■ただテニアン

★旅のデータ
 期間  :2001年4月9日(月)〜14日(土)
 行き先 :北マリアナ諸島連邦(CMNI)/テニアン島(サイパンの隣の島)
 宿泊施設:テニアン・ダイナスティ・ホテル&カジノ
 交通手段:サイパンまでノースウエスト航空+テニアンへはフリーダムエア
 メンバー:私、妻、チビ助(♀/2才2ヶ月)
☆マイレージの特典と円高時に両替えしておいたドルを使った事実上タダの旅行。
 海は非常に奇麗だったが、ホテルのサービスの方は…。2才のチビ助もナカナカ大変。

◆プロローグ
 2000年末から1月にかけてMacの単行本の執筆が忙しく、脱稿したら温泉でも行こうと思っていたのだが、帯状疱疹になってしまい、2月一杯は療養生活を余儀なくされてしまった。そんな沈滞したある日、コンチネンタル航空から1通の郵便が届いた。何とマイレージの友人紹介キャンペーンのボーナスマイルが3万マイルも追加されているという。どうやら、かかりつけの歯医者の衛生士が入会して旅行したらしい。これまでの4万マイル余りと合わせると7万マイル以上となり、アジア太平洋圏内なら3名分の無料チケットがゲットできる。これは是非とも行かなくては!
 あれこれ行き先を考えて、第1候補はヤップ島。しかし、インターネットで飛行機のスケジュールを調べてみると、どうも乗り継ぎが悪い。それではとパラオ、バリ、ケアンズなども調べるのだが、夜行だったり、待ち時間が長かったりと、どうも子連れには都合が悪い。かといって、グアムやサイパンでは面白くないし、ロタやセブはもう充分という感じだ。そこで、まだ行っていないテニアンに行くことにした。小規模なコテージ風の宿が好みなのだが、安全策でダイナスティに泊まることに。マイルが少なくて済むオフシーズンは4月14日までか5月15日以降となる。少しせわしないかもしれないが、4月9日の出発で予定を立て、いつもの旅行屋さんは松本に転勤になるとのことで、宿の手配も自前で行なった。

●4月8日(日)−−前泊
 私は外出先から午後1時過ぎに帰宅し、近所で買った千代田寿司を食べる。出発前に妻がゴミを集積場に出しに行ったところ、チビ助は置いて行かれたと勘違いして大泣き。最後に冷蔵庫内を点検したところ、昨晩食べるはずだったのに忘れていたホタルイカを発見。とりあえずクーラーバッグに入れて持っていくことにした。結局、家を出たのは2時10分ごろ。環7、湾岸ともに空いていて、チビ助が大井あたりで寝入ったこともあり、成田まで直行したため、4時前にはリーガロイヤルに到着した。元暴走族の人の結婚式でもあったのか、駐車場にはセンスの悪い車が多い。部屋は10階の1001号室。空港側ではなくて、成田山の塔が見える方だ。
 落ち着いた後でTOPフロアーに飛行機を見に行く。今日の風向きだと着陸便が良くみえるようだ。次はロビーのアライグマを探しに行くが、今回も見つからない。ひょっとして密かにリストラされたのでは? 噴水でしばし遊んだ後、ケーキを買って部屋に戻り、苺ショート、ショコラ、シュークリームを部屋で食す。
 夕食のルームサービスを注文し、届くまでの間に風呂を済ませる。メニューはチビ助には鶏の唐揚げとポテトフライ、妻はクラブサンド、私はポタージュとビーフカレーにした。リーガのルームサービスはメニューが少ないので、前回と違うものを食べようとすると、自然と選択範囲が限られてくる。子供が生まれてからメインダイニングの「シャンボール」で食べていないから断言はできないのが、何だかだんだんと味が落ちているような気がする。ロイヤルで食べた方がいいかも…。片付けは自分で廊下に出しておくという点も少し寂しい。…と、またしてもホタルイカを忘れるところだった。危ない、危ない。
 今日は早起きだったというのに、やはりチビ助はすんなり寝てはくれない。結局、10時前には両親の方が先に眠ってしまった。

●4月9日(月)−−第1日目
 朝は6時過ぎに起床し、出発準備をする。7時半ごろにチェックアウトを済ませ、7時47分のバスで第1ターミナルへ。久々の第1ターミナルは新しくなっていて、前は閉鎖されていた北ウイングでチェックインだ。ノースウエスト航空と言えば経費節減で素早く出発したいらしく、いつもせかされて怒られているイメージがあるが、予想外に親切な感じで説明してくれた。でも、時間についてはしっかり脅していたが…。
 続いてチビ助の旅行保険に入る。行き先の欄に「テニアン」と書いたら、「中国ですか?」と聞かれてしまった。「マリアナ諸島です。ミクロネシアの方の…」と答えると、今度は端末で「オセアニア」に設定しようとしている。他の選択肢を見て私は「サイパンにしておいてください」と伝えた。けげんそうに「いいんですか?」と問われるので、「同じ国だから大丈夫でしょう」と切り抜ける。やっぱ、一般的にはマイナーな地名かもしれない。
 次は案内表示のタッチパネルでキッズルームをチェック。中央ビルの3階とのことで、その方面に移動。目に付いた売店でバスフォームを買った後に探し回るが、中央ビルに3階は無いようだ。先ほどの売店でたずねると、出国後ではないかとのことなので、セキュリティチェックに行列する。チビ助は少しイカれていて、パンを投げたりしている。出国審査の手前では、とうとうベビーカーから転落してしまった。こういうとき、外人さんは手を差し伸べるのが素早い。感心である。免税店でタバコを購入してから、ようやくプレイルームに到着。搭乗ゲートに近いのがありがたい。受付で名前を書くようになっていて、前の人のを参考にしようと見ると、「年齢:30才」とある。係員に「これは保護者の名前を書くんですか?」と問うと、「遊ぶ本人を」とのことだ。「???」だったが、入ってみて納得。ここはソニーとナムコの提供なのか、まるで「プレステ」ルームのようだった。幼児には第2ターミナルのプレイルームの方が良かったようだ。サイパン便なので後から続々とファミリーがやって来たこともあり、我々は早々に退散して飛行機と水槽の魚を見た後、カフェテリアでラーメンと硬焼きそばを食す。そのうちに搭乗開始のアナウンスがあったため、カフェテリアを出てゲートの近くへ移動。列が短くなるまでは機体の見える窓際で待つ。相変わらずチビ助は暴走気味で、勝手に歩き回っている。そろそろ並んでいる人がいなくなってきたタイミングをみはからって、ゲートへ向かうと、数人の西洋人の子供がキックスケーターに乗って現れた。あんなもんを機内に持ちこんでいいのか?
 入り口でベビーカーを預けて、NW76便の機内に入る。座席は右側の窓際、エコノミーの前から2列目だ。チビ助がうるさいかもしれないので先に周囲の人に挨拶をしておこうと思ったが、前列の人はビジネスクラスの椅子に移動してしまった。勝手にそんなことしていいのか? 左側の中央列の席は子連れの西洋人ファミリーなので気づかいは無用だろう。離陸は10時半ごろ。気流のせいなのか、けっこう揺れる。機内食は良く冷えた唐揚げとハンバーガー&フルーツのパンチで、チキンorビーフのような選択の余地は無い。水はエビアンのボトルを配布、ワインも小ボトルでサービス効率を追求しているようだ。食後のコーヒーは通常の配布予定だった模様だが、揺れのため中止になってしまった。映画は「Pay It Forward」。アメリカ人家族のグループがにぎやかで、斜め前の中年(初老?)カップルは酒飲みだ。何かの拍子に私のところまでビールのしぶきが飛んできた。
 3時少し前にサイパンに到着。サイパン空港は改修が進んでいて、ゲートからの距離が長い。入国審査は係員の好意により子連れは空いている「U.S.Citizen」用を通る。税関も素早く通過。出口でJTBの人に国内線の方向を聞く。カウンターで尋ねると、PIAは3時15分が出た後で、次の4時15分には空きがあるとのこと。フリーダムエアは4時発で空席があるそうなのでコレに決定。名前と体重を申告して荷物を預ける。往復チケットにして、帰りの11時5分の便も予約。売店で飲み物を買う。りんごジュースかと思ったブリックパックはミルクティーのアップルティーだった(マズイ!)。またしてもチビ助は暴走ぎみで、丸めた紙を投げて喜び、待合室のおじさんにかまってもらう。掃除の人の帚も気になるようだ。搭乗の呼び出しは個人別に名前を呼ばれるが、一人足りないらしい。待っていると、PIAのパイロットのミッチーを目撃。彼はいつも手配を頼む旅行屋さんの友人で、前回ロタから帰るときの機長だった。機体は6〜7人乗りのビーチボナンザのようなやつ。乗りこむときに機体の前を回ろうとしたら注意された。プロペラが危険だからだろう。客は我々3人の他に2名で、自動車のタイヤを運ぶ謎の人物がいる。買い出しなのだろうか。機体が軽いため、滑走路の3分の1も使わないうちに離陸して旋回し、高度300メートルくらいで巡航。わずか10分ほどの飛行でテニアン空港に到着。空港は小ぢんまりしていて誰もいない。直通電話でホテルにピックアップを頼む。周囲を散策中に車が到着し、10分ほどでテニアン・ダイナスティ・ホテル&カジノ(天寧皇朝酒楼)へ。正面の噴水の前にあった横断幕の「Welcome Boot Camp 2001」という表示が不吉なものを予感させる。建物は普通のホテル建築だが、ネオンが東海地方のパチンコ屋のようだ。目指したのはラスベガスなのかもしれないが…。
 ロビーは広い。受付嬢は日本語の勉強中らしく、日本人スタッフに言うべき日本語を耳うちされているが、自信が無いようで英語で通していた。エレベーターホールにはやけに多くの少年たちがウロウロしている。何だか夏休みに熱海や伊東の温泉ホテルに来たみたいだ。部屋は425号室。まあまあの広さのクイーンサイズのベッドルームで、風呂は普通、テラスは無いが、床から天井までの窓がサンルーム風になっている。良く言えば夕日が美しい、悪く言えば西日がきつい部屋である。ひょっとして名鉄フレミングホテルの方がボロくても落ち着けたかもしれないなと、チョット後悔してしまった。とりあえず遮光カーテンを半分閉めた。
 妻は飛行機や空港で周囲に気づかいをしすぎたのか、ヘロヘロになったようで横になっている。5時少し前からチビ助と私は周辺探索を兼ねた散歩に出発。まずはレストランと売店の位置をチェック。プールを見てからキッズコーナー(プレイグラウンド)へ。しばし滑り台の階段で遊ぶ。次はホテルの敷地から出て、道路を渡ってすぐのタガビーチへ。タガビーチは崖の下にある本当に小さなビーチで、方角的には午前中は日陰になると期待できる。隣には徒歩2、3分でタチョンガビーチがある。こちらは少し広くて、休息用のあずまややマリン・アクティビティのカウンターがある。パラソルとデッキチェアーも借りられるようだが、夕方なので撤収中であった。どちらのビーチも近いのがうれしい。透明度も高いようだ。帰りがけにタガビーチの手前の芝生で遊ぼうとしてチビ助をベビーカーから降ろしたのだが、海に向かって暴走を開始。仕方ないので、だっこでビーチに降りた。タガビーチは崖下で幅は15メートルほど。金属製の階段と飛び込み岩がある。人が少なく、砂も水も本当に綺麗で、ゴミも無く、明日は楽しめそうな感じだ。でも、満潮時には砂浜が水没してしまうかもしれない。6時ごろホテルに戻り、売店で飲み物を買って部屋へ。
 その後は少し部屋で遊んでから夕食の調査へ。まず和食の「嵯峨野」でメニューとフロアを見せてもらう。個室があるし、疲れていたので安易に決定。妻は「松華堂弁当」、私は「天ぷら御膳」、チビ助には「なめこの味噌汁」をオーダーした。食べた印象としては「藍屋」か「夢庵」のような感じで、不便な南の島にしてはがんばっているかもしれないが…。
 入浴後、バスタブが排水不能になる。とりあえず朝まで放っておくことにした。

●4月10日(火)−−第2日目
 朝食は通常のバイキングだ。まあ、こんなもんだろうという感じ。その場で卵を焼いてくれるが、それは決して一流の証明にはならない。気づかいで少々疲れたが、何とか無事に乗り切った。
 風呂の排水を直してもらい、午前中はタガビーチへ。予想通りビーチは日陰になっている。先に日本人の男3人組が来ていて、少しビビりつつ飛び込み岩から飛び込んだりしている。今日はビーチに少しゴミがあるゾ! チビ助は岩に砕ける波が楽しいらしく、「あぬない」(危ない)と言って喜んでいる。けっこう魚もいるようなので、明日はフィンを持ってこよう。
 部屋に戻って、泳いだから疲れて寝るかと思ったが、あいかわらず寝ないチビ助である。そこで、暑い中をサンホセ村へ行くことにした。日焼け対策をして傘をさして出発。目指すは子供服が充実しているという噂のロージー(ロッシー?)の店だ。10分ほど歩いた「ミョンドン」というガソリンスタンド兼スーパーで道をきく。そこでアイスと牛乳を買って、村内をぐるぐる。炎天下にベビーカーを押して歩く家族が怪しいのか、通る車から怪訝な視線をあびてしまった。野球場から官庁街?を通り、タガ遺跡の井戸の近くで休む。ちょっと限界のようなので、今回は帰りに再度ミョンドンで買い出ししてホテルに帰った。さすがに疲れたのか昼寝。買ってきたパンとSPAM(ホット&スパイシー)で昼食を済ませる。
 夕方はプレイグラウンドで少し遊んでからタチョンガビーチへ。夕日が綺麗だ。小さな蟹がいるので、つかまえてチビ助に渡すが、すぐに逃げられてしまった。
 夕食はメインダイニングの中華レストランに行ってみた。チビ助は麺類が好きなので、2種類を頼もうとしたら、ウエイトレスによれば量が多いとのことで、蟹と卵のヌードルスープだけを注文した。少し待つと飲み物が出てきたが、料理の方はなかなか出て来ない。麺類なのでそんなに時間がかかるはずはないのだが…。けっこう空席も目立つし、いいかげん30分以上経ってるぞ。妻は怒り始めるが、こんなときに限って、いつもは落ち着きの無いチビ助が、けなげに座っている。妻がウエイターに「Too late」と告げると、「I'll check it.」とのことだが、他のテーブルを回ったりしていて、チェックするような気配も無い。更に数分後、ウエイトレスに「We've waited over 30 minuites. We can't wait any more.」と私がかなり強い調子で告げると、さすがに伝票をチェックしに行った。少し様子を見たが改善の気配も返答も無いため、席を立ってチビ助をベビーカーに乗せると、さすがに慌てたらしく、引きとめにきた。「Just moment. Few Minuites」とか言うので、「How long should we wait? Only one dish! First dish! What time can we eat?」とか叫びながらウエイトレスの表情を見たが、ぜんぜん申し訳なさそうな表情ではなかった。クレームには慣れっこらしい。そうこう問答をするうちに、出来上がったという合図があったらしく、表現が「Already」に変わった。
 ようやく来たが、予想していたメニューとは少し違っていた。しかも、マズイ。事前に調べたインターネットの旅行記のホームページで「ジャスミン茶が一番うまい」と書いてあった本当の意味が良くわかった。チビ助もあまり食べない。ふと見ると隣の日本人女性2人も長く待っているようなので、「文句言わなきゃダメだよ。日本人はナメられてんだから」と余計かもしれないアドバイス。料理が出てから約5分で食事を終了。妻曰く、「二度と行かない」。同感である。
 部屋で非常用に用意していたアルファー米と味噌汁を作り、泡風呂に入って寝ようとしたが、チビ助はイカれて部屋で走り回るのであった。

●4月11日(水)−−第3日目
 昨日のSPAMのせいか、朝から尻が痛い。朝食は前日と同様にバイキング。ベビーチェアが不足しているらしく、しばらく普通の椅子にチビ助を座らせていたが、しばらくして椅子を交換したら大泣きを始めてしまい。交代で外をウロウロすることになってしまった。後で妻が言うには、椅子の件に関わったウエイトレスは昨夜の中華と同一人物らしく、表情が硬かったらしい。ぜんぜん気づかなかった。
 既に習慣化したかのように、午前中はタガビーチへ。今日はフィンを持って行く。早々に蟹の抜け殻を2匹分ゲット。例のBoot Campの中の大きめのガキが来ていて、何だか荷物が危ない気配もあって気分が落ち着かない。フィンのおかげで水中の様子の概要は把握できた。それなりにお馴染みの魚たちを見ることができる。タチョンガビーチとの間にある珊瑚礁が良いようだ。
 今日もサンホセタウンへ。長袖、水かけで昨日よりも防備を厚くする。まず、学校指定の店に入り、絵の具、SPAM、カップラーメンを買う。店員にロッシーの店の場所を聞くが、やはり見つからない。結局ミョンドンの店で買い出しをして帰ることに。串焼きバーベキューを見つけたのはヒットだった。帰りがけにチビ助は眠ってしまった。
 昼食は買ってきたオイルサーディン、バーベキュー、パン、チーズを部屋で食べて済ませ、夕方はタチョンガビーチへ。ホテルに戻って来ると、入り口でビッグバードのような衣装のロシア人のセクシーお姉さん2名がビラ配りをしていた。西日で乾かした蟹の抜け殻は、急激な温度変化に耐えられなかったらしく、粉々に砕けてしまった。泡風呂に入った後、ルームサービスを頼む。メニューはハンバーガーとスパゲティボロネーズだ。値段はリーズナブルで味もそこそこいける。
 夕食後は星を見に行く。ネオンや照明が多いので、暗い場所を探すがひと苦労だ。うっすらと天の川が見え、流れ星もいくつか。帰り際に洋食レストランをチェックしてみると、夜は土日しか営業していないらしい。これでもうレストランに行くこともないだろう。妻曰く、「このホテルに金を落とす必要は無い」とのこと。またしても同感である。

●4月12日(木)−−第4日目
 朝食はパンとSPAM(今度は辛くない)で済ます。もはやレストランには行かないのである。例によってタガビーチに向かうと、途中のヤシ?の花?にたくさんのハチがたかっている。タガビーチでは西洋人の家族のお父さんが張り切っており、兄は大きな穴を掘っている。その後、赤ちゃん連れの東洋人家族が来る。チビ助は眠いようで、いまいち冴えない。そして、撤収すべく崖の上に出ると、ベビーカーが行方不明になっている。盗まれたか? でも、あんなもんを盗んでどうするんだ。狭い島だから、すぐにバレるぞ。おそらくイタズラで、どこかにほっぽられているにちがいない。タチョンガビーチの客引きのお兄さんに聞いてみると、隣のあずまやのところにあるらしい。やっぱりイタズラされたようだ。気を付けなくっちゃ。ちなみに、ベビーカーは「Stroller」と言うしい。帰りがけに緑のトカゲを目撃。
 泡風呂に入り、昼食に行くが、嵯峨野は休み、洋食はバイキングのみ。もちろん中華も休みだ。やはりダイナスティには金を落とさないようになっているらしい。そこで、ホテル内にあるレンタカー屋へ行き、小さな車を3時間借りることにした。バジェットは車が出払っているようで、ハーツになった。私が手続きをしている間に、妻はバジェットの係員に良いレストランは無いかを聞く。シートベルトの関係なのかチビ助の年齢を聞かれ、2才と言うと、「大きい」と言われる。そんなことは初めてだ。どうやら痩せているために背が高く見えるらしい。妻が部屋にサングラスや帽子などを取りに行っている間に、車のところに行きながらハーツの係りの女性とアレコレ話す。Boot Campはグアムとサイパンから来たらしい。語る口調に苦々しさがあふれているので、同意を示しておく。車はターセル。まずはテニアン・ホテルのレストランへ。ドアにマスターカードのステッカーが貼ってあるが、聞いてみるとクレジットカードは使えないらしい。ポケットに現金は20ドルほどしかない。そこで私だけホテルにお金を取りに戻ることにした。
 ロビーはBoot Campが帰るためにごった返している。待っている間に眠いチビ助はイカれて大変だったようだ。妻はキレる寸前? 暑くて大音響の音楽が流れる屋外に連れ出したら、さすがのチビ助も少しは反省したようだ。注文した「てりやきビーフ」は肉入り野菜いためのよう。ホワイトソースがかかったカツのようなスパイシービーフはけっこう美味かった。量の多い味噌汁は昔の給食を髣髴させる。ごはんはスチームのインディカが大盛りだ。あとはコーラ×2で計18ドルと、とっても安い。
 ドライブは時計回りか反対しかルートに選択の余地が無いので、反時計回りの方向に出発、旧日本軍の通信所を通りすぎ、何だか良くわからない案内表示があったので、メインストリートから右折してしばらく海の方へ向かってみたところ、道路の脇が燃えている。山火事? 放火? それとも焼き畑か? とりあえず車に引火しては大変なので、元の道を引き返す。神社の跡を過ぎると、不発弾危険のエリアが海沿いに続いている。神社付近でも路肩が燃えていたので、意図的に路肩の雑草を燃やしているのかもしれない。
 危険エリアのフェンスが途切れたところに道らしきものがあり、車が止まっているが案内板はない。ここがブローホール(塩吹き岩)だろうか。止まっている車はバジェットのレンタカーで、西洋人の男性が2名いた。彼らが帰ろうとするので、カメラのシャッターを依頼した。気のいい人たちのようで、潮が吹き上げるタイミングを狙って撮影してくれたようだ。海の青が美しく、チビ助は降りたがるのだが、人が立ち入ることができるような地形ではない。後から韓国人の団体が現れたので、早々に退散することにした。
 さらに進むと、旧日本軍の飛行場跡のエリアになる。車内から原爆搭載地点などを見て、指令部跡の方へ向かっていると、前ら来た車がすれ違い時に声をかけてきた。タバコの火を貸してほしかったらしい。指令部は発見できなかったため、韓国人グループの追撃をかわすべく、星の砂があるというチュルビーチへ急ぐ。車を降りてみたが、有孔虫類の骨格は擦り減ってしまっているらしく、星型のものは見つからなかった。帰りはタウンの中を通り、ミョンドンで給油と買い出しを済ませてホテルへ。
 疲れたので私も昼寝したら、少し寝すぎてしまった。起きてからバーベキューとカップラーメンを食べる。買ってきたラーメンはマルタイのようなレトロな味がした。今日の行動もあるが、これまでアレコレ実績を積み重ねているチビ助は、妻にとっても怒られたのであった。
 夕方はタチョンガビーチへ。妻はシュノーケルにいそしむ。海は少し荒れ始めている。波打ち際で遊んでいたチビ助は、波に一発やられてしまった。その後しばし浮き輪で漂っていると、さかんに岸に行けと指をさす。何だろうと思ったら、通りがかった韓国人団体の中の帽子とサングラスの女性をママと勘違いして追いかけようとしたようだ。近くまで行ったら間違いに気づくかと思いきや、さかんに「だっこ、だっこ」と泣き叫びながらまとわりついて、てんで気づく気配も無い。そのうち韓国の人々も事情を理解したらしく、皆で笑いながら相手をしてくれ、さらにビデオに撮られてしまった。チビ助の泣き虫は世界的な名声を博すかも? しかし、その程度の服装の類似でだまされるなら、誰でも大丈夫なのかもしれない。パタリロの玉ネギ部隊みたいに人数を揃えたら楽ができるだろう。妻が戻ってきても、すぐには気づかない間抜けなチビ助なのであった。
 暗くなる頃に部屋に戻り、泡風呂。夕食はルームサービスで、クラブハウスサンドと、シーザーサラダ、それに赤いスープを食べた。

●4月13日(金)−−第5日目
 朝は例によって買っておいたものでいいかげんに済ませる。相変わらずのチビ助は怒られながらラーメンを食うのであった。
 午前中はタガビーチへ。今日は誰もいない。それもそのはず、風が強くて波が荒く、泳ぐには少し危険な状態であった。早々に撤退してプールへ移動。プールにはウォータースライダーなどもあり、それなりに楽しく遊べるが、Tシャツを着て泳げないため、日焼けがキツそうだ。近くにいた韓国ファミリーの子供に「アンニョン」と言われても、やはり無愛想なチビ助である。ファミリーのお父さんは張り切っている。どこでもそうなのだろうか。私にはそんな根性は無い。部屋に帰るとき、庭の池に黒い魚が群れているので、ポテコを投げてみた。
 ロビーでケーキを買い、部屋で泡風呂に入る。ケーキはまあまあ。ルームサービスは焼きソバを頼んだが、来たのは焼き飯だった。まあ、美味しかったから、良しとしよう。その後は昼寝。かすかに部屋にも聞こえてくるホテル内のBGMはアジアの演歌? やっぱり何だか熱海のホテルのようだ。
 タチョンガビーチも波でダメなので、午後もプールへ。ちなみにテニスコートも休業らしい。ボールで遊んだり、パチャパチャとチビ助はそれなりに楽しいらしいのだが、Boot Campも終わったというのにガキどもがうるさい。そのうちに刺青のヤクザがクソガキにケリを入れたら、監視員が大笑いして喜んでいた。
 部屋に戻って、最後の泡風呂に入る。チビ助はプールでも海でも風呂でも、水に入っていれば楽しいらしい。入浴後は荷物整理をしてルームサービスを頼む。メニューはチキンカレーとハンバーガー。食後は外に星を見に行き、流れ星に願いを託す。

●4月14日(土)−−第6日目・最終日
 最後の朝食も、やっぱテキトーに済ませる。パン、ラーメン、ごはんなど残りものを片付けた。荷物をまとめても時間が半端に余ってしまったのでテレビを見ていると、「デジモン」を放映していた。初めて見た。主題歌の歌詞がいいかげんなのが笑える。10時少し前にチェックアウトして、車を待つ間、初めてチビ助の名前を尋ねられた。そういえば、この旅行ではフレンドリーな人々との接触が少なかったなあ。
 テニアン空港へ行くと、運転してきたホテルスタッフが何も言わないのに荷物をPIAのカウンターに持って行こうとするので、あわてて制止してフリーダムと告げる。やはり、観光客はフリーダムには乗らないのだろうか。他には2人の子供を連れたファミリーしかいなかったのだが、先にPIAの便があるので、続々と人々が集まって来る。その後はまた静寂。他の客は3名らしい。往路で一緒だったおじさんが韓国人の水商売風の女性を伴っている。サイパンでデートだろうか。もう一人はテニアンホテルのレストランで見かけた人物だ。
 飛行機は11時5分発。来るときと同じ中央列の座席だ。風が強いので、かなり揺れるかもしれない。離陸前に私がチビ助のシートベルトを締めていると、パイロットが英語で「電子機器の利用はお控え下さい」とかアレコレとギャグを言っているのだが、誰も反応しない。最後に「当機はタンザニアへ向けて…」と言ったところで、妻が「タンザニアだってさ、ハハン」と笑ったら、パイロット氏は喜んでいたようだ。上昇するとドライブで通った道が良く見える。旧日本軍の指令部跡の建物の位置も確認できた。さほど揺れもせず、サイパン空港に到着。パイロット氏は隣に乗った韓国女性に「Good Co-pilot」などと言って握手を求めているが、またしても外してしまったようだ。
 サイパン空港ではノースウエスト航空のカウンターが開いていない。周囲の人が言うには1時半頃に開くそうだ。とりあえず売店でアイスを食べながら作戦を練ることに。荷物が多いのでタクシーを使っても行動に不自由しそうなため、レンタカーを借りてサンロケに買い物に行くことにした。すぐ近くにレンタカー受け付けがあったので、バジェットで12時から3時間、小型車を借りる手続きをする。車はミラージュのセダンだ。ひょっとしたら日本ではランサーと呼ばれている車体かもしれない。
 慎重な運転でフィエスタ・サンロケに行ってみると、何だかさびれている感じ。キッズコーナーがあったので、そこで私とチビ助は遊ぶことにして、妻だけが店を見て歩く。キッズルームの中は空調が無く、風も抜けないので蒸し風呂のようだが、誰もいないのでチビ助は楽しそうにノビノビと遊んでいる。妻が戻って来て、一緒に階下に降りるが、店の前で買い物を待っている間にチビ助は上に戻ってしまい、自力でキッズルームにたどり着いた。ドアの開閉ができてハンドルが回せる車の遊具が気に入ったようだ。主目的としていた子供服の「ロリポップ」は閉鎖になっていたそうで、他の店もなかなか大変なようだ。そこで、ガラパンにある「ロリポップ」の本店に行くことにした。
 今度はスムーズに事態が運び、オレンジを主体としたプリントの水着、マーガレットの花が付いた帽子、洒落たワンピースを購入。イースターセールで安くなっているようだ。続いてハファダイショッピングセンターに行こうとするのだが、道路と駐車場の位置関係の都合により、無理は禁物とばかりに断念。その代わりにススペ方面へ車を進めた。
 名鉄ストアの向かいにある「タウンハウス」という百貨店&スーパーでは、サングラス、ビーフジャーキー、ジュースなどを購入し、空港へ戻る。途中で給油して車を返却すると、今度はチェックインできた。すぐにセキュリティを通って出国。軽食コーナーでホットドッグ、ポップコーン、コーラなどを買う。落ち着かないチビ助を連れて妻がロビーを歩き回りに行っている間、私は腹に食べ物を入れる。と、空港中に響き渡るチビ助の泣き声。困ったものである。
 機内の座席は来るときとは左右対称の22のA〜Cで、前後とも無人なのは幸いである。映画は「アンブレイカブル」で、機内食はチキンサンド、ペンネのサラダ、フルーツ、クッキー。眠くてヘンテコになっているチビ助は、とてもうるさい。おまけに通路でふんばってウンチをしてしまう。しかし、最終着陸体勢ではおとなしくシートベルトを締めているので、ちゃんと周囲の状況は把握できているはずだ。悪人なのだろうか。成田に降りてタクシングしている間に、隣の列のギターを持ったチャモロ系?おじさんにお詫びをしておいた。「気にするな。孫がいるから子供のことはわかる。カジノは勝ったか」などと色々と気を使ってもらってしまった。東洋人風の奥さんはテニアンの出身らしい。
 飛行機から出るときにベビーカーを受け取るのを忘れてしまった。まあ、何とかなるだろう。サテライトは一番遠いところで、いつまでたっても入国審査にたどり着かない。審査を済ませて荷物を待っていいると、係員がベビーカーを届けてくれた。次は税関を抜けてバス停へ。ホテルのバスは7:40だ。リーガロイヤルで車に荷物を積み込み、酒々井で休憩。車内でチビ助は妻にこんこんと説教をされていたらしい。家には夜の10時少し前に帰着できた。

折中 良樹