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一枚の貴重なドキュメントがある。 これは95年3月20日、事件発生直後の現場、日比谷線霞ヶ関駅に停車した地下鉄車内の写真である。 |
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鑑識係の捜査員は、車内に残されたその「物体」を見つめながら記録をとっている。ガスマスクも付けないで、平然と。 これは驚くべき写真である。事件現場の映像として、わたしたちが想起するのは、ものものしい迷彩服に身を固め、頭部をすっぽり覆うガスマスクを装着した自衛隊員らが、整列して除洗作業を行っている姿であろう。 |
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まだ車内に「サリン」が残されている現場の平服の捜査員の姿と、「サリン」が除去され、残留物も分解しきった後の自衛隊員の完全防備の姿は、異様なコントラストをなしている。 最初の写真の撮影者自身が当時の状況を記した手記がある。 |
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…今度は「鑑識」の腕章を巻いた警察官が到着。そのうちのひとりが車内に入って写真を撮りはじめた。「公捜」の腕章を巻いた私服の捜査員数人も現場を調べはじめた。彼らは、写真を撮っている私のことはかまいもしなかった。車内にいた鑑識の捜査員がシルバーシートのところの窓を開けた。私服捜査員のひとりがその開いた窓からのぞき込みながら手のひらであおるしぐさをして、臭いをかいだ。いまでは考えられないほど危険なことだが、そのときは、彼らでさえもまかれた薬品が「サリン」と思っていなかったことがわかる重要なシーンである。 (地下鉄サリン事件被害者の会「それでも生きていく」より)
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まだ毒ガス「サリン」が充満しているはずの車内である。撮影者自身は呼吸を止めながらシャッターを切ったと述べているが、車内にたたずむ鑑識係はと言えばいかにも無防備であり、わざわざ車内の空気を吸引するために「手のひらであおるしぐさ」をして臭いをかいだ捜査員までいたというのである。 撮影者は、捜査員たちが「まかれた薬品が『サリン』と思っていなかった」がゆえの不用意な対応であったと述べている。だが、果たしてそうであろうか? 確かに、車内の鑑識係の捜査員はこのあと中毒症状を起こして病院に運び込まれている。事件発生の第一報が「ガス爆発事故発生」だったこともあって、現場に駆けつけた捜査員や消防署員の多くは防護服を着けないまま出動し、68人の警官と48人の消防署員が異常を訴えたという。 しかし、多数の無防備な捜査員や救急隊員が動員され、現場処理に当たったにもかかわらず、その中から「犠牲者」は一人も出ていない。幸いであった同時に、これはいかにも不審なことである。 知られているとおり、サリンの毒性は青酸カリの500倍、致死量は体重1キログラムに対して0.01ミリグラム。1立方メートルに100ミリグラムを含んだ空気に30秒ふれたたけで、95パーセントの人が15分以内に窒息死するという猛毒神経ガスである。 全世界に響きわたった「オウム真理教の地下鉄サリン事件」について、ここでわたしは根底的な疑問を表明せざるを得ない。
果たして、あの日の朝、東京の地下鉄車内で4000人もの市民を殺傷したという「凶器」の正体は、本当に「サリン」だったのか? それも、事件の前日、上九一色のクシティガルバ棟で生成されたとされているサリンだったのか? あるいは、地下鉄車内にばら撒かれた「凶器」は、本当にクシティガルバ棟で生成されたとされている「サリン」だけだったのか? 「凶器」の毒ガスは「サリン」一種類だけだったのか?
これまでに報告されている「地下鉄サリン事件」での被害の実態を注意深く見てみると、 「オウム真理教信者である5人の実行犯によって、東京地下鉄の3つの路線の5つの車両内で撒布されたオウム製の単一のサリンが、死亡者11名、受傷者3796名の死傷者を生じさせた」 という検察側が描く構図には、かなり不自然な部分があることに気づく。 まず一つ目に挙げられるのは、各路線・各車両ごとに被害状況に大きなばらつきがあるということである。 例えば、北千住発の日比谷線では、不審物を置かれてから数分後に異常が発生している。これに対して、丸ノ内線の車両では、不審物が置き去られてから40分以上経過してからようやく被害が生じ始めている。 横山真人被告が「午前8時1分ころ、両手で持った所携のビニール傘の先で、その新聞包みを真上から数回突き刺して、同袋内からサリンを漏出させた」(検察冒頭陳述)とされている地下鉄丸ノ内線荻窪発池袋行きの車両は、その後、午前8時30分に池袋に到着し、そのまま折り返し運転を始める。 この時点ではこの車両に被害はまだ出ておらず、池袋駅で一旦乗客を降ろし、この電車は今度は「新宿行き」となって池袋を出発する。池袋に停車中に一定の「換気」がなされたはずのこの電車の乗客から異常が訴えられ始めるのは、この折り返し運転を始めてからである(ちなみに、8時41分、本郷三丁目で回収された車内の「異物」は、地上に搬出された際に“発火”したと報告されている)。 この時点ですでに日比谷線築地駅は大騒ぎになっているが、丸ノ内線のこの電車はなおも平常どおりの運行を続け、9時9分に新宿に到着している。 しかも、「ちょっと信じがたいことだが、この電車はもう一度ここで折り返す。この電車がようやく運転を中止したのは9時27分頃、国会議事堂に着いてからだ。そこで乗客を全員降ろして、回送になった。横山がサリン袋を突き刺してから、おおよそ1時間40分の長きにわたってこの電車は走り続けていたのだ」(村上春樹「アンダーグラウンド」より)。
一方、日比谷線北千住発中目黒行き車両に乗車した林泰男被告は「午前8時ころ、秋葉原駅に到着するまでの間に、同列車の第3車両の床に、サリン入りナイロン袋3袋を入れた新聞包みを置いた上、それを所携のビニール傘の先で多数回突き刺して、同袋内からサリンを漏出させた」(検察冒頭陳述)とされている。 再び「アンダーグラウンド」から引用すると、この電車では、 「気化したサリンは、電車が秋葉原駅を出てまもなくだんだん異臭を発し始め、次の小伝馬町駅に到着したときには、前から3両目に乗り合わせていた乗客たちは、かなりの不快を感じるようになっていた。液体が漏れている新聞紙の包みが人々の目について。そのまわりはもう水たまりのようになっていた。『きっとこいつのせいだ』ということになり、乗客の一人がその包みを足で小伝馬町のホームに蹴り出した」 「一方、既にたっぷりと床にこぼれ出たサリン液を乗せたまま、電車は定められたとおりの運行を続ける。人形町、茅場町、八丁堀……と、各駅に停まるごとに多数の被害者を出しながら、電車は前に進んでいく。まさに『地獄の列車』だ。 8時10分、八丁堀駅を出て間もなく、3両目の非常ベルがけたたましく鳴った。乗客が耐えかねて非常警報ボタンを押したのだ。しかし、規定によって、トンネル内で停車するわけにはいかない。電車は最寄りの築地駅まで進んでから停止する。ドアが開くと、4人か5人の乗客がホームにこぼれ落ちるように倒れこんだ」(同)。 この2つの路線の運行経過をまとめると、
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「サリン」撒布後、ただちに車内と駅構内の乗員乗客に被害が拡大し、わずか数分後には運転停止を余儀なくされた日比谷線の大混乱をよそに、同じく「サリン」散布後何と1時間40分にわたって2度までも折り返し運転を続行した丸ノ内線の平静さは、あまりに対照的である。 また、「サリン」が漏出し拡散するスピードは、そのまま被害の規模にも反映されており、前者の丸ノ内線の車両では、死者0、受傷者も200人にとどまったのに対し、後者の日比谷線では死者が8人、重軽傷者は2475人にも及んでいる。まさにけた違いである。 |
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しかし、同一の「サリン」を用いていたのであれば、どうして被害のスピードや被害規模がここまで際だって異なるということがあるだろうか。 確かに、北千住発日比谷線の電車には袋が3つあって、他の3車両と比べて「サリン」の漏出量が一番多かった車両とされている。しかし、それだけで説明するには無理が多い。 先述のとおり、北千住発日比谷線の電車では、小伝馬町駅で乗客によって袋が外に蹴り出されている。しかし、一旦「サリン」が車外に蹴り出された後に、茅場町から電車に乗り込んだ人がさらに2人亡くなっている。これは、ビニール袋入りの「サリン」の大部分が除去された後に乗り込んだ人が亡くなっているということを意味する。 こうなると、「ビニール袋から漏れ出たサリン」以外に何か原因物質を「凶器」として想定しない限り、どうしても説明がつかない。別種の「サリン」、もしくは全く別の「毒物凶器」の存在が強く疑われるゆえんである。 当初は、地下鉄でばらまかれたとされる「サリン」は、完成品が持ち込まれたのではなく、サリン直前の物質とイソプロピルアルコール(アルコールの一種)を車内で反応させることによって「現場」で合成されたと思われていた(2液混合[バイナリー]方式)。 そして、路線ごとに被害発生までの時間や被害の規模が食い違っているのは、何かの加減で混合スピードや混合プロセスに差が出たためであると理解されていたのである。 しかし、検察側によって、この「2液混合方式」説が完全に退けられてしまった今、この説明自体は、もはや無効である。すなわち、現在の事件に関する筋書きでは、被害の規模と拡散スピードの極端な違いは、全く「謎」のままなのである。
一方、「におい」の問題も不可解である。 基本的に無臭であるはずのサリンのにおいについては、サリンに混入していた不純物にその発生原因が求められているが、地下鉄の現場に居合わせた人たちの証言を拾い上げてみると、実に様々なにおいが車内に充満していたことがわかる。 「アンダーグラウンド」からランダムに抽出すると、 |
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「なんとなく甘ったるい。香水のにおいかなと思ったくらいです。不快なにおいではありません」 「それは嫌なにおいだったよ。というか、けっして良いにおいではなかった」 「つーんというにおいが鼻を刺しました。最初、誰かシンナーでも流したのかなと私は思いました。でもそれはシンナーよりはずっときついんです。ペンキに使うシンナーとは違って異様なくらい刺激的で、つーんとするにおいでした」 「何か酸っぱいようなにおいがしてきたのです」 「それはゴムの焼けたようなにおいだったです」 「においというのは特に感じなかったですね」 「みんなごほんごほんと咳をしていました。ちょうど油みたいなものが焼けたにおいですね」 (村上春樹「アンダーグラウンド」より)
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これら様々なにおいの源をすべて同一物に帰することは、いかにも乱暴である。 以上のような状況が示唆するように、別種の「サリン」、もしくはサリンとは別の「毒物」が現場でばらまかれていたとするならば、検察が主張する「単一サリン単一凶器オウム単独犯行」説(「オウム信者の実行犯たちが上九で生成されたサリンを地下鉄車内で撒布し、その毒性のみによって4000人もの乗員乗客が殺傷された」)は完全に破綻する。「オウム真理教の地下鉄サリン事件」は「○○○○○○の地下鉄○○○事件」として、根本的な再定義・再構築を迫られることになるのである。
ところで、事件発生直後の報道を見ると、地下鉄車内に撒布されたと思われる毒ガスをめぐって、様々な発表や報道がなされている。 中でも猛毒のびらん性ガス、マスタードガスの可能性は度々指摘されていた。 |
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地下鉄サリン殺傷事件で20日、陸上自衛隊が除染のため出動、地下鉄小伝馬町駅でマスタード系とみられる有毒ガスを検知した。マスタードは皮膚に付着してただれさせる「びらん剤」だが、気化した場合、サリン同様の呼吸困難を引き起こすとされる。 同駅に派遣された第12師団(群馬・椿東村)化学防護隊が検知器で検出したが、さらに分析中。マスタードは揮発性が低く、構内に残留している可能性があるため、慎重に除染作業を行った。 東京新聞 3月21日付朝刊
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防衛庁によると、霞ヶ関駅と築地駅で検知した物質はサリンとみられるが、小伝馬町駅の残留物については、呼吸器などがただれるマスタード系のびらん剤の疑いもあるという。 読売新聞 3月21日付朝刊 |
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横浜市港北区、会社員、譲原一雄さん(40)は、日比谷線の一両目に乗っていた。広尾駅を過ぎたあたりで、「マスタードのような刺激臭がして、居眠りから目が覚めた」。 毎日新聞 3月22日付朝刊 |
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日比谷線小伝馬町に出動した自衛隊が現場の毒物を中和させる作業中、付近の有毒ガス検知で、マスタードガスとみられる「びらん性ガス」を検出した。警視庁科学捜査研究所で鑑定を急いでいる。 小伝馬町駅などから病院に運ばれた3人の患者は、サリンによる症状のほか発疹や気管支炎などのびらん性ガスの症状が出ているという。 中日新聞 3月21日付朝刊
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当初、一斉に伝えられた「マスタード検出」報道は、その後、「初期報道の混乱」としてうやむやのまま埋もれてしまう。しかし、“いい加減な”マスコミ報道だけでなく、事件発生直後、来院した被害者たちの診察に当たった医師らの所見においても、サリンでは考えられない皮膚症状が報告されているのである。
●皮膚症状について―サリンによる症状か、治療薬の影響か― |
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多数の患者のうち皮膚症状を主訴に来院した者は皆無であり、3月20日午後診察中、中毒疹様の発疹が数人に観察されたため、翌日入院中の患者の皮膚を診察した。 観察できた83人のうち25人(男性14、女性11、18〜54歳)に何らかの皮膚症状を認めた。 皮膚症状は大きく次の(1)〜(6)に分類した。 (1)顔面の発赤(ほてり):9例 (2)顔面、頚部の中毒疹様発疹:5例 (3)眼瞼腫ちょう、麦粒腫:4例 (4)アトピー性皮膚炎の悪化:2例 (5)毛細血管拡張性紅斑:4例 (6)その他、不明:1例
(1)は治療として使われたアトロピンによる発赤と思われる。 (2)は(1)と明らかに異なる発疹で、模糊とした紅斑やはっきりした径4〜5ミリの紅斑であった。これを示した患者には排尿障害、口渇などのアトロピンの副作用が認められていたが、皮膚が顔面、頚部のシャツから露出した部位に認められており、ガスによる直接刺激または光線過敏なども考えられ、(1)とは区別するほうが良いと考えた。 (3)略 (4)略 (5)はガス揮発物の近くにいた患者や長時間ガスに暴露された患者に見られたが、結膜充血を同時に認め、入院期間の長いやや重傷の症例であった。成書によればサリンが皮膚に付着しても局所症状はないとされ、松本サリン中毒でも皮膚に関する障害は報告されていない。
聖路加病院 皮膚科副医長 原田晴美
(「日本医事新報 NO.3706」H7/5/6号“聖路加国際病院サリン患者診療報告会から”)
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皮膚が外気にさらされた部位に発疹・充血等の皮膚症状が観察され、しかも、それがサリンによる症状とも解毒剤の副作用とも違うとなると、この原因はどこに求めればいいのだろうか。ちなみに、これら皮膚露出部位における紅斑や重度の結膜充血などの「原因不明」の症状は、まさにイペリットガスの典型的な症状である。 本当に「サリン」だったのか? 本当に「サリン」だけだったのか? 本当に地下鉄「サリン」事件だったのか? そして、多くの人を殺傷した「凶器」をめぐる事件の構図が書き換えられることがあるとするならば、「オウム真理教の地下鉄サリン事件」は、いかなる意味で「オウム真理教」の地下鉄「サリン」事件と言い得るのであろうか。 わたしたちの問いは、さらに続く。 (続く)
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