Louisiana Gumbo ←back to list
まず、「Gumbo(ガンボ)」。辞書を引くと「オクラ」とありますが広い意味で「オクラ入りのスープ」のことで、このへんの地域でよく食べられていることと、やはり色々な人種が混じり合っている「ごった煮」といった感じをあらわし、音楽についてもこの言葉が使われるようになりました。「Louisiana Gumbo」というのは広い意味でルイジアナ州(主にニューオリンズという町)で演奏される、黒人によるR&Bをあらわす言葉です。そしてこのアルバムの9曲目に収録されているグループの名前にもある、「Zydeco」。この言葉は、特にルイジアナはニューオリンズの西部の湿地帯地域、レイク・チャールズやラファイエットという町で暮らすフランス系黒人(クレオール)が生み出した音楽のスタイルをあらわします。同じくクレオールの白人の音楽は「Cajun」と呼ばれ、それらはお互いに影響を与えながら共存し、それぞれに特徴を持っています。Zydecoの特徴としては、アコーディオン(主に鍵盤のもの)とRub board(ラブ・ボード)と呼ばれる鉄製の洗濯板を使って鳴らすビートにアコーディオンが入ったスタイル。それにクレオール語(田舎なまりのフランス語)でR&Bやブルースを演奏しはじめたのがZydecoのはじまりだということです。Cajunの特徴としてはZydecoとちがって、普通のアコーディオンの鍵盤部分が一列のボタンになっている「ボタン・アコーディオン」と呼ばれるものが使われ、他にフィドルやトライアングルも入り、曲調もカントリー&ウェスタンやケルト音楽に影響を受けたものが多いようです。このあとまたこのPutumayoシリーズからCajunコンピも出たらいいですね。
そしてちょっとややこしいのですが、このアルバムのタイトルになっている「Louisiana Gumbo」という言葉には、ZydecoやCajunも含まれています。人によっては、なんで「Louisiana Gumbo」なのにこの人のが入ってんのかな?と思われるかもしれません。たとえば、4曲目のClifton Chenier という人は、Zydeco界の帝王と呼ばれる人ですし、9曲目のバンドもZydecoバンドです。資料提供していただいたこの道のオーソリティー、松井さん曰く「そのへんのおおざっぱさがまた、ガンボっぽいね。」ってことでした。なるほど。そんなに厳密なものではなく「ガンボ・フィーリングが感じられるものを集めた」まさにごった煮って感じですね。ほかにも、アーチストによってはCD店のワールド・ミュージック・コーナーに置いてある人と、ブラック(ブルース)のコーナーに置いてある人とが混じって入っています。だいたいはブラック系のコーナー(お店によっては「ニューオリンズ」のコーナーがあるかもしれません)にあると思うので、気に入った人がいたらぜひその人のアルバムもさがして聴いてみてください。そしてCDについている英文解説にもLouisiana Gumboについての面白い解説が書いてあるので、ぜひこちらも読んでみてくださいね。
では、1曲ずつ聴いていきましょう。
1 Charles Sheffield "It's Your Voo Doo Working"
Lightnin'slimやSlim Harpoといった有名なブルース・メンがたくさん生まれた場所としてはルイジアナの首都Baton Rougeがあげられますが、Charles "Mad Dog"SheffieldはZydecoで有名なLake Charlesの出身です。活動初期にはあまり成功していなかった彼ですが、Lightnin'slimのレーベルが彼のようなアーチストを紹介するようになり、この曲がビルボード紙に取り上げられることもありました。しかしあまりヒットはせず、メインストリームに躍り出ることはありませんでした。しかし彼の作品は今でも人を夢中にさせる魅力にあふれています。
2 Carol Fran And Clarence Hollimon "Door Poppin"
Aretha Franklinと共に語られることも多い、R&B/Soulマニアの間で有名なCarol FranはLafayette出身で、若いときからこの地方の音楽を身につけ、クレオール語と英語とを使ってきびしいザディコのシーンで活動してきました。夫であるHollimonはTexasはHoustonの出身で、Charles BrownやBig Mama Thorntonらたくさんのブルース界の大物とレコーディングしてきた人です。彼のユニークなギタースタイルはたくさんの賞賛者と、模倣者を生みました。ルイジアナのR&Bとテキサスのブルースがブレンドされた彼らのスタイルは独特でかっこいいですね。この人たちの作品は手に入りにくいようなので、これは貴重な収録といえるでしょう。
3 James Booker "African Gumbo"
アイ・パッチをし、数々の奇行で有名な彼のことを、英文解説で「天才と狂人の境目を行ったり来たり」というように説明されています。ものすごい才能を持ったピアノ・プレイヤーで、New Orleansだけにとどまらす、様々な偉大なアーチストとレコーディングしましたが、その無鉄砲な生活のせいでで'83年に43歳という若さで亡くなりました。クラッシックの教育を受け、高校を卒業する前までにヒット曲を出すなど、天才的でしたが、その時間などを守れない性格から、信頼を無くしていったということです。彼がレコーディングをブッチしたアーチストが英文の方に載っているのでぜひ見てください。すごい人ばっかりでびっくりします。マリファナ所持で刑務所に入ったりして回り道したあと、その後、伝説的に語りつがれているライブで復活。その時彼はものすごいキーボード・プレイで観客を驚かせたあと、CIAを批判する発言をしたり、奇怪な哲学理論を話だして、みんなを呆れさせたそうです...。この曲は'73年にLos Angelsでレコーディングされたもので、有名なDr.johnのバンドのドラマーJohn Boudreauxも参加しています。Harry Cook Jr.やAllen Toussaintなど、たくさんのすごいピアニストたちが彼のスタイルに受けています。
4 Clifton Chenier "Ti Na Na"
今回同時発売されたこの「Louisiana Gumbo」と「Zydeco」の2枚のCDの両方に曲が収録されている唯一のアーチスト、「King Of Zydeco」、Clifton Chenier。くわしい人となりは「Zydeco」のほうの解説を見ていただきたいのですが、こちらにも収録されているということは、やはり、Zydeco界だけにとどまらず、ルイジアナの音楽界にとってとても重要な人だということでしょう。アメリカ、ヨーロッパなどツアーし、世界にZydeco文化を広めたことも彼の成しえた偉業です。彼はそれまでローカルなものだったZydecoをメインストリームで大成功させたわけですね。'87年に病気で亡くなりました。
5 Johnny Adams "It Ain't the Same Thing"
New Orleans出身の彼は、「日焼けしたカナリア」といわれるほどの恵まれた声を持つヴォーカリストで、その神々しいほどのシルキーな歌声は、プロのゴスペル・シンガーとしての経験で鍛えられたものです。作曲家のDorothy LaBostrieが'50年代の終わりごろに彼がアパートの窓辺で歌っているところを通りがかって、その崇高な歌声を聴きメインストリームに行くように協力したのがこの世界へ入るきっかけだったと書かれています。Dr.johnはまだ売れていない、その芸名をつける前からAdamsの初期のヒット曲を作っていたそうです。
6 Lynn August "Lead Me On"
50年代にLafayetteで育った彼は、地元のラジオ局でよく流れていたゴスペル、ブルース、R&Bなど様々な音楽を聴いて育ちました。そのころは、フレンチ・クレオール音楽は地元でもポピュラーではなかったのです。4歳のころから彼はClifton ChenierやFats Dominoの歌を歌っていました。Ray Charlesを評価して、目の見えない息子には音楽の道ががとても良い進路だと思った彼の母は、プロを目指すよう彼を勇気づけます。ハモンド・オルガンを弾くようになった彼は、Buckwheat Zydecoと一緒にたくさんのSwamp-popバンドで演奏するようになります。その後、アコーディオンを持ち、Zydecoミュージシャンとして活躍し、クレオール音楽を生き返らせる存在となりました。
7 The Neville Brothers "Voo Doo"
New Orleansの最も優れたグループの1つであり、「世界一のライブ・バンド」という評価もあるすごい人たちで、日本でも一般的に人気がありますね。Arthur、Cyril、Charles、AaronのNeville兄弟はAllen ToussaintやThe Metersなどの伝説的ミュージシャンたちと共演もしています。そしてそれぞれのソロ活動も成功していて、特にAaronはヒット曲もあり、Linda Ronstadtとデュエットもしています。正式にグループとして活動を始めたのは'78年。だんだんとものすごい評価を得て、Keith Richardsや、Jerry Garcia、Carlos Santanaらにゲストとして呼ばれるようにまでなりました。ずっとNew Orleansの音楽シーンの最前線にいる存在です。この曲はU2などで有名なDaniel Lanoisのプロデュースによる大ヒットアルバム「Yellow Moon」の収録曲で、Aaronの流れるようなシルキー・ヴォイスとファンキーなスワンプ・グルーヴが印象的です。
8 Eddie Bo "Piano Roll"
作曲家、歌手、ピアニスト、プロデューサー、アレンジャー、そして才能ある人をスカウトする才能。全てを持ちあわせた鬼才Eddie BoはNew Orleansで最も真価を認められたアーチストです。Little RichardやEtta Jamesといった大物アーチストと共演したり作曲もしています。この曲はDr.JohnやProfessor Long Hairにも気に入られているスゥインギング・ガンボ・ファンク・チューンで、これぞ、New Orleansピアノ!といったフレーズが炸裂してます。
9 Rockin' Dopsie, Jr. and the Zydeco Twisters "I'm Coming Home"
Zydecoというのは日常の家族的なことで、それは親から子へ伝えられていくもの。そのZydeco界で最も愛された歴史的「長老」パフォーマーRockin' Dopsie, Sr.(つまり、お父さんですね)はアコーディオンを逆にして弾く左利きのプレイヤーとして有名でした。そして彼は息子がドラムをガシャガシャできるようになるとすぐに、自分のバンドに入れました。父親が61歳で死んでしまった'93年のあと、ラブ・ボード・プレイヤーのRockin' Dopsie, Jr.は家族たちとこのファミリー・バンドを続けていくことを決意します。このバンドThe Zydeco Twistersは絶えずNew Orleansでトップ・ランキングのバンドで、世界中にファンがいます。この曲はClifton Chenierの曲で、Dopsie, Jr.がラブ・ボードを教わったのがCliftonの兄弟だったことと、Dopsie, Sr.は昔Cliftonのバンドにいたということから'87年のZydeco FestivalでCliftonを追悼する曲として演奏し、そのあとZydecoミュージシャンのお葬式で演奏される定番曲になったという名曲です。
10 Rockie Charles "Festis Believe in Justice"
音楽業界で長い間シンガー/ギタリストとして活躍してきたRockie Charlesは、'94年に1stソロ・アルバムを作りました。'42年、彼はミシシッピー川の河口に近いBoothvilleで生まれ、60年代には無名のR&Bバンドのメンバーでした。しかし60年代終わりにNashvilleに移ってからはO.V. WrightやPercy Sledge、Otis Reddingらのバッキング・ミュージシャンとしてキャリアを積み、その後New Orleansにもどって、自らのレーベル「Soulgate」を立ちあげます。しかしミュージシャンにはきびしい時代、食べ物にも困り、船に乗ったり、漁師をするようになります。空いた時間に演奏をしていた彼を見て興味を持ったNew Orleans Recordのプロデューサーのおかげで、この歴史的才能は埋もれずにすみました。このプロデューサーCarlos Dittaは彼をスタジオに連れていき、名作デビューCD「Born For You」が誕生しました。
11 Percy Mayfield "Louisiana"
50年代にR&B界でたくさんのヒット曲を出した素晴らしいソングライターである彼は'53年車の事故で傷つき、パフォーマーとしては引退します。。'20年にルイジアナに生まれ、テキサスで活動を始めた彼はロサンジェルスに移ってからR&Bの栄光の時代を生き、数々のR&Bクラッシクスを書き上げました。作詞の才能にも恵まれている彼のミステリアスな歌は心にしみいる名曲ばかりで、その膨大な数のレパートリーは、Ray Charles、Count Basie、Clarence Gatemouth Brown、Nat King Cole、Aretha Franklin、その他たくさんの人たちが取り上げています。ロサンジェルスで成功した彼ですが、'52年にレコーディングされたこの曲では自分の故郷ルイジアナに対しての感謝の気持ちが歌われています。
12 Snooks Eaglin "Nine Pound Steel"
'36年New Orleansで生まれた彼の音楽は彼の故郷に似て、乱暴で何をやらかすかわからない力強いエネルギーに満ちています。2歳のときに緑内障の手術に失敗して盲目となった彼は、6歳でギターを手にし、ゴスペル、ブルース、ジャズをすぐにマスターしました。Ray Charles(この人も盲目のミュージシャンですね)の音楽に夢中になり、R&Bに身を捧げた彼は、すぐに地元で一番のギター・プレイヤーになり、15歳のときあの伝説的ミュージシャン、Allen ToussainとFlamingosというバンドを組み、Dr. JohnやEarl Kingらとセッションしたり、その後Professor Long Hairをバック・アップするようになりました。最初はブルースやフォークのレーベルに所属していましたが、その後R&Bの名門「Imperial Records」に移籍。彼の力強いギターは、60年代初頭のImperialレーベルの曲で聴くことができます。この曲は'95年のもので、The MetersのベーシストGeorge Porter Jr.が参加しています。
いかがでしたか?一口に「ルイジアナ・ガンボ」といってもこれだけいろんな曲があるんですね。日本のR&Bブームもまだまだ続きそうですが、こういう個性のあるものも皆さんに聴いてみてほしいです。同時発売された「Zydeco」というCDにもClifton Chenierをはじめ、個性的なルイジアナ音楽がたくさん入っていますのでぜひ聴いてみてください。さて英文解説には最後に「Gumbo Z'Herbes」というガンボ・スープのレシピが載ってます。こらもぜひ挑戦してみてくださいね。(こういうのが載ってるというところがまたPutumayoレーベルっぽいですね。)ではまた!
2000年1月
(この日本盤解説を書くにあたって、お話ならびに資料提供をしていただいた松井元様に感謝いたします。)