■霧のサンフランシスコ(1996年)

◆1
 正月休み明けは、Mac World Expoの取材で(と言っても自腹で遊びに行ったのだが)サンフランシスコに行きました。展示を見たり、アップル関係者と飲み歩いたり、でも、帰る前の日に1日だけ時間を作って、ヨセミテ国立公園に(上高地みたいなところです)行きました。実は山登やキャンプが好きなのさ。
 日本人向けのツアーに参加したんだけど、カップルやグループばかりの中に、ひとりだけ、若い女性の一人旅の参加者が(ちょっと、カワイイ)いました。バスの通路を隔てた反対側に座ってたんだけど、まあ、一人旅するくらいだから、ひとりが好きなんだろうナ、と、特に話しかけもしなかった(何度かシャッターを頼まれたけどね)奥ゆかしい私である。
 しかし、後で知ってびっくり。他の参加者は、全員、『ケンカ中のカップル』だと思い込んでいたそうだ。そういえば、ピックアップはオイラが1番、彼女が2番だったからなぁ…。

◆2
 昼食は巨大な滝の近くのカフェテリア。セルフサービスの学食みたいなところです。私はさっさと済ませて、滝の近くの崖をよじのぼって遊んでいました。
 その間、食堂では、おせっかい(?)な老夫婦が、例の女性に話しかけていたようです。
「どうして食事くらい彼と一緒にしないの?」
「えぇ、でも、知らない人だしぃ…」
「あら、そうだったの。てっきり…」
というような会話があったそうです。
 一方の私はひと汗かいたので、滝の前のベンチで休んでおりました。でも、他の日本人観光客が続々と現われて、シャッター係やら、案内係のようでしたが。
「滝の下まで行けるんですか?」
私は相手の靴を見て、体力を推測して、
「無理ですね」
とか
「濡れますよ」
とかアドバイスするという具合です。
 例の女性は最後にやってきました。私の方は食事中の事件は知らないので、フレンドリーに話しかけられて、ちょっと、意外な感じを受けました。

◆3
 昼食後はいくつかのポイントを回ったのですが、バスを降りると、なんとなく彼女と一緒にいました。ヨセミテからサンフランシスコ市街地までは、東京−名古屋間くらいの距離があります。帰りは1時間に1回くらいトイレ休憩をとります。バスでは相変わらず離れて座って、降りると、あたりまえのように、ふたりで話をします。
 市街までもう少しのところに、たくさんの風力発電の風車が見えるところがあるのですが、この日は往きも帰りも霧で見えませんでした。ガイド兼ドライバー氏は申し訳ながって、
「特別に百万ドルの夜景の見える島に行きましょう」
と言ってくれました。私と彼女は拍手して喜んだのですが、他の人々は熟睡していました。
 トレジャーアイランドに着くと、目の前に息を飲むような美しい夜景があります。ちょうどサンフランシスコのビジネス街が入り江の対岸に見えるのです。しばし、ボーっと見とれていて、ふと横を見ると、彼女と目が合いました。ウルウルの瞳が『誘って、誘って!』と言っているのは、いくらニブトンカチの私でもわかります。でも、この瞬間に私が感じたのは、『ヤベぇ』という感覚です。『ここで誘わなきゃ、男じゃないよな』と思いつつも、つい、目をそらしてしまいました。このときはじめて、私は自分自身がどういう人間かを、知ったような気がします。最高の舞台、ロマンチックな雰囲気、ケツまくって逃げたくなる自分…(なさけなや)。
 少し経ち、出発の時間が近づいて、皆がバスに戻り始めました。私が席に座っていると、彼女が尋ねます。
「帰ったら今夜も飲みに行くの?」
これは、もう観念するしかありません。女の人にここまで言わせてとぼけるわけにもいかないでしょう。
「いっしょに晩ご飯でも食べますか?」
まあ、食事くらいなら、おおげさに考える必要はないかもしれません。このとき、ガイド兼ドライバー氏の耳がダンボになっていたのは、背中の気配だけでも良くわかりました。
 バスを降りるときに、待ち合わせの場所と時間を決めました。

◆4
 ホテルの部屋に戻って、ハイキングの服装からディナーの服装に着替え、彼女の泊るホテルへ向かった。歩いて15分くらいのところだけど、マーケーットストリートのあまり雰囲気の良くない場所にあって、こりゃあ女の子がひとりで出歩けないかもななんて考えてしまいました。
 ロビーで落ち合って、ガイドブックなどを見ながら、フィッシャーマンズワーフ(おしゃれな港町みたいなところ)でスペイン料理を食べることにしました。物騒なマーケーットストリートを歩いて、繁華街のユニオンスクエアからサンフランシスコ名物のケーブルカーに乗ります。乗車を待つ列の先に、アップル社の人が並んでいたのには、少しあせった。
 話しているうち、いろいろなことがわかりました。彼女はパック旅行ではなく、2週間くらいかけてロサンゼルスとサンフランシスコを観光していること、お互いに出身地がすごく近いところだということ、同じ様なところに旅行した経験があること、旅行代理店をやめたばかりで、将来はツアーガイドになりたいこと、ロサンゼルスでカツアゲされたこと、怖くてホテルの外で食事をしていないこと、などなど。
 そういえば年齢のことは言ったけか? ヨセミテで
「何才に見えるか?」
ときかれたので、仕事をやめたことと、見かけから推理して
「23才」
と答えたら、バッチリ正解でした。単純に見かけの雰囲気だけでは18才くらいにしか見えない。いつも子供に見られるらしく、妙に喜んでいたっけ。
 でも、女性の年齢を当てるのは難しい。オーバーすれば『フケてみえるのか』って怒るし、若く言えば『子供っぽく見えるのか』って怒るし…。それにしても10才年下っていうのは、けっこうくるよな。オイラが大学で遊び惚けていたころ、彼女はランドセル背負ってたわけで。
 さて、さて、ケーブルカーに乗っている間も、彼女は回りを見ながらビクビクしていて、ちょっとばかし守ってあげたいような気分にさせられた。しかし、こんな調子じゃツアーガイドになんかなれないと思うけど…。
 そんな感じで港町に到着して、ガイドブックの店をさがしたんだけど、これが見つかりゃしない。どうやら、別の店に変わってしまったようで、違う名前のスペイン料理屋に入りました。
 料理を注文して乾杯という時になって、まだ、名前を聞いていないことに気付きました(なんてオマヌケ!)。私の方は名刺を出したんだけど、彼女は何もないというので、
紙とペンを渡しました。
「電話番号も書いとく?」
「あっ、そうだね」
てな具合に、あいかわらず相手のペースで追い込まれるのであった。

◆5
 食事を終え、タクシーを拾って彼女をホテルまで送った。
(車内にて)
「何だか心配だから、無事に帰ったら電話して」
「うん、絶対!」
確かに、事故に会ったり、死んだりしていたら、寝覚めが悪い。
「だいたい、家か、母の店にいるから」
なんとなく雰囲気から洋服屋さんかなにかかと思って
「何のお店なの?」
「スナック屋さん」
(ここに0.3秒くらいの間)
「ふーん、最近は外で飲まないからなぁ」
 普段は『職業に貴賎は無い』とか考えているくせに、自分が水商売に対して根深い偏見を持っていることに気付いて、愕然としました。そのあとも何気なく会話をしていたけれど、確実に気配でわかってしまったと思う。
「じゃあ」
「うん、帰ったら電話するね」

 帰国後、1週間ほど過ぎ、彼女も日本に戻っているはずの日になっても、電話はありませんでした。まあ、疲れてるかもしれないし、お土産を配りに歩いたりとかもあるだろうから…。などと考えて3日間ほど放っておきました。
 それでも、『何かあったらヤダな』と思って電話してみたら留守です。
 その後3日くらい経ってからやっと電話が通じました。母親が出て、
「どちらの方ですか?」
とか聞くので、
「サンフランシスコでお世話になった…」
なんていう間延びした答え。彼女は帰国後、風邪を引いて寝込んでいたらしく、
「直ったら電話する」
と言うので、ほとんど話もせずに切りました。まあ、無事でなにより。
 その後、今に至るまで電話はありません。ひょっとしてまだ風邪が直っていないのでしょうか。だとしたら、それはそれで大変なことですね。

折中 良樹