町なか


 4世紀にサン・チレール・ル・グランの修道院長により設立された。ノートル・ダム・ラ・グランド教会に近いこの教会は商店街にあり、ポアチエ市内で最も地味なロマネスク聖堂である。「辺鄙な田舎のロマネスク」のイメージが見事に崩れる佇まい、これほど町の中に溶け込んでいるのはついぞ見たことがなかった。入口でもある塔はサン・ラデゴンド教会のそれに似て、11世紀に建てられた。内部はたいへん珍しいことに二廊型、一つの広間をきっちり二等分されている。わかりにくいがリブが集中する円柱の頂部はイギリスの聖堂に似ている。アプシスはない。修道士エムリ・ピコーの有名な『サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼案内』で伝えるところによると、無一文の巡礼二人がポアチエで断られながら宿を求め、ようやくこの教会近くの貧者の家に泊めてもらう。その夜火災が発生し、巡礼を断った家々約千軒(!)は燃えてしまい、彼らを泊めた貧しい家だけは無傷であったという。1439年からしばらくの間、ポアチエ大学(デカルトもここの学生)はこの聖堂を講義に使用していた。