■ロタのインチキな踊り子(1997年)

1◆ミッドナイト・コール
 出発の1週間ほど前から、身辺に色々なことがあって気落ちしているというのに、追い打ちをかけるようにウチの組織の親分が神戸に異動になるという。そんなこんなで前の晩が徹夜だったにもかかわらず、成田の前泊ではなかなか寝付かれなかった。出発の当日も、朝5時に目が覚めてしまうし、飛行機の中でも眠れなかった。
 ロタの空港を出ると、同行者氏がレンタカー屋と交渉を開始。なんだか値段が高いみたいだ。値切りに値切って、カードでなくキャッシュなら保険料込みで1日50ドルにするとのこと。聞けば1台しか車が残っていないらしく、それもグレードの高いやつらしい。目の前に引き出されたのは、赤いポンティアックのコンバーチブルだった。小さな島を乗り回していると、翌日までに、ホテルの従業員だけでなく、人口わずか2千人の島中で有名になってしまったようだ。
 この日は特に何もせずに終わる。同行者氏はレストランのウェイトレス嬢と感激の再会場面を演じ、恒例のマッサージは空きが無いため翌日の夕方を予約。あいかわらず寝付きが悪く、夜中に何度も目が覚める。
 翌朝、目覚ましは必要無かった。ダイビング初日ということで、10時20分にセレナマリンサービスへ。他に中年の夫婦と気の抜けた若いアンチャンが2名来ている。ファーストダイブは「松運丸」ポイント。第2次大戦時の沈没船だけど、戦没者がいない船だから安心。水中の透明度は感動的。水面で顔をつけるだけで、沈んだ船が見渡せる。あとはひたすら青の世界。グランブルーやなぁ。でも、最大水深31メートルはけっこうハード。
 ショップに戻って昼食を取り、午後は別のポイントに潜る。4時半にホテルのネイチャースパでアロマセラピーマッサージを予約していたのに、帰着は5時になってしまった。ハーブの香りは思いのほか心地よく、リラックスのしすぎで、途中から眠ってしまった。マッサージの後のバーベキューもウマイ。ダイビングの疲れもあるし、今夜は良く眠れそうな感じ。
 深夜、せっかくの熟睡を妨げる電話のベル。なかなか出なくても、しつこく鳴り続ける。ようやく受話器を上げたときには切れてしまった。夜中の電話というやつは緊急事態を予想させるので、次に鳴ったときには早めに出てみた。
私「Hello.」
?「モシモシ」
私「もしもし」
何だか現地人男性風のカタコト日本語。
?「ヒトリ?」
私「Yes.」
?「オトコ、スキ?」
私「…バカヤロー! テメー、ぶっ殺すぞ!!!」
 男2人で赤いオープンカーを乗り回し、エステに通うもんだから、ホモのカップルだとでも思われたのかなぁ。
 その後、夢でうなされた。窓のカーテンのすき間から、怪しい男が覗き込んでいて、大声を出そうと思っても声が出ない。ようやく叫んだら、その自分の声で目が覚めた。

2◆3月の鯉のぼり
 朝、同行者氏にきいてみたが、電話の音なんか気が付かなかったそうだ。ちなみに、宿泊していたのは2ベッドルームのスイートで、私がガーデンビューのダブルルーム、彼はオーションビューのツインルームに寝ていた。電話があるのはリビングルームだ。まあ、私の叫び声も聞かれなかったということで、良しとしよう。今日のマッサージの予約は、用心して、夜の9時にしておいた。
 朝食後、ダイビングショップに行くと、30前後とおぼしき女性が来ていた。ガムを噛んでいて、ちょっとトッポイ感じ(後できいたら、耳抜きが不安で、ハイチューを噛んでいたとのこと)。ファーストダイブ前は誰でも少し緊張するので、口数は少ない。どうやら、今日のお客は3人だけらしい。
 準備が整うと、港まで1分ほどハイラックスの荷台で移動する。
「なんか、売られて行くみたいですね」
と彼女。私は、どこでもこんなもんだと思っていたので、気にしたことは無かったが…。港に着くと器材をセットして出港。
「うわ〜、きれいっ!」
笑顔が案外かわいかったりする。私は夕べの悪夢があったので、隣に女性がいるというだけで妙に安心感がある。
「あれがウエディングケーキマウンテン」
なんて、頼まれもしない観光ガイドまでしてしまう始末。
 今日の1本目は「ポーニャ・ポイント」。船の移動は10分もないのだが、今日は少し風と波がある。油断していた私は、ボートが跳ね上がった瞬間、空中浮遊してしまい、へりに尻を強く打ってしまった。みんなは大笑いだが、私は声も出ない。
 潜り始めると、断続的に「キュ〜ン」という声が聞こえる。鯨の歌だ。見えないけど、近くに親子でいるらしい。潜っている間じゅう、息を止めると必ず聞こえた(水中での自分の呼吸の音は、かなりうるさいのだ)。
 途中、3メートルくらいのサンゴのトンネルをくぐったり、色々な魚を見ているうちに終了時間が近づいてきた。徐々に浮上していくと、少しずつ流れが出てきた。足で漕がなくていいから楽ちん、とか思っているうちに、船のアンカーロープが見えてくる。水深5メートルでロープにつかまって、安全停止を5分という打ち合わせになっている。
 だが、このとき私は目測を誤り、ロープより50センチほど下流に流されてしまった。予想以上に表層の流れは強く、必死でフィンを使っても、1センチくらいしか進まない。ウルトラアイを落としてしまったモロボシ・ダンの心境だ。そのとき、既にロープを確保している彼女と目が合ったので、私は右手を前に出してみた。すかさず彼女が引き寄せてくれる。
「ほ〜っ」
安心してついたため息は、水中では単にゴボゴボいうだけだった。安心も束の間、流れはどんどんきつくなる。ロープを手で握っていても体は水平、まさに3匹のコイノボリという感じ。この状態で5分かあ? ところでどうやって時計を見るんだ? 手は離せないぞ。3人分の泡で視界はきかないし、お互いにぶつかっても、もう気にしていられない。
 その間、インストラクター氏は手際良く別のロープを横向きに張り、船尾へのルートを確保している(タヨリニナリマス)。ホイッスルの音に振り向くと、ひとりずつ船に上がるよう手招きしていた。とはいえ、これも難事業。ウェイト、BCジャケット、フィンの順番で外してから上がるのだが、手を離すと流されてしまうので、片手しか使えない。それに、片手でつかまっていると、からだが回転しそうになるのだ。
 ようやく全員が船上にそろうと、一同ぐったりしつつも、妙な連体感のようなものが生まれていた(ような気がする)。でも、安心するのはまだ早い。帰りのボートも揺れるんだから、まだ痛むお尻を守らなくっちゃ。

3◆おだいじに
 ダイビングショップに戻ると、彼女の同行者たちが来店していた。12才の女の子を連れた夫婦と中年婦人の計4名。今日は子供と遊んで、明日は一緒に潜るそうだ。彼等が去った後、ダイビングの記録を整理したり、昼食を取りながら、過去に行った旅行先のことなどをワイワイと話した。ログブックにサインをもらうとき、彼女は
「男みたいな名前でしょ」
と言っていたが、私の知り合いには同名の女性が何人かいる。でも、そういえば私の父も漢字は違うが同じ名前だった。
「今日は早く終わるから、車で島内観光しようと思ってるんだけど、一緒に行かない?」
私にしては珍しく、積極的に誘う。これも昨夜の電話の後遺症だろうか。
「いいなあ。う〜ん、どうしよう。」
いまいち曖昧な返答。
 2本目は、岩壁の模様が数字の1に見える「No.1ポイント」。あいかわらず波は高いが、今度は注意していたので大丈夫。彼女は新しいマスクが水漏れするとかで、コンタクトレンズを外してコップに入れていた。水中ではゆるやかな流れがあって、横向きに進んで行くのが妙な感じ。エキジットは午前よりも少し楽だった。船上で景色を見てびっくり、かなりの距離を流されている。
 港に着くと、道具を片付けたり、船を車で引っぱって陸揚げしたりという作業が行なわれる。コンタクトレンズの入ったコップを手にした彼女は何気なく歩き回っているが、ちょっと足取りが怪しい。
「見えてるの?」
「ぜ〜んぜん」
「大丈夫なのかぁ」
「ヘ〜キ、ヘ〜キ」
 ダイビングショップに戻って、シャワーを浴びたりウェットスーツを干したり…。3人は今日初めて会ったとは思えないくらい打ち解けて、チョット『はしゃいで』もいた。
「あ〜あ、帰っても、みんな遊びに行っちゃってるんだろうなあ」
と彼女。これは『もう一度、誘え』ってことだよな?
「だから観光しようよ。どうせ車だし」
「ホントにいいんですかぁ」
そのとき、彼女のホテルからピックアップの車が到着した。速断即決が求められる瞬間。
「やっぱ、一回ホテルに戻りたいでしょ?」
素早く2度うなずく彼女。私の同行者は『このまま出かければいいのに』という表情。まっ、女性は色々あるだろうから、
「じゃ、3時半にロビーに迎えに行くから」
と言って見送った。
 45分ある。残った男ふたりがホテルへ往復するのは、ちょっとハード。ゆっくりと片付けをして、寄り道をしながらピックアップに向かう。同行者氏は勝手知った様子で彼女の部屋へ向かうが、私はロビーで一服。5分程で全員集合。髪をおろした彼女は別人のよう。『ひっつめ髪の方が似合うのに…』とは口に出して言えない。
「せっかくだから、助手席に乗りなよ」
私は後部座席に寝そべった。
 まずは、ソンソン村を横切って、「製糖工場跡」へ。
「日本人観光客は、やっぱ記念写真とVサインでしょう」
ということで、錆び付いた機関車や煉瓦作りの廃虚によじ登ったりした。
 次は「千本ヤシ」。実際は千本も無いそうだが、けっこうなヤシ並木。赤いオープンカーも入れた記念撮影も欠かせない。横の海岸には誰も居ない。貸切状態で砂浜に打ち寄せられたサンゴを拾ったり、やっぱり記念撮影…。今度は島の周囲を反時計回りに移動。海のきれいな所や、旧日本軍の砲台で止まったりして進むうちに、だんだんとジャングル探検みたいになっていく。
 ようやく島を半周し、空港の近くに来たところで雨が降りだした。島に到着したときに見た空港の看板は、『ようこそロタへ』(Welcome to Rota)だったが、裏から見ると
『おだいじに』
とあった。
「ヘンなの」
「『お気を付けて』とかならわかるけど」
「ったく、病気じゃないんだから」
この、最後の私のセリフに彼女は笑いが止まらなくなってしまった模様。少なく見積もっても、3分は笑い続けていた。何か、都会でストレスでも溜め込んでたんでしょうか。
 タガストーン遺跡は省略して、最後は我々の宿泊しているホテルを紹介。看板のあるゲートを入っても、5分位はホテルが見えてこない。途中から美しい海とゴルフコースの景色が開ける。エントランスに車を止めて、ビーチタオルを返却。同行者氏が車を駐車場に移動している間、私はプールを案内。この件につき同行者氏は不満顔(???)。
 部屋を見せているときに、彼女の同行者も含めて、みんなで夕食を一緒に取ろうということになった。現在時刻は5時半。
「店とか私に言われてもわからないから、他の人に直接説明してくださいよ」
と彼女。このまま3人一緒に行くのかと思っていたら、同行者氏曰く、
「私が送って行って打ち合わせもしてきますから、シャワーでも浴びててください」
(あれ〜? そういうことなの?)
ちょっとした驚きは表に出さないようにして、
「そう、悪いね」
と受け流した。
 ひとりで部屋に居ると、昨夜の悪夢がよぎって、低レベルの緊張状態が続く。電話の犯人は、女連れのところを目撃してくれただろうか。誤解は解いておきたいもの…。

4◆トンガ・トンガ
 シャワーを浴びて一服していると、同行者氏が戻ってきた。
「どうなりましたか?」
「7時に『トンガ・トンガ・カフェ』というこことで」
「あまりのんびりもしてられませんね」
同行者氏はあくせくとシャワーを浴びると、ダイビングショップに電話して、インストラクター氏も誘っている。マメだなあ。
 6時40分にホテルを出発し、7時少し前にトンガ・トンガに到着。ここは、旅行の直前に知人から貰った雑誌の切り抜きに出ていた店だ。壁の無いウッディな建物に大きな丸テーブル。椅子はヤシの木をブッた切っただけの丸太を使っている。店の人が言うには、7時15分にピックアップに行くそうなので、先に2人で始めていることにする。
 1杯目を飲んでいるうちに、彼女らのグループが到着した。席は成り行きで、私の左側に同行者氏、その隣に中年婦人、右側はパパ氏、その隣がママ氏、彼女と少女が私から見ると正面になった。必然的に会話の相手は両隣およびその次の人物になる。ロタ8回目の同行者氏と5回目の中年婦人の会話はスゴイものがあり、ついつい黙って聞き入ってしまった。途中、例の「おだいじに」の話題になったとき、距離をものともせず彼女が会話に入り込もうとしたが、不発に終わった。
 パパ氏は観光バスの運転手で、中年婦人はそのバス会社に勤務しているらしい。同行者氏は旅行屋さんなので、これまた狭い分野のディープな会話をしている。
 私としては、そろそろマッサージの時間が気になるところ。ワイルドな水洗トイレを利用したついでに、2人分の会計だけ済ませてしまった。
「すいません、9時から按摩を予約してあるもんで」
「こちらから誘っておいて、慌ただしくて申し訳ありません」
「じゃあ、また明日、ヨロシク」
アルコールの入った同行者氏の運転は少し怪しい。とはいえ「バド」2本のはずだが…。
 今日のマッサージは「フェイシャル・ネック&ショルダー」というヤツだ。毎回遅刻すると、時間にルーズなヤツだと思われてしまうとか何とか、同行者氏はこぼしていた。今回はウトウトしつつも眠らなかった。終了後は大きなカップに熱いハーブ・ティーが出る。今夜は電話のモジュラーケーブルを抜いて眠ろう。

5◆前世は…
 今日は朝から晴天。ロタに来てから1日おきに天気が変わる。初日は小雨がパラついていたし、昨日も風が強くて雨も降った。晴れれば心も軽くウキウキ気分。まあ、それ以外にも要因があるかもしれないが…。
 ゆっくりと朝食を取り、10時半にダイビングショップに行く。今日の彼女は眼鏡姿。パパ氏は2本潜るらしいが、娘の相手でママ氏は午後だけ、午前中の中年婦人と交代らしい。
 1本目のポイントは「テーブルトップ」。水中5メートルのところに、大きなプリンのような形をした珊瑚礁の山がある。準備が出来た者から潜行し、プリンの上で集合する。私はエアーが長持ちする方なので、最初に潜って、みんなが来るのを眺めていた。水面を下から見ていると、なんだかハッピーな気分になれる。全員が揃ったら、移動を開始。このポイントは魚が多くて楽しめる。
 水中では2人ひと組のバディシステムを取るが、今回は奇数なので3人組が1個できる。パパ氏と中年婦人で1組、私のバディは同行者氏なのだが、彼は水中写真を取るのに忙しく動き回っているため、何となく彼女とバディみたいになった。技量のレベルが近いせいかもしれない。なにしろ他のメンバーはベテランばかりだから。
 最後はプリンの上に戻って、遊びながら5分間の安全停止。私は枝サンゴの間にメガネゴンベを発見した。10センチくらいまで顔を近づけても逃げない。マクロレンズのカメラがあればなあ。このときばかりは水中写真をやりたくなった。そのうちに、同行者氏が身振り手ぶりで『記念写真を取ろう』と合図してきた。どうやら『彼女と並べ』ということらしい。浮遊しつつフレームにおさまるように並ぶのは、ちょっと難しい。私はサムアップ。陸上だったら撮影係りを交代するところだが、水中では勝手がわからない。同行者氏は結局、インストラクターの助手の人に頼んでいた。
 私は最後に船に上がることにして、みんなが順番に浮上していくところを、プリンの上から見送る。今日は穏やかなので、エキジットも楽勝である。
「こういう小さな魚がいっぱいいるポイント好きだなあ」
と私。
「水族館的に楽しめますよね」
とはパパ氏の言。
 ショップに戻り、昼食を取りつつ記録を書く。私のログブックにサインするとき、彼女は妙に時間がかかっていると思ったら、名前の横にクマノミの絵を描いてくれていた。
 食後の話題。
「仕事関係で前世が見えるとかいう人がいてさあ…」
と彼女。
「それで『私は何ですか?』って聞いたら、

『インチキな踊り子です!』

だって」
「『インチキ』ってのはよかったね」
と私。ベリーダンサー風の画像を頭に描く。なんでも、海賊船で男どもから金を巻上げていたとかなんとか。何百年前の話やら。頭の中のイメージを少し修正。こっこう似合っている気もするが…。
「どうせなら、踊り子のお姫様かなんかにしてくれればいいのに…」
なおも彼女。それは何かが違う気がするゾ。
 午後は「燐鉱ポイント」。昔の燐鉱山のケーブルの正面だ。やっぱり、なんとなく彼女とバディになってしまう。途中、かつて餌付けされていたチョウチョウオがついてきた。体のまわりにたくさん泳いでいるらしいことはわかるが、自分では良く見えない。私は進む速度を落としてから2メートルほど浮上してみた。すると、彼女のまわりをたくさんのチョウチョウオの仲間が囲むように移動している全景が見えた。なかなか絵になる踊り子さんである。
 船上で彼女は、最後のダイブが終わってしまったので、少しシンミリしていた。帰りの船からは、砲台跡などの昨日ドライブしたコースが見える。そういえば、大砲を正面に向けて記念写真を取っていたら、他の車が来てしまってアセッたっけ。
 ショップに戻り、ログブックにサインを貰うとき、
「『インチキな踊り子』の絵を描いてよ」
と言ったら、足にフィンを付けて踊っている絵を名前の横に描いてくれた。
 ホテルからのピックアップが来たので、ショップの前で赤いコンバーチブルをバックに、みんなで記念撮影。
「忘れ物しないでくださいね」
とインストラクター氏。
「どうせ、あさってサイパンの空港で会うだろうから、あったら持って行ってやるよ」
と私たちは彼女らの車を見送った。
 我々もホテルへ戻る。今日はマッサージを予約していないので時間的にはノンビリだ。夕食はシーフードディナー。ヤシガニ、ロブスター、ムール貝のうちから選んで料理してもらう方式だ。まだヤシガニは生きている。私はロブスターの切り口の肉の色を見て、それに決めた。同行者氏もそれにならう。
「Two each.」
と言ったら、ウェイトレス嬢は少し驚いていたが、すかざすムール貝も薦める。そちらはスープにしてもらった。
 最初に人参のクリームスープが出て、次にロブスターとムール貝。
「う、ウマイ!」
後はひたすら黙々と食べ続けた。デザートのチョコレートアイスもナカナカ。今日は何だかハッピーな一日であった。
 同行者氏は食後にフロントに寄って、マッサージの空きを確認すると、すかさず予約を入れていた。全種目制覇を狙っているらしい。私は電話のモジュラーケーブルを抜いて、一足先に眠ることにした。

6◆不在の存在感
 ダイビング最終日は、朝から雨。何だか気分が乗らないのは、疲れがたまっているのと、天気と…。
 今日のダイビングは、朝8時半集合。若い女性の2人組が、2組来ている。24、5ってところか。片方はOL風の姉妹で、妹の方はパッと見、美人に見える(銀行員だそうだ)。姉の方は、私がいつも使うJTBの係の人に非常に良く似ていて、ちょっとオドロキ(今回はJTBを通さなかったので)。ふたりともアドバンストのCカードを持っている。もう1組の方は地味目で、かなり無愛想。4人とも70本以上のダイビングキャリアがあるようだ。
 今日は有名な「ロタホール」に潜れるかと期待していたが、入り江の外の西岸は海が荒れているようだ。行って行けないことはないみたいだが、木の葉のように舞うボートでゲロゲロになるのは御免だ。結局、1本目は「松運丸」になった。前とは少しコースを変えるとのこと。
 昼休みは、食事中もログブックを書いているときも、沈滞した空気が支配していた。かなり時間があるので、私と同行者氏は、テテトビーチに行って昼寝をすることに決めた(雨はあがっていたので)。
「また、誘ってくださいよ」
「何か今日はダメでしょ(オレはナンパ担当なのか?)」
「ノリの悪い人達ですよね」
真っ白な砂浜は、少し風が強い。その上、15分ほどしたら、雨が降り始めた。あわてて撤収し、車の幌を閉める。まだまだ時間があるので、ココナッツビレッジでに行って、コーヒーを飲むことにした。
 ショップに戻ると、女性陣の4人中3人は船を漕いで眠っている。「JTB姉」だけは、責任感が強いのか、見張り番のように起きていた。それにしても、なんだか澱んだ空気。
 ラストダイブは「コーラルガーデン」。何でも、第2次大戦中の沈船に不発弾があるのを最近爆破したとかで、名前とは裏腹の荒涼とした風景が広がっている。
 ショップに戻って荷物を片付け、精算を終えても、まだ陽が高かった。腹も減っていたので、近くにある「フィガロア」に行ってピザを頼んだ。ここには世界のビールが50種類くらい揃っている。床には落花生の殻が散乱しており、壁は落書きだらけ。トンガ・トンガとは違って、アメリカンな雰囲気が漂っている。私も同行者氏も、何となく口数が少ない。だが、出てきたピザはデカかった。トッピングはベーコン、マッシュルーム、ガーリック。味はなかなかだが、3、4人で食べるのが無難だろう。腹が苦しい。
 ピザを食べ終えると、同行者氏の水中写真のDPEが上がっていた。彼の写真も、少しずつ上達しているみたいだ。ホテルに戻ってシャワーを浴びても、いっこうに腹が減る気配はないので、水中写真の品評会を開始。150枚くらいのマリンブルーのプリントを床に並べて、椅子の上から眺めたら、それなりに壮観であった。同行者氏が
「他人に見せられそうなヤツを選んでくださいよ」
というので、ノンダイバーに受けが良さそうなものを選び始めた。なかなか良い作品でも、ほんの少しだけ構図の悪い部分があったりすると、
(Photoshopがあれば…)
と、職業意識が目覚めてしまう私である。
 前日のテーブルトップでの記念写真は、なかなか良い雰囲気のスナップに仕上がっていた。同行者氏は、
「何か、いい写真だなあ」
と、発言内容とは反対の不満そうな口調(ありゃりゃ)。彼が写っている方は、フレーミングが寄りすぎで、イマイチの出来。
 いつの間にか夢中になってしまい、マッサージ前に夕食を取るには厳しい時間だ。あわててレストランに行く。同行者氏は天ぷらソバを注文、私はスープとティラミス。ウェイトレス嬢が驚くので、フィガロアのピザの件を説明する。そのサイズを知っているので納得顔で、『今度から余ったら私に持って来てくれ』みたいなことを言っていた。同行者氏はピックアップした写真をレストランに持って来ていて、ウェイトレス嬢に見せたりしている。大きなイソギンチャクの写真を見て、『これは何だ?』と質問してくるが、英語で何て言うんだっけ?
 最後のマッサージは「フット&ハンド」、同行者氏は「スポーツマッサージ」だ。彼は昨夜「フット&ハンド」を受けていて、いちばん良かったとのこと。今日は天気が悪かったので、スパは大忙しだったようで、酒の回った同行者氏が、冗談半分にセラピスト嬢の肩を揉んでやると、大喜びしていた。
 「フット&ハンド」は確かに快適。自分の足が妙にツルンとしてしまったのには違和感があるが…。先に終わっていた同行者氏は、セラピスト嬢たちにも写真を見せている。
 部屋に戻り、水中写真の品評会の続きを行なう。同行者氏は夕食前にピックアップした写真をスパに忘れてきたようで、少々あせっていた。チェックアウトのついでに取りに行けばいいだろう。
 明日の飛行機は2時なので、朝はゆっくりでいい。今夜も忘れずにモジュラーケーブルを外そう。(おやすみ、ラストナイト!)

7◆遅れたカンガルー
 最終日。朝は8時半に起きた。日課のようにリビングでコーヒーを飲みながら、腸を活性化するために一服。帰国の日ともなれば、センチメンタルな気分になって、ため息のひとつも…、あれれ、何かウキウキしているみたいだ。
(何故だろう?)
ここで、ハタと思い当たった。例の彼女たちは前日の夕方にサイパンに去っているが、そこで1泊してショッピングを楽しんだ後、我々と同じ飛行機で成田に向かうのだ。ということは、必然的にサイパン空港の待合室で再会ということになる。たぶん、1時間半かそこらはあるだろう。…そうか、そういうことか。我ながらあきれるほど鈍い私は、ようやくのこと気が付いたわけだ。
 ガラガラのレストランで朝食を終えたのは10時過ぎ。のんびりと荷物のパッキングを開始する。同行者氏は昨晩のうちにあらかた済ませているらしく、プールに行ってしまった。とにかく予定のイベントを、すべて消化しないと気が済まないタチらしい。
 あまりのんびりしていたら、パッキングに1時間もかかってしまった。プールサイドに行ってみると、同行者氏がデッキチェアーでくつろいでいる。私は木陰のハンモッグへ。チェックアウト直前までは昼寝だ。そいうえば、3日前にここを案内したとき、彼女は小さい頃ハンモッグに寝かされていたとか言っていたっけ。そのうちに同行者氏は、スパに昨日置き忘れた写真を取りに行ってしまった。
 12時チェックアウトの15分前になったので、部屋に戻ることにした。フロントの前を通ると、スパのセラピスト嬢2名と行き会った。
「ハ〜イ」
にこやかな挨拶を交すと、『今日も夜9時は空いているよ』みたいなことを言うので、『今日は帰るんだ』と答えたら、『来年の予約は?』だとさ。その一言で、何だかスゴクまた来たくなってしまった。
 部屋に戻り、例の赤いコンバーチブルに荷物を積み込むと、フロントでチェックアウト。飛行機にはまだまだ時間があるので、レストランにお茶を飲みに行った。さっき朝飯を食べたばかりだが、機内食は夕方になる。何か軽く食べておかないと…。ふたりで冷やしソバを注文したが、1人前しか残っていないとのこと。私はチョコレートアイスに変更。例によってウェイトレス嬢が色々と言うので、『つい2時間前に朝飯を食べていたのを知っているでしょう』というような言い訳をした。ヒマなせいもあるのか、ウェイトレス嬢は我々のテーブル、というよりも同行者氏に付きっきりでおしゃべりをしている。どうやら2人は、以前にデートしたことがあるらしい。聞くともなしに聞いていると、ウェイトレス嬢が言った。
「I miss you.」
これを聞いた我が同行者氏は、いきなり私の方に向き直り、
「どういう意味?」
だとさ。私は深くタメ息をついてから、情感たっぷりに翻訳してやった。
 車に乗ってから私は、
「あの表現は便利だから覚えておくといいよ」
と、説教口調になってしまう。
「そういえば、そんな題の歌がありましたね」
(そうだよ、今井美樹かなんかだよ)
途中、ガソリンスタンドに寄ってから空港に到着。レンターカー屋のオバチャンは、車が出払っているのでカウンターを留守にしている。どうすんだ? 荷物をあずけたりしているうちに、オバチャン登場。あっという間に次の借り手が付いて、車が無くなっていたのにはビックリした。
 待合室はロックされたままなので、外のベンチでボンヤリ。斜め向かいには、ミニスカート&網タイツのケバいネエちゃんが足を組んで座っている。
「網タイツの模様に日焼けしたらどうすんだろうね」
と私。
「それも南国らしくていいんじゃないですか」
と同行者氏。
(そういうもんかあ?)
なんだか、飛行機は遅れるみたいだ。放送で何か言っているのだが、良く聞き取れない。ようやく待合室に入れるようになったのは、出発予定時刻を過ぎてからだった。
 滑走路脇には30人乗りの双発プロペラ機が3機止まっている。垂直尾翼にはカンガルーのマークと「SEINO」の文字。PIAはノースウェスト系ということになっているが、実際は西濃運輸、つまりカンガルー便だ。荷物の運搬をするトラックは宅配便そのもの。
「ロタ空港に飛行機が3台もいるなんて珍しい」
と同行者氏。それを聞いて私は不吉な考えが浮かんだ。
「機体交換じゃないの?」
良く見ると、ある飛行機から荷物を降ろして、別の飛行機に積み込んでいるようだ。
 そのうちに滑走路へ出るドアが開かれて、係員が何かを言っていたが、詳細は聞き取れなくても、その中に『グアム』という言葉が混じっているのはわかった。網タイツのネエちゃんたちが、風を受けながら滑走路を行く。サイパン行きの出発は大丈夫なのだろうか?

8◆サイパン…そして成田
 ロタ空港の待合室の窓の外では、のどかに荷物の積み替えが続いている。そのうちに、係の女性がボーディングカードのチェックに巡回してきた。まあ、予備の飛行機が来ているんだから、飛ぶことは間違いないだろうが、問題は時間だ。サイパン発の飛行機に間に合わないと困る。でも、航空会社持ちでサイパン1泊というのも、悪くないか…。
 しばし後、『お待たせしました!』という感じで滑走路側のドアが開け放たれた。プロペラからの風の中、機体後部のドアに向かう。ようやく座席に座り離陸を待っていると、周囲で何やら混乱が発生している。どうやら、同じ座席番号のボーディングカードが重複して発行されているらしい。気の弱い人は右往左往している。そのうちに、どこかのグループの幹事のような人が大きな声で言った。
「自由席だと思って空いているところに座りましょう!」
このひと言で機内は落ち着きを取り戻した。
 タクシング開始。遅れは間もなく1時間になろうとしている。フルペイロードに近いのか、スタンディングテイクオフだ。あまり高度の高くない30分のフライトだが、遅れているために長く感じる。高度を下げて見えてきた陸地がサイパンかと思ったら、その手前のテニアン島だった。
 着陸してしまえば、小さな飛行機は素早い。すぐに降りて荷物の受け取りへ。幸いなことに、1番で荷物が出てくる。そのまま成田行きのチェックインに直行しようと思っていたのだが、同行者氏はマイレージの手続きにこだわる。
「帰ってからでもできるでしょう」
私の言い方も、さすがにきつくなってしまった。チェックインカウンターの列には、まだ3組みほどの乗客が残っていた。とりあえず乗り遅れる心配は無い。いざとなったら、私の荷物は機内に持ち込めるし…。私の後には誰も並んでいない。
 安心したのも束の間、前に並んだ乗客に何かトラブルがあるのか、列はなかなか進まない。それとも、南国特有のノンキさのなせるワザだろうか。すでに離陸予定時刻まで30分を切っている。ようやく私の番になると、私自身の手続きは、あっという間に終わってしまった。
 スロープを上がり、セキュリティチェックを済ませると、免税店街に出る。そこを抜けると待合室だ。すでに搭乗が開始されているらしく、改札ゲートの前には列ができている。見た感じ、3分の2くらいの乗客の搭乗が済んでいるようだ。
(そういうサダメか…)
とりあえず、列が短くなるまで待とうと思い、見晴らしの良い席を物色していると、同行者氏は
「まあ、そのへんに座っていてください」
と、どこかへ消えてしまった。
 あまのじゃくな私は座るのをやめて、待合室を一巡することにし、奥の方へ向かう。途中、若い日本人女性が、
「シャッター、お願いします」
と、声をかけてきた。どこへ行っても私はシャッターを頼まれやすい。なぜか道を聞かれることも多い。どこで写すのかと思って後について行くと、約15メートルほど離れたところに、その女性の連れがいた。
(オイオイ、オレに頼むまでに、少なくとも10人は日本人観光客がいたはずだゾ…)
背後にリゾッチャが入るように写真を取り、巡回を続行。
 これで待合室のほぼ全域を見たはずだ。
(これがサダメだ)
そう思って、初めに座ろうと思っていたあたりに戻ってくると、
(ドキッ!)
前方約3メートルの後ろ姿は、彼女ではないのか? 遠くを見ながら、反時計回りにゆっくりと向きを変えている。まるで誰かを探しているかのように…。
(ドキドキ)
90度向きを変えたところで停止。左の横顔を確認。やっぱり彼女だ。まだ、視線は遠くを見回している。少し固い表情。
(ひょっとして、オレを探しているのかな)
真横にいる私に気付かないので、普通に名字+「さん」付けで呼びかけようとしたが、口から出たのは違っていた。
「『インチキな踊り子』さん」
素早く彼女が振り向く。
「あっ、ど〜も〜」(広がる笑顔!)
「何か、飛行機、遅れちゃってさぁ」
「ウチラなんか早く着きすぎちゃって…」
何となく一緒に歩き始める。きっと、彼女が歩いて行く先に、他の人々もいるのだろう。
 が、5メートルも歩かないうちに、正面から同行者氏が現われた。
「写真できてるから見せてもらえば」
と私。
「あっ、どうも」
と、トイレからパパ氏も登場。
「オレも便所行っておこうっと」
何故かその場から消えてしまう私。
 先ほど巡回したときに、1ヶ所だけ死角をを見逃していた。トイレから出てそこに行くと、他のみんなが集まって同行者氏の写真を見ている。とりあえず、一通り写真を見たところで、そろそろ乗ろうかという流れになった。
 もう、列は短い。改札を抜けると、半屋外の通路が続いている。パパ氏らは、最後の一服と記念撮影を開始、同行者氏も写真を撮っていたと思ったら、どこかへ消えてしまった。結果的に彼女と2人で並んで、黙ったまま長い通路を歩いた。横に彼女の存在を感じつつ、私は勝手に回想モードに入ってしまう。
(まっ、いろいろあったな…)
しかし、機体の前まで来たときに気が付いた。彼女が黙っていたのは、手土産の荷物が重いからではないのか?
「ゴメン、荷物持ってあげなくて…」
「ダイジョブっす」
良く見れば、ぜんぜん大丈夫そうではない。でも、ここで持ってあげるのは、全くの無意味だ。機内の座席は離れていたので、入り口で黙って別れた。
 席に着いてから離陸までは早かった。離陸直後は低空で向きを変えるため、窓の外に海面が盛り上がる(最初はエンジン不調で上昇できないのかと思って驚いたが…)。
 飲み物のサービスの時、スチュワーデスがミネラルウォーターの栓を開けるのに失敗し、私に飛沫を浴びせかけた。水だったから、
「ノー・プロブレム」
と受け流していたのだが、非常に恐縮していた。そのうちに高度が上がって寒くなったのと、日本の気候を考慮して、トイレで長袖のシャツに着替えたのだが、それを見たスチュワーデスはカン違いしたらしく、お詫びにワインとシャンパンをお土産にと言って持ってきた。さすがに重いので、ワインだけをもらうことにする。
 成田に着くと、出口に近かった私は、すぐに通路へ出た。動く歩道上で同行者氏は、
「いろいろと至らない点もあったかと思いますが…」
などと添乗員のような挨拶をしている。
「まっ、ホモには気を付けないとね」
と私。
 思いのほか入国審査は空いており、これでは荷物を待つハメになるかと思っていたら、これもすぐに出てきた。税関は多少の列ができていたため、私は空いている左側へと流れて行く。ロビーに出て時計を見ると、ホテルの駐車場へ行くシャトルバスまで20分ある。外に出ても寒いだけなので、直前までロビーにいることにした。たぶん後から出てくる彼女らに、ちょっと挨拶もしておきたいし…。
「メシは家で食いますよね」
と同行者氏。うなずいてあっさりと別れる。
 10分ほどロビーでボンヤリと出て来る人々を見ていたが、彼女らは現われない。ふと掲示板を見ると、出迎えの人々への案内は、我々の乗ってきた飛行機の便名を表示していない。そう、私は税関を出るときに、左側に移動しすぎたのだ。普通は、もうひとつの出口を使う。そちらの出口の前にも行ってみたが、ほとんどの乗客は通過済みのようだった。成田でも会えることを当然と考えていただけに、自分のマヌケさには苦笑を禁じ得ない。バスの時刻が近付いてくる。5分前になったとき、さすがにあきらめて、ロビーを後にして外に出た。
(これもサダメか…)
3月の夕刻にしては、外は意外に暖かだった。

折中 良樹