはじめ、ChenierやBuckwheat Zydecoを陰で支えるミュージシャン(ローディー、付き人、パート・タイム・ヴォーカリスト)として活動。親戚の古いアコーディオンを手に入れて、自分のバンドをはじめます。彼は「ほんとうのZydecoというのはそれぞれほんの少しのジャズ、ブルース、ロックンロール、ケイジャンを混ぜ合わせてできるものなんだ。」と語っています。その言葉通りのかっこいい、ソウルフルなインスト曲ですね。メンバーのKeith Clementsのオルガンもきいてます。
7 Boozoo Chavis & the Majic Sounds "Lura Lura don't You Go To Bingo"
Boozoo Chavisは'54年レイク・チャールズのレコーディング・スタジオで"Paper in my Shoe"を歌い、それがヒットします。しかしそれによってあまり儲からないのに気付きClifton ChenierのR&B界での成功を横目に見ながらもとの仕事、競走馬のトレイナーに戻ってしまいます。そしてClifton Chenierが糖尿病を煩って亡くなった'87年、Chavisはフル・タイム・ミュージシャンに復帰することを決意。新しいZydecoの時代を築きはじめ、サウス・ルイジアナやイースト・テキサスの音楽界をリードする存在となりました。。エネルギッシュな、リフの繰り返しが多い曲で、全身でしぼり出す苦悶と歓喜の叫びのような歌は、まさにその時代を象徴しています。ラブ・ボードのパターンがすごいです。
8 Queen Ida And Her Zydeco Band "My Girl Josephine"
'82年にグラミー賞を受賞しているレイク・チャールズの代表的女性アコーディオン・プレイヤー/シンガーで、Zydecoの人には珍しく、Cajunのプレイヤーが主に使うボタン・アコーディオンを使っています。彼女のファミリーはロス・アンジェルスやサン・フランシスコに、より良い仕事や人種関係を探して移住していました。そのうちZydeco界の先駆的存在になり、彼女の音楽は海を越え、カーネギー・ホールや有名なテレビ番組、サタデー・ナイト・ライブにも出演しました。Cookin' With Queen Idaという料理の本も出しているそうです。右側に聴こえるギターが、ラブ・ボードのリズムのようなフレーズを弾いているのが面白いです。
9 Clifton Chenier And the Red Hot Louisiana Band "Calinda"
今までにもさんざん引き合いに出されてきた、Zydecoの帝王的存在、クリフトン・シェニエ。彼の影響は彼の死後も衰えることはありません。石油の精製所で働いていた彼を訪ねてきたレコード・プロデューサーに見いだされ、レコーディング。50年代半ばには、チャック・ベリーやファッツ・ドミノと同じくR&Bのパッケージ・ショーに参加。アポロ・シアターに出演するようにまでなります。前出のレーベルLouisianaoolieからリリースされた「Bogalusa Boogie」というアルバムがRolling stones誌で五つ星になるなど、彼はそれまでローカルなものだったZydecoをメインストリームで大成功させたわけですね。この曲は'73年のもので、Elvin BishopとSteve Millerというブルース界の有名なギタリスト/ピアニストが参加しています。
10 Buckwheat Zydeco "I'm on the Wonder"
Zydecoのアーチストのなかで最初にメジャー・レーベルと契約した彼はもともとR&Bバンドにいましたが、父親の好きなクレオール音楽に転向しClifton Chenierのバンドのオルガン奏者となります。その後自分のバンドを結成、Clifton Chenierに負けないぐらいの存在となりました。彼は頻繁に国営のテレビ放送にも出演し、オリンピックの閉会式でも演奏しています。Zydecoアーチストのなかで、初めて自分のホーム・ページ(www.buckwheatzydeco.com)を作ったのもこの人だそうで、現在のZydecoシーンを牽引しているような人だといえるでしょう。この曲はすごく洗練された雰囲気を感じるZydecoですね。
11 Geno Delafose "Bye Bye Mon N'eg"
「Zydeco界に新しい伝統継承者がいるとすればそれはGeno Delafoseだ。」とあるようにJohn Delafosの息子である彼は父から教わったラブ・ボード、ドラム、アコーディオン、そしてフィドルまでを操る優れた演奏者で、クレオール語で新しい曲を作ることができるというところも新しい伝統継承者といわれるゆえんです。彼にはCajun界にも友人がいて、Zydeco界とCajun界の接点としても重要な位置にいます。なるほどアコーディオンのフレーズにケルト音楽のエッセンスが感じられます。
12 Joe K K and Zydeco Force "Hoochie Coochie"
「Nouveau(新しい) Zydeco」と呼ばれる躍動的な新しいダンス・ミュージックを演奏するZydeco ForceはBroussardファミリーから生まれたバンドです。彼らの新しいダンス・ミュージックは、彼らのコミュニティの全体にわたって流行しました。屋外で彼らが行うダンス・パーティーは全ての年齢の人々に好かれました。「暑いし、すごい土埃でアコーディオンからなにから全部汚れてしまうんだけど、子どもたちが喜んでるのを見るのは楽しかった」とJeffery Broussardは回想して語っています。
13 Chris Ardoin & Double Clutchin' "Stay In or Stay Out - Pass the "
ArdoinファミリーはクレオールとZydeco音楽がはじまって以来、その試金石とも言える存在で、その音楽遺産はもともとAmede Ardoinが、フィドル奏者のCanray Fontenotとアコーディオン奏者のBois-Secとコラボレーとしたところから生まれました。Bois-Secの弟子であるLawrence Ardrinの息子であるChrisとSeanがこのバンド、Double Clutchin'の原型を作ったメンバーです。4歳でアコーディオンを手にしたChrisは彼のファミリー・バンドでカーネギー・ホールのステージにも立ちました。普通の高校生のような彼の外見からはそうは見えませんが、「Zydeco!」という有名な本の表紙になるという栄誉を得ています。この曲は後半が'82年にこの曲だけ大ヒットしたMusical Youthというレゲエ・グループの曲のカヴァーになっていて、僕の大好きな曲なので、解説を読む前、最初に聴いたときにびっくりしました。テンポ・アップしたとても良いカヴァーです。
いかがでしたか?なんだか僕たちにとってもなつかしく感じるようなメロディーがあったり、普段耳にするものとはちょっとノリの違う、Zydeco独特の力強く泥臭い雰囲気を充分味わっていただけたと思います。じつのところ、未だに本国アメリカでもこのあたりの音楽は「田舎臭くて...。」とこの地域以外の人たちには普段あまり聴かれていないようなのですが、聴けば聴くほど味わい深いこの音楽、もっともっと多くの人に聴いていただきたいですね。同時発売の関連CD「Louisiana Gumbo(ルイジアナ・ガンボ)」も是非聴いてみてくださいね!ではまた!
2000年1月
(この日本盤解説を書くにあたって、お話ならびに資料提供をしていただいた松井元様に感謝いたします。)