■ヒル、恐るべし(1998年)
6月13〜14日の土日はボーイスカウトの夏季キャンプの下見で、静岡県の大井川方面に出かけた。メンバーは私、K掘、F長、T木、そして高校生のS源君を加えた5名だ。朝9時に出発したが、日本坂トンネル付近の渋滞で、現地に着いたのは午後2時頃だった。
遅い昼食を取るために千頭の田舎屋という店に入ったが、マイクロバスの団体さんで混み合っている。店は主人と調理人の2名で切り盛りしているらしく、なかなか大変そう。我々のテーブルに残った食器もなかなか片付かない。最初は紙おしぼりや割り箸をまとめたり、ドンブリを重ねたりしていたが、なかなかラチがあかないので、奥に御盆を借りに行き、自前で片付けを開始した。さらに、お湯と急須を借りてきて、自分達でお茶を出した。割り箸や七味も足りないようなので、これも奥から補充。ここまではよくあるお話なのだが、何とK掘は奥からボールペンと伝票を持ち出し、注文を取り始めた。もちろん、当然のように調理場へオーダーを通す。
他の客が帰って静かになったところで、店の主人は煎餅を出してくれた。小学生がハイキングに行くような場所で、付近に面白い所がないかなどを質問し、午後3時半過ぎに出発。
まずは教わった接阻峡付近の鉄橋を踏査。トロッコ列車用の高さ70メートル程の鉄橋が、通行可能になっている。見た目は恐そうだが、歩いてみるとそれほどでもない、
しかし、手すりから顔を出してみると、カッパのフードから落ちる水滴が高さを物語る。
次は接阻峡の遊歩道を調査したかったのだが、時間切れで入り口を確認しただけでキャンプ場へ。久野脇キャンプ場では折からの雨でキャンセル客が続出したらしく、係員も帰ってしまった模様。問い合わせたら勝手に始めていて良いとのことで、もちろん貸し切り状態。テントチームと調理チームに分れて作業開始。
翌朝も雨は止まない。朝食と片付けを終えて8時頃キャンプ場を出発。昨日の課題だった接阻峡遊歩道の踏査にかかる。道は割合に整備されている方だが、通る人が少ないのか少し荒れ始めている。距離が短くアップダウンも少ないので、小学校低学年でも大丈夫そうだ。15分ほど行くと小さな展望スペースがあり、崖に木製のテラスのようなものが張り出している。簡単なテーブルと椅子もあるので、弁当を食べるのにいいだろう。さらに先に進むと吊り橋が2つ。手前の橋の方は少し揺れるが、2番目は頑丈だ。奥は行き止まりになっているので、写真を撮りながら同じ道を引き返す。
途中、T木が靴のヒモを結び直すために立ち止まったが、早々に車を止めた公衆便所の前に戻った。
T木「オレ、ヒルに喰われてるけど、みんな大丈夫?」
一同「えっ?」
ズボンをまくってみると、両足のスネに各5匹程の山蛭が食らい付いている。
「ひえ〜!」
濃い茶褐色のナメクジに似ているが、頭部は小さくて鋭く、動き方は尺取り虫のような感じだ。喫煙者はあわててタバコとライターを取り出す。
「頭が残るから無理に取るなよ!」
「焼き殺せ!」
「え〜い、死ね、死ね!」
良く見ると、靴の中にも靴下の中にも、ズボンの裏にも入り込んでいる。いったいどうやって取り付いたのだろう? カッパの上下を着ていたし、ぬかるみに入ったわけでもなく、だいたいほとんど立ち止まらなかったぞ。
しばし騒然とした駆除作業が一段落すると、公衆便所の前は、殺人事件があったように血まみれになっていた。噛まれたキズからの出血が止まらないのと、たらふく血を吸ったヒルを叩き潰したせいだ。雨で良かった。
通りかかった地元のオバチャンは、
「雨の日に行くもんじゃねえ、温泉に寄ってきな」
とのこと。温泉に血止めの効用でもあるのかと思ったら、服を全て脱げば駆除の確認ができるとのこと。ナルホド…。
車の持ち主が乗車に異論があるようなので、徒歩にて接阻峡温泉会館へ。まだヒルが居るかもしれない靴を履くのはイヤなので、車に積んであった靴を借りることにしたのだが、足のサイズが30センチ以上もあるS源君は止むを得ず裸足。
ふと後ろを振り返ったT木がK掘に一言。
「ねえ、まだ首に付いてるよ」
再度ダバコの登場だ。温泉の脱衣場ではスネから血を流しながら相互に安全を確認。こころなしか他の客の視線が…。
帰る時も慎重に衣類をチェックしながら身に付ける。しかし、湿って暖まった体から出血が止まるはずもない。床に落ちた血痕を慌ててタオルで拭き取るが、血まみれのタオルも充分に人目を集める。
車に戻ると脱力して睡魔が襲ってくるが、足に何かが触れるだけで、「ビクッ」として目が覚める。眠ったとしても悪夢を見てしまいそうだ。出血は不愉快だが痛みはほとんど無い。
何が不愉快かって、生理的嫌悪感以外の何者でもない。第二次大戦の折に南方戦線へ派遣された人々は、さぞや大変だったことだろう。彼等には温泉も、その日に帰れる家もなかったのだから…。
折中 良樹