湿原日和 「二本松から…」
〜自然と都市の共生とは?〜
湿原の向こうには工場の煙が…
「ここは釧路湿原の中でもっともお気に入りな場所なのよ。」
標茶町で自然観察ガイドをしている水口さんと一緒にこの二本松を訪れると、この言葉を毎回のようお聞きします。 ここは、細岡展望台などとは違い、あまり人の訪れることのない、静かな場所です。 湿原が「どこまでもつづく」と思われるほどの広大な眺めは、見ていて本当にすかっとします。
そんな気分に浸っているところで水口さんが
「湿原の向こう側に煙がでているの分かる?」と、指さした。
よ〜く見ると、釧路や白糠あたりの工場(主に製紙工場です)から、煙がでているのがなんとなく分かります。「せっかくの湿原の風景に工場の煙が入ってしまうなんて台無しですね…とよく言われるけれども、20万人都市のすぐ真横に国立公園があるのは世界でもここだけなのよ。そこに意味があるんです。」
展望スポットの穴場「二本松」より
花の浮島「礼文」から、二本松を想う
何回か一緒に歩いていて、この説明も数回聞いていたのですが、最初はこの意味が私にはよく分かりませんでした。「その意味ってなんなんだ?」そんなことを思っていたところで、礼文島を訪れる機会がありました。
礼文島は本当に至る所に花が咲き乱れ、風景の美しい楽園のような離島です。稚内から船で旅立ち、島の人たちに見送られて船が発っていく風景は、日常から切り離された全くの別世界のように思われてきます。
利尻や礼文のそんなところに旅人たちは惹かれるのだろうなと、今回この地を訪れて思いました。旅は日常から切り離されたところで、日常を忘れることができるという効果があります。日常から離れていれば離れているほど、旅情は高まります。
ましてや、「最北限の離島」であれば、なおさらでしょう。そんなところからも、自然と私たちの生活はまったく切り離されたものだと錯覚してしまいそうになります。しかし、帰りのフェリーの中で水口さんのあの言葉を思い出し、「そうではないんだ」と思いました。
二本松が教えてくれたこと
二本松でガイドする水口さん 湿原のすぐ向こう側に見える工場の煙は、私たちの今の生活そのものです。自然と都市が別々に離れたものではないという、ごく当たり前のことを教えてくれています。 自然も街も一つの同じ世界なんです。
水口さんはいつも二本松の説明の後、
「もしこの湿原がなかったら、釧路の街は毎年大洪水」
という説明も付け加えます。湿原は水をたくさん吸収する「スポンジ」の役割をしています。いわば天然のダムです。
この丘にある二本の松の木は、かつて釧路川を行き交う船人たちの、大事な目印になっていたそうです。アイヌの神様が、ここを行き交う人たちのために植えたと言う伝説もあるそうです。
もしかすると、この二本松は、私たちのこれからの生き方を導く大事な道しるべになるのかも知れません。
二本松の風景には、こんな深い意味があったのですね。
※標茶町で自然ガイドをされていた水口成子さんは、2006年5月に永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。

歩き方
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