フレーム

〜ムスターファ家族の在留特別許可を求める請願署名のお願い〜

(ジランちゃん一家支援ページはこちらです)

クルド人とフィリピン人の家族が強制退去・離散の危機

 私たちのかけがえのない友人、ムスターファ・チョラクさん(30歳)は、トルコ国籍のクルド人難民です。彼は日本で出会ったフィリピン人女性エバンジェリンさんと結婚し、シーランちゃん(3歳)、クリスチャンちゃん(4歳)の2人の娘さんとともに、今は長野県伊那市に暮らしています。
 虐げられたクルド民族の権利を主張したためにトルコ警察から激しい拷問を受け、生命の危険を感じた彼は、1993年に単身トルコを逃れて来日し、すでに11年になります。民族的迫害を受け続けているクルド人の1人として、日本政府に対して3度にわたり難民認定申請をしましたが、いずれも法務大臣から却下もしくは不認定の決定がなされています。
 彼に退去強制の命令が下されて以来、私たちは友人として2187名の嘆願署名を提出するなどして支援してまいりましたが、いまだ在留許可は得られていません。2人の娘さんは、現在は伊那市のご理解により、他の日本人と同様に地元の保育所に通っています。妻のエバンジェリンさんは、出産後発覚したガンと闘いながらも2人の子どもを育てています。ムスターファさんも妻の入院や手術などによってできた借金を返すために黙々とまじめに働いています。一家は、想像を絶するような困難のなかでも、互いに支え合いながら、一所懸命に生きてきました。
 もし、このまま、トルコ、フィリピンそれぞれの国への強制退去が実行されれば、一家は離散の危機に直面します。一家の共通語は日本語です。日本で生まれ、日本の保育所に通い、日本しか知らない幼い2人の子どもを、いったい誰がまもることができるでしょうか。私たちは、この親子が安心して日本で暮らせるように、一家の在留特別許可を求める署名運動を行なっています。私たちの活動にご理解をいただき、署名にご協力くださいますようよろしくお願い申し上げます。

クルド民族とは?

 ムスターファさんは、トルコ南東部のクルド人の村に生まれたトルコ国籍のクルド人です。
 クルド民族は、紀元前よりチグリス川、ユ−フラテス川上流地域に暮らす遊牧民で、その居住地域は「クルディスタン」と呼ばれてきました。しかし、第一次大戦後、欧州列強による中東の分割統治で、クルディスタンはトルコ、イラク、イラン、シリアなどに分断されてしまいます。クルド民族は、「国家をもたない世界最大の民族」と呼ばれるようになりました。
 トルコ領内のクルド人たちは、クルド語を話すことや民族衣装を着ることをはじめ、独自の文化の継承を禁じられ、さまざまな迫害や差別を受けてきました。また、イラクなど他の国においても、クルド民族は大国や周辺国のさまざまな思惑のもとで弾圧を受け続け、民族大虐殺の受難にも遭遇しました(80年代末、イラクのフセイン政権が自国領内のクルド人の住む町を化学兵器で攻撃し、一度に何千人もの人々を虐殺したといわれています)。
 とりわけトルコにおいては、80年代半ばからクルド人武装組織とトルコ政府との間で紛争が起き、トルコ軍はクルド人が住む地域への弾圧を強め、村や町を空爆したり、戦車で潰したりなどという攻撃を激しく行ない、90年代を通じて多くの村や町が焼き払われ、300万人以上のクルド人が国内外で難民となりました。
 ムスターファさん自身も、幼少期の70年代初めより、トルコ軍によるクルド人に対する迫害、拷問、虐殺を目撃してきました。トルコ政府は、クルド人の密告者を雇い、政府に批判的なクルド人を政府に密告させるスパイ制度を広範に組織するまでして、徹底的にクルド民族を弾圧しましたが、彼の住む村の人々は果敢に抵抗し続けようとしたために、とても多くの犠牲が発生しました。

なぜ、日本に来たの?

 ムスターファさんが18歳になった1990年、町でクルド人の新年祭「ネブロス」が行なわれました。トルコ政府は、この祭りはクルド人の民族意識を高揚させて国家を混乱させる「分離主義」の危険な催しであるとして、開催を禁止し、厳しく取り締まりました。ムスターファさんは、その祭りの場でクルド人の政治指導者の名前を叫んだために警察に逮捕され、激しい拷問を加えられました。全身に電気ショックを浴びせられ、目隠しを付けられて袋叩きにされたといいます。4週間の拘束ののち、父親がお金を支払ったため、ようやく釈放されましたが、その間、弁護士を呼ぶこともできず、警察がその件について起訴するということもありませんでした。ましてや、被害者であるクルド人が警察の行為について裁判を起こすなどということは、考えられません。そんなことをすれば、ますます酷い目に遭わされるだけなのですから。ムスターファさんに限らず、多くのクルド人たちが、逮捕され拷問されたことに対して泣き寝入りするしかない状態なのがトルコの現実でした。
 それ以降、ムスターファさんは、1カ月に1回、必ず警察に出頭することを義務づけられました。行くたびに、ひどい罵声を浴びせられ、人間としての扱いを受けることはなかったといいます。
 また、トルコでは、18歳を過ぎた男性は兵役につかなければなりません。ですが、トルコ軍はクルド民族に対する直接的な迫害を行っており、クルド人のアイデンティティを掲げて闘っている反政府組織と内戦をしています。兵役に就けば、自分と同じクルド民族を弾圧する側にまわらなければならないという大変な葛藤のなかで、彼はトルコとの査証免除協定のある日本に逃れてきたのです。
 「私はもう耐えられなくなったんです。そしてトルコを出ました。でも、私が逃げた後、おじいさん、お父さん、お兄さん、他の家族も警察に捕まって刑務所に入れられてしまったんです。クルド人のゲリラ組織を助けているという罪で、拷問され続けました」

日本で難民申請

 ムスターファさんは当初、日本を経由し、そのままオーストラリアへ向かうつもりでした。しかし、所持金が底を尽き、日本にとどまらざるをえなくなり、そのままオーバースティ状態になってしまいました。そして、すでに数人のクルド人がいた埼玉県蕨市に居住するようになります。
 1996年に難民認定の制度が日本にもあることを知り、申請しましたが、入国から60日を超えていたため、申請自体が却下されてしまいます。その後、97年、99年の2度にわたり改めて難民申請をしました。日本で難民不認定の決定が下され、トルコへ強制送還された別のクルド人が、再び捕まり拷問された事実が判明していたからです。
 しかし、2003年までの時点で、のべ483人のトルコ国籍クルド人が日本において難民申請をしているものの、法務大臣は1人として難民認定していません。ムスターファさんの申請も、すべて不認定でした。理由は「難民を立証する具体的証拠がない」ということです。

結婚し、伊那市で子どもが誕生

 1998年、ムスターファさんはその頃居住していた埼玉県蕨市で、友人を介してフィリピン人のエバンジェリンさんと出逢い、一緒に暮らし始めました。そして、ムスターファさんの親戚がいた長野県伊那市に移ります。伊那にはエバンジェリンさんの友人もおり、すぐに建物の土台に使う型枠を作る職人の仕事を見つけることができました。社長はとても親切な人で、大変助けられたといいます。
 難民不認定の決定が下されると同時に、日本では退去強制令が出され、その手続きに入るとともに強制収容されます。ですが、不認定の決定に対する異議申し出を行っているあいだは仮放免ということで、強制収容を免れることが可能です。ムスターファさんは99年から仮放免の状態に入り、伊那で働きながら、仮放免の条件である1カ月に1度の東京入管への出頭義務を果たしてきました。トルコにいた時に、毎月警察に出頭しなければならなかったことを思い出し、トルコでも日本でも、自分の立場は変わらないと思ったといいます。
 それでも平穏な日々を送り、2000年には上の娘クリスチャンちゃんが生まれました。ところが、2001年5月8日、入管へ出頭すると、難民不認定に対する異議申し立てが却下されたことを知らされ、ムスターファさんはそのまま入管の収容所に強制収容されてしまいました。エバンジェリンさんは2人目の子どもを妊娠中で、すでに9カ月に入っていたのに、です。
 すぐに仮放免の申請を出したものの、却下され、1歳になったばかりのクリスチャンちゃんと大きなお腹を抱えて、エバンジェリンさんは途方に暮れました。
 それでも、友人たちが当面の生活費や出産費用の工面に協力し、6月24日には次女シーランちゃんを無事出産しました。ですが、この時にエバンジェリンさんの子宮がガンにおかされていたことが判明します。出産後、1週間ほど産科に入院しましたが、費用の面から子宮ガンの手術を受ける決心ができずに、エバンジェリンさんは生まれたてのシーランちゃんと1歳のクリスチャンちゃんを抱いて家に戻ります。しかし、乳飲み子を抱えて食べる物もなく、数日、水だけを飲んで過ごし、子どもたちはお腹をすかして泣いていたそうです。2度にわたる自殺未遂のすえ、友人と会社の社長、日本人支援者らが窮状を知り、間一髪のところで命を救われました。  
 7月30日になってようやく仮放免されたムスターファさんは伊那に戻り、エバンジェリンさんは子宮を全摘出しました。私たちは一家を支援する会を発足させ、多くの市民のみなさんのご協力で手術費用を集めることができました。当時、一家の特別在留許可を求めて署名も集め、2187筆の署名を森山真弓法務大臣に提出しましたが、今日まで回答は得られていません。

一家の現在とこれから

 伊那市役所に婚姻届を出し、家族4人で市営住宅で暮らしながら、夫婦共働きでまじめに働いているムスターファさん一家。 伊那で生まれた娘さんたちも地元の保育所に通い、日本の文化に親しんでいます。
 しかし、いつまたムスターファさんが収容されるかはわかりません。エバンジェリンさんはオーバーステイ状態にあり、ガンの再発も心配です。しかも過酷な生活のために、彼女は肝炎まで患っているのです。また、日本で生まれた子どもたちは、生まれながらに不法滞在者、つまりオーバーステイの身です。複雑な事情を抱えて日本にやってきたエバンジェリンさんには、フィリピンで頼る人はなく、親もいなければ、友人もいないといいます。
 ムスターファさんが、難民不認定の取り消しを求めて東京地裁で係争中の裁判は、早ければ2005年1月26日(水)に結審し、その後、判決が言い渡されることになります。もし、彼の主張が認められず、裁判に負けた場合、またも入管の収容所に長期収容され、退去強制手続きがとられる可能性があります。また、エバンジェリンさんも娘さんたちもオーバーステイの身ゆえ、いつ親子ばらばらに収容されるかもしれず、また、退去強制手続きに向かうかもしれません。
 この一家のことを、日本政府が難民として認め、受け入れてくれることが最も望ましいですが、私たちとしましては、娘さんたちの今後のことを最優先に考え、一家に「在留特別許可」を与えていただくよう、法務大臣にお願いする署名運動を行なっております。ぜひとも、みなさまの温かいご理解とお力添えによって、一家が安心して日本で居住できるよう、ご協力くださいますようによろしくお願い申し上げます。

日本の難民認定、ここがおかしい!

 日本政府は、1981年に難民条約及び難民議定書に批准しました(難民条約は1951年、難民議定書は67年に国連が中心になってつくられた国際条約)。日本では、法務大臣から「難民」として認められれば、在留許可を得られ、日本国民と同じように保険にも入れます。しかし、却下されれば国外退去処分になります。
 現行の日本の難民認定制度は、いくつかの問題点を指摘されています。
 まず、難民申請をする人は、日本上陸後(あるいは難民となる理由が判明後)60日以内に申請しなければならない点です。この要件を満たしていないとして多くの申請が却下されているのですが、これは難民条約の中の「難民を生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域に送還してはならない」という原則に反しています(法改定により、60日ルールは撤廃されることになっています)。
 また、難民認定を実際は誰が行なっているのか不明朗で、却下理由も明らかにされないということがあります。さらに、不認定になったときに異議申し立てをする先も、同じ入国管理局であるために、審査の公平性に疑問がもたれています。
 さらに、日本では難民申請中の人が入国管理局に呼び出され、そのまま収容されてしまうケースが後をたちません。申請中でも在留資格がないと収容・退去強制されてしまうのです。
 こうした問題も影響して、日本の難民認定数は、他の先進諸国と比べて異様に少なくなっています。

        2001年の難民認定数/認定率のデータ
      国 名    難民認定数   認定率
     イギリス    19.100人    11%
     ド イ ツ    22.720人    29%
     アメリカ    23.300人    43%
     カ ナ ダ    13.340人    58%
      日 本     26人     7%
    *アムネスティ・インターナショナルHPなどより作成
 
 また、認定件数以外の面でも、難民申請中の人に対して支援制度があったり、医療サービスを受けられるようになっている国が多いなかで、日本では逆に「収容」が行なわれているのです。

『新日本文学』2004年11・12月号にムスターファ家族のルポ,中島由佳利「ムスタファの人生」が載っています。

直線上に配置

*このページは,「クルド人ムスターファとその家族を支援する会」の依頼により,
山下が作成しております。ご連絡・ご質問・カンパ等は以下までお願いします。
署名集約先・連絡先:
クルド人ムスターファとその家族を支援する会(代表 若林敏明)
〒396-0621長野県伊那市富県3461(若林方)
  tel & fax 0265-78-0899 mobile 090-4094-2870
  E-mail : wakaba@janis.or.jp
別紙の署名用紙にご記入のうえ、集約協力者にお渡しいただくか、
もしくは上記あてにFAXでお送りください。
郵送の場合、おそれいりますが送料はご負担ください。

(支援する会代表若林敏明さんのホームページ

直線上に配置

こちらも支援してあげてください!ペルー少年ジョエル君の日本在留を支援する会(ん(^_^?)
ジョエル君に、1年の「特定活動」ビザが発給されることになりました!

[難民保護・「出入国管理及び難民認定法」改正関連ページに戻る]
[超超ダイジェスト版クルド問題トップページに戻る]
[インデックスページに戻る]



ムスターファ一家支援ページ
アイコン
活動予定・報告
アイコン
署名用紙(PDF)
アイコン
裁判経過・予定

*このページは,「クルド人ムスターファとその家族を支援する会」の依頼により,山下が作成しております。
クルド人ムスターファとその家族を支援する会(代表 若林敏明)
tel/fax 0265-78-0899
E-mail wakaba@janis.or.jp
最終更新日2005/04/05 6/14支援者活動予定・報告追加