■新婚フィジー紀行

★旅のデータ
 期間  :1998年5月14日(木)〜21日(木)
 行き先 :フィジー共和国/ヤサワ島
 宿泊施設:ヤサワ・アイランド・ロッジ/シェラトン・ロイヤル・デナラウ
 交通手段:エア・パシフィックでナンディ乗り継ぎサンフラワー航空
 メンバー:私、新妻
☆単なる新婚旅行のつもりが、ケジメをという圧力が強く、現地で挙式をすることに。
 怪し気な衣装と食事の評判に惹かれて選んだ島は、翌年には赤ん坊の名前となった。

●5月15日(金)−−第1日目
 前日の夜7時に成田を発ち、朝の6:55にナンディ国際空港に到着。日本より3時間早い時差なので、とても眠い。役所に行き、何故か晴着のインド人の団体に囲まれて、結婚許可証を貰う手続きをする。
 次は免税店に行って土産物を片付け、市場に行って黒胡椒とミカン(?)を買い、スーパーに行ってパンとチーズと水を買う。ようやく空港近くのホテル「トカトカ」に戻って休憩。
 14:00、国内線のサンフラワー航空でヤサワ島へ。双発の軽飛行機のため荷物は15キロ以下の制限があり、乗る前には体重の測定もあった。最初は景色を見ていたが、すぐに熟睡してしまった。約30分の飛行で島の飛行場に到着。飛行場といってもタダの草原だが、ホテルのスタッフに花環の歓迎を受ける。風が強い上に私の頭のサイズに適合しないので、手で抑えていないと飛ばされてしまいそう。
 ホテルに着くと、最初はマネージャーの「アキジ」(♀)がアレコレと説明をしていたが、我々の状態がヒドイのを見かねて、「You must relax, first.」と言うので、部屋に行って3時間ほど眠りました。
 7時半から夕食。ウワサに違わずナカナカの美味。食後は、やっぱり寝てしまった。

●5月16日(土)−−第2日目
 朝から風が強い。7時半から朝食。食卓には今日のイベントなどが紹介された「Yasawa Morning News」が置かれている。午前中はシュノーケリングツアーで、夕方からは我々の結婚式とのこと。
 シュノーケリングは隣の入り江の「Liku Rie」ビーチ。国内線で一緒だったイタリア人夫婦とダイバーらしきアメリカ人夫婦が一緒だ。英語力が乏しいので会話が弾まない…。大物は居ないが砂と珊瑚はマズマズ綺麗。
 昼頃に引き上げて、昼食後は結婚式の打ち合わせ。強烈に訛った牧師の英語に苦戦しつつも何とかクリアーし、部屋でフィジーの伝統的な民族衣装の正装に着替える。素材の「タパ」クロスは木の繊維から作られた、厚手の和紙のようなもので、10センチ程度の間隔でアコーデオンプリーツ状に折ったものを、袴のように下半身に巻くだけです。我ながら似合っているようで、これで槍でも持てば完璧かなと思って、手近にあったモップを持ったところ、スタッフに大ウケしていました。
 午後5時になったので、私は海辺に移動し花嫁を待ち受けます。三々五々他の宿泊者も集まり始め、付近の村の聖歌隊も現れました。待つことしばし、腰ミノを身に付けた4人の戦士に担がれ、花で飾られたた「輿」に乗って花嫁が登場! まるで人食い人種のシャーマン(巫女)のようでした。諸外国のゲスト達は写真を撮りまくったり、ビデオを回している人もいて、のっけから妙な盛り上がりを見せています。観光地によくある「ポリネシアンダンス」とかと同じで、我々は単なる見せ物になっていたのかもしれませんケド…。
 式そのものは、いわゆるキリスト教の誓いの式と同じで、聞き取り不能の訛った英語の説教と、宣誓、指輪の交換、証明書への署名などで終わりです。ちなみに、私の分の指輪は、新宿の路上で怪しいイスラエル人から、500円値切って3000円で買ったものです。シャンペンで乾杯し、順番に来場者全員の祝福を受けて終了。
 衣装は何処に返却すれば良いのか尋ねたところ、「Yours.」とか「Gift.」とか言う返答。持って帰れってか? こんなかさばるものどうすんだぁ? 部屋でタパクロスを広げてみると、幅1メートル、長さが4メートル近くある。これが3枚の他に幅30センチ位の無地のものも3枚。キッチリと畳んでも大きめの手提げの紙袋くらいの体積になる。
 後で考えることにして、夕食前のウェイティングバーに行く。いちおう「お色直し」のつもりで持参の「ゆかた」に着替えたが、何故か「カバ」の儀式に望む妙な私たち。今日もメシがうまかった。

●5月17日(日)−−第3日目
 日曜日のため、あまりイベントが無い。午前中は村の教会を訪問することにした。ロビーで車を待っていると、例のイタリア人夫婦に「Come on !」と手招きされた。昨日の結婚式のビデオを撮影していたらしく、液晶モニタで見せてくれた。
 教会は単に見学するだけかと思ったら、日曜礼拝に参加するハメになり、約1時間も理解不能のフィジー語の説教を聞かされた。その後は村の学校を見学。ハリケーンで屋根が飛んでしまい、ただいま復旧中らしい。案内の先生によれば、最近、レオナルド・デカプリオが来たらしく、自慢気に「タイタニックを見たか?」と言っていた。
 教室の世界地図を前にして明らかになったのだが、イタリア人夫婦は長期の新婚旅行中で、ニューヨーク→サンフランシスコ→ロサンゼルス→タヒチ→フィジーと来て、現在は3週間目。今後はニュージーランド→シドニー→ダーウィン→シンガポール→フランスを経て帰国するらしい。それって、いわゆる世界一周旅行でしょう…。しかも、その旅行は結婚祝いのプレゼントで貰ったらしい。職業を尋ねたら「She is my boss.」とのことで、婦人服の会社を経営しているらしい。
 午後は海岸を散策して過ごす。引き潮で青い水玉模様の小さなエイが迷い混んでいた。夜は村のコーラス部隊が再び登場。このときにアメリカ人ダイバー夫婦に、「写真を送るから住所を教えてくれ」と言われたので、夕食後に少し話をした。「明日、潜る予定だ」と言うと、「風が強いが大丈夫か?」などと言っていた。

●5月18日(月)−−第4日目
 午前中はダイビング。シュノーケリングに言ったビーチの近くのポイントで、水深は約12メートル、透明度も12メートルくらいだった。魚も珊瑚もちょびちょびで、大物は居なかった。
 午後は疲れて寝てしまい、その間にビーチに行った新妻は磯で転倒。えらく不機嫌になっていた。

●5月19日(火)−−第5日目
 この日も午前中はダイビング。強風のため予定していたポイントを変更し、パラダイスビーチ付近に行った。水深は20メートル位で透明度は8メートル程度と良くなかったが、ソフトコーラルが豊富で、大きなロブスターやシャコガイなんかも居た。
 午後は近くの「Sunset Lookout」という見晴し台のようなところと、飛行場や島の反対側のビーチなどを散歩した。陽が沈んだので部屋に戻ろうとしたら、ビーチで日本人カップルに出会った。今日の到着らしい。
 最後の夕食は再度ユカタでバーへ。どうやら日本人は2組来た模様。

●5月20日(水)−−第6日目
 今日はチェックアウトの日だというのに、島を一周するクルーズが開催される模様。聞けば帰着は夕方5時とのこと。ブルーラグーンケーブに行きたかったのに…。
 気を取り直してパドルボート(シーカヤック)を借りて、1時間ほどホテル前のビーチで遊ぶ。足の間の部分がガラス張りで、水中が見れるのが楽しい。
 昼にチェックアウト。「イサ・イサ〜」で始まる曲に送られて飛行場へ。ナンディでの宿はシェラトン・ロイヤル・デナラウ。そこそこ優雅なビーチフロントの部屋なのだが、離島のコテージのような情緒は無い。
 ビーチは灰色の砂で、あまり水も澄んでいない。プールで少し泳いでから初日に買った土産物を受け取る。夕食は「メケ・ショー」とロボ料理。諏訪から来た夫婦と相席で話をした。

●5月21日(木)−−第7日目
 4時半に起床。5時半にチェックアウトして空港へ。空港の免税店で買い物をするも、インド人商人がしつこくて辟易してしまった。7時45分にナンディを出発し、午後1時55分に成田に帰着。

◆まとめ
1.風が強かった。
2.メシが美味かった。

折中 良樹