Oliver Mtukudzi / Paivepo
(オリヴァー・ムトゥクジー / ペイヴェポ)
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 今回ご紹介するアルバムは、才能溢れるジンバブエの伝説的シンガー・ソングライター/プロデューサー/アレンジャーであるオリヴァー・ムトゥクジーの待望の新作「Paivepo(ペイヴェポ)」です。オリヴァー・ムトゥクドゥジーはThomas Mapfumo(トーマス・マプフーモ)と並ぶ、ジンバブエで最も有名なシンガー・ソングライターの一人で、この2000年リリースのこのアルバムはインターナショナル(全世界発売)盤の3rdアルバムとなります。20年以上のキャリアを持つ彼は、ジンバブエ国内では今までに42枚ものアルバムをリリースしていて、しかもそのほとんどがベストセラーとなっているという大スターで、'99年初めてプテュマヨ・レーベルよりUSリリースされたインターナショナル盤の2ndアルバム「Tuku Music」も、アメリカの「CMJ New World Music chart」で11週間TOPの座にあり、ジンバブエ国内でも過去最高のベスト・セラー・アルバムとなりました。彼は70年代、同郷の世界的に有名なミュージシャン、トーマス・マプフーモと共に伝説的グループ「Wagon Wheels」に参加し、1978年ソロに転向、「ルンバ=スークース」や「ムガカンバ」などアフリカ音楽のエッセンスを独自にアレンジし、革新的な音楽を創造しています。「トーマス・マプフーモよりもロマンチックでブルージーだ」と評する人もいるくらいで、ジンバブエでは今最も重要なアーチストと言えるでしょう。

 彼の出身国ジンバブエは1980年に英国から独立した南部アフリカの内陸国で、南アフリカの上、モザンビークの西隣に位置しています。人口は約1050万人、面積は日本より少し大きい位です(ジンバブエの言語の一つであるショナ語と日本語の発音には類似点が多く、ジンバブエ人の中には、タナカ、カタクラ、ゴトウなどという名前の人がいたり、「像」のことを「ンゾウ」と呼んだりするそうです)。

 ジンバブエといえば、アフリカを代表する楽器「Mbira/ムビラ」(「Thumb Piano/親指ピアノ」「Kalimba/カリンバ」とも呼ばれる)で 有名なところです。Mbiraというのは 色々な大きさがありますが、だいたい小さなお弁当箱ぐらいの大きさの木製の箱型の楽器で、箱の中は空洞になっています。その上面にスプーンの柄のような形の金属製の鍵盤がひとつづつ違う長さで熊手のように上片方だけ固定されてついていて、その箱を親指を上にして両手ですっぽりと包みこむように持ち、その鍵盤の浮いた部分を左右の親指ではじいて音を出します。鍵盤をはじく音が箱に共鳴してけっこう大きな音がでます。非常に素朴な音色の楽器で日本でも愛好家がたくさんいます。各種類によってその音階(スケール)が決まっていて、曲によってキーを使い分けるところは、あの「ブルース・ハープ(ブルースでよく使われる小さなハーモニカ)」のような感じでしょうか。もともとはジンバブエの「ショナ族」が祖先の霊と交信するための精神的な儀式に使われた楽器だそうです。

 そしてそのいにしえの楽器の奏法を、エレキ・ギターのアルペジオに置き換えて生まれたのが「スークース」「リンガラ・ポップス」「ザイアレン・ルンバ」と呼ばれるアフリカン・ポップスのスタイルです。エレキ・ギターのナチュラルで透明な音色で美しい分散和音のパターンを繰り返すこのスタイルは、今までのギター奏法とは違って独特の「クールな高揚感」とでもいうようなものを持っています。「メロディーを紡ぎながら/アフリカ音楽特有の複雑なポリ・リズムを刻み/伴奏としての和音も受け持つ」という非常に高度な荒技を、ナチュラルなエレキ・ギターの生音でやっているのです!その、シンプルに聞こえながらも非常に複雑なパターンは、英米のギタリストたちにも少なからず影響をあたえています(ネオ・アコースティック・ムーブメントでナチュラルなギター・サウンドが再評価された80年代、特にイギリスのそういったバンドのギタリストはこのスークース・ギターも研究していたようです。「The Smiths/ザ・スミス」というグループの「Ask」という曲など聴くと、スークース・ギターの影響がとても強く感じられます。)。リズムはアフリカン・リズムと、キューバから入ってきて40〜50年代にアフリカでポピュラーだったラテン・リズム「ルンバ」が元になっていますが、同じくアフリカでポピュラーだったカリブ海のリズム「ソカ(ソウル+カリプソ)」の影響も見られ、非常にシンプルなドラム・キットとエレキ・ベースでのコンビネーションで、アフリカン・リズムのエッセンスを凝縮したようなリズムを形成しています。このアルバムの10曲目など聴くと特によくわかりますが、ドラム/ベース/ギター/歌/コーラスの各パートはそれぞれはシンプルなリズムなのですが、それが「うまくずれて」非常に心地よい独特の複合リズムを生み出しているのです。(ポリ・リズム=複合リズムとは → 複数の拍子が同時に演奏される形態で、簡単な例で言うと6つの拍子の中で「1・4拍目」と「1・3・5拍目」にアクセントを置く「2拍3連」というリズムがあります。「タッッッタッッッ」と「タッタッタッ」が同時に組み合わさるわけですね。こういうリズムのもっと複雑なものがいくつもの楽器によって組み合わされ、演奏されるわけです。とくにアフリカではこういったリズムが自然に使われ、その大きな魅力の一つとなっています。)

 このスークースというスタイルは、ザイールの言葉のひとつ、リンガラ語で歌われることが多いところからリンガラ・ポップスとも呼ばれます。コンゴの首都キンサシャを中心にポピュラーな音楽で、タブ・レイ/フランコ/ザイコ・ランガ・ランガ/パパ・ウェンバ/ウェンゲ・ムジカなどのアーチスト/グループが有名です。このアルバムが気に入った方は是非ほかのスークースのCDも聴いてみて下さい。

 ひとつ前のアルバムのタイトルににもなっている「Tuku Music」とは彼の名前からとった(' Mtukudzi 'の' Tuku 'ですね)言葉で、その革新的な彼の音楽のスタイルをあらわしています。「Mbiraのフレーズ」+「Mbaqanga/ムバカンガ(南アフリカの伝統的音楽スタイル)」+「Jit(80年代初頭からジンバブエで人気のある音楽スタイル)」そして彼の一族「Korekore」の伝統的ドラム・パターン「Katekwe」を組み合わせ・吸収した彼のオジリナルな音楽形式は、最小限のシンプルな編成で繊細にアレンジされ、とても聞きやすく、しかし何度聴いてもあきないような奥深い魅力のあるポップな歌に仕上げられています。そしてもう一つの魅力はその歌詞です。社会的、経済的な問題を日常の生活に根ざした言葉で綴るその歌詞に込められたメッセージはエイズ問題までに及び、人々に深い感動を与える力を持っています。

では、一曲づつ聴いていきましょう。

1 Pindurai Mambo

1970年にはじめてリリースした曲で、「ある人々は草むらで眠る。彼らは嘆き、飢え、つらい暮らしをしている...。それなのに別の役立たずの人々は、おなかいっぱいの健康的な生活をしている。神様、これもあなたの采配なのですか?」という内容の歌です。非常にシンプルなリズムに、この美しいギター・フレーズ。そして暖かいコーラスと歌声。最初にこのイントロを聴いただけで、もうこのアルバムの素晴らしさが実感できます。

2 Kunze Kwadoka

「いまどこにいるの?誰と一緒にいるの?」という母親の子供にたいする心配の言葉と、「その子を早く家に送ってあげなさい。もう出歩くには遅い時間だよ」とその娘のパートナーに呼びかける声。この2つのキャラクターの声からなるこの歌詞は、特に若い娘に対して「無責任な行動はお母さんにとても心配かけるから気を付けようね」というメッセージ。キーボードが大きくフィーチャーされています。この曲もギターのフレーズがいいですね。

3 Ndagarwa Nhaka

「未亡人になった女の人は彼女の死去した夫の兄弟か従兄弟(いとこ)と結婚することができる」というジンバブエのショナ族の文化についての曲(もちろん他の国でも夫の兄弟や従兄弟と結婚できますが、よりあたりまえにできるということなのでしょう)。「新しく彼女の夫になった元義理の兄弟(か従兄弟)は、深い本当の愛情から彼女にとって頼れる親友のような存在になり、とても良い関係が築かれている。そんな形の愛情も大事にしよう」という内容。ゆったりとしたリズムのメロウな曲調がなんとも優しく、ロマンチックです。

4 Mutserendende

「昔はよかった」的な考えに対するメッセージ・ソングで「我々はみんな楽な生活(心配が無い環境)が欲しいと思っている。しかし現実はそういうわけにはいかない。いろいろな障害に打ち勝ってより良く生活するために、あなたは一生懸命に働かなければならない。あきらめてはいけない。どんな小さなステップも、価値のあることである。」という内容。ウッドブロックの音が効いてます。

5 Iwe Mari

ズバリ「お金」についての曲。「おい、お金!おまえはどこから来たんだ。おまえはどこにあっても、誰が使っても頭痛の種で、えんえんと問題を起こし続ける。」という歌詞。ダイレクトでシンプルな社会的問題提起ですが、逆に僕たちに「お金のことなんかを一番に考えてちゃだめだよ」といってくれてるような気がします。この曲はパーカッションが大きくフィーチャーされていて、ラテンぽいリズムですね。

6 Sandi Bonde

この曲はショナ族の伝統的な「相続の慣習」についてのもの。「ある人々は自分の勝手な都合で相続に関する慣習を変えてしまった。もともとこの相続慣習は、多くの妻や性的パートナーがいる男のためのものではなく、家族を亡くした未亡人や孤児たちを守り、サポートするためのものだった。しかし今やそれは正反対で、孤児たちは両親の財産を失い、未亡人は性的虐待を受け、無理矢理結婚させられている。」彼の視線は鋭く社会の矛盾を指摘しています。ファンキーなリズムにミュートぎみのギター奏法が絡みます。

7 Ngoma Nehosho

「ジンバブエ人として。アフリカ人として。彼は人々のためにその音楽で彼のプライドを宣言する。『アフリカのリズムは美しく、そしてタイトに編まれたものだ。アフリカ音楽はそのポジションを主張する。』そして彼はアーチストたち/ミュージシャンたちにこう要求する。『アフリカのことについて、もっともっと歌うんだ!それが僕らの音楽のあるべき姿だ!』」...自分たちの文化にもっと誇りを持って、自分たちならではのことをやろうという、アーチストとしてのアーチストに向けてのメッセージ。これだけ豊かな文化的財産をもつアフリカのアーチストでも、なかには自国のものをかえりみず他の国のスタイルを追いかけているだけ...という人たちがいるのでしょう。そういうアーチストへの言葉であり、そして自らに対しての決意でもあると思います(これは日本人にとってはほんとにものすごく耳の痛いメッセージですね...)。

8 Ndine Mubvunzo

この曲は少し哲学的な問題について歌っています。「無限に繰り返されるある一つの質問に関しての詩。この曲の主人公は彼/彼女を悩ませている問題については明確に述べず、ただただこの単純な質問を繰り返す...『神様、なぜこの私の身に起こるのですか?』。私たちの誰もに(特にトラブルが起きたときに)ふりかかる可能性のある状況についての作品を、Tukuはその技術と才能で造り上げた。」オリヴァーは人間であれば誰もに共通する普遍的な問題について、真摯な姿勢で取り組んでいます。ゴスペル風オルガンが曲の雰囲気を盛り上げます。

9 Mkuru Mkuru

気むずかしい態度で威厳をなくし、尊敬されなくなったコミュニティーの指導者についての曲。「もしあなたが指導者であるなら、分別をなくさないようにしなさい」というメッセージ。これもどこの世界にも共通することですね。ユッスー・ン・ドゥールの曲によくあるようなパターンのリズム編成で、これぞアフリカン・ポップといった感じの曲調。かるーくこういう曲もやってしまうところがこのバンドの演奏力の高さを物語っています。ジャズ・フレーズを紡ぐソプラノ・サックスが他の曲と違ったマルチ・カルチャルな雰囲気をかもし出しています。

10 Chiri Nani

アルバムの締めくくりは、地球上の全生物についての彼の考えを歌っています。「この世界では私たちは皆お互いを支配したいと思っている。手の届く物を全部自分のものにしたいと思い、自分の物ではない財産まで全部自分の物だと主張したがる。でもちがう!そうするべきではない。私たちは皆平等で、お互いに尊敬し合うべきである。地球上にある生物に優劣の差はない。」...とても身につまされるメッセージです。やっぱり僕らはいつも何か欲しいと思い、何にでも優劣を付ける競争社会にいて、そういう考え方になれすぎてしまっているのではないでしょうか。「そうは言ってもねぇ」という受けとめ方もできますが、このような素直な思想はいま逆に新鮮で、心が洗われるような気がしました。こういう考えはいつも心にもっておきたいですね。これも9曲目と同じくアフリカン・ポップスの王道パターン。ポリ・リズムが心地よい曲です。

 いかがでしたか?僕はこのアルバムではじめてオリヴァーさんの音楽を聴いたのですが、もともとスークースが好きだったこともあって、すぐにとても好きになりました。なによりもそのシンプルなサウンドの構成が素晴らしい。音数が最小限に抑えられていて、レコーディングの仕方もとてもナチュラル。凝ろうと思えばいくらでも音を加工したり、多チャンネルのレコーダーで多重録音できる時代にそのままライブで再現できるようなサウンドにこだわって音作りをしているところがとても新鮮で、こういう暖かいサウンドを久しぶりに聴いたような気がします。一つのスタイルをなるべく純度を下げずに高めていこうという心意気を感じますね。もちろん、ジャズ的アプローチなど新しいものを取り入れている部分もありますが、一本「Tuku Music」というスジが通っているので、アルバム一枚を通してとても安心して聴けます。こういうシンプルで純度の高い音楽は、何度聴いても飽きることはありません。「人に近い自然なサウンド」という感じでしょうか。どんなときに、どんな環境で聴いても「すーっと」身体になじむ感じ。ぼくはこういった解説原稿を書く時にはずっとリピートしてそのアルバムを聴き続けるのですが、いまだに何度聴いても飽きることなく「いいなー」と思います。これからも、ずーっと聴き続けていくアルバムになるでしょう。やっぱりプテュマヨのリリースするアーチストにはこういう素晴らしい音楽を作っている人が多くて、さすがですね。これからもこういう良いアーチストをいっぱい紹介し続けて欲しいと思います。ではまた!

         2000年 7月


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