■電撃セブ旅行
★旅のデータ
期間 :2000年10月2日(月)〜7日(土)
行き先 :フィリピン共和国/セブ・マクタン島
宿泊施設:プランテーション・ベイ・マクタン
交通手段:フィリピン航空でマニラ乗り継ぎ
メンバー:私、妻、チビ助(♀/1才7ヶ月)
☆お気楽でフレンドリーなフィリピンでチビ助は海外デビュー。久々のダイビングも決行。
しかし、220ボルトの電撃や風呂の蛇口で背中を強打するなど、事件には事欠かない。
◆プロローグ
10月2日から7日まで、フィリピンのセブ島に行って来ました。当初は6月にサイパンあたりに行くはずだったのですが、チビ助が歩かないため延期になっていたのです。
●10月1日(日)−−前泊
外出先から私が急いで帰ると、何やらチビ助は怒られていた模様。どうも昼寝をしないまま、出発時間が近付いてしまったようだ。とりあえず近所で買ったホカ弁を食べて、15時頃に自宅を出発した。例によって環7から湾岸経由で千葉県に入る頃には、ようやくチビ助も寝入ったのだが、これでは30分程度で成田に着いてしまう。湾岸幕張PAでトイレ休憩をとったものの、たいして時間を延長できない。
17時前には前泊のリーガロイヤルに到着し、1003号室に入る。高層階は初めてだが、あいにく空港とは反対側の窓で、成田山の宝塔がが遥かに見えるのみ。とりあえずロビーに出てアライグマを探すが、夜行性なので発見できない。売店でパンと水を買い、部屋に戻る。だが、この水が失敗だった。ペットボトルに装着する吸い口と規格が適合しないのだ。こんなことならポカリか爽健美茶にしておけば良かった。チェックイン時にドリンク券をもらったので、チビ助とレストランの相性チェックも兼ねて再び館内を巡る。最上階のメインダイニングは論外だが、夜景を見るためにエレベーターホールまでは行ってみることにした。チビ助には飛行機の姿が見えないので興味はイマイチという感じ。再びロビーに降り、カジュアルレストランに入る。フレッシュオレンジジュースとココアを頼んだのだが、チビ助は落ち着かず、とても食事までは無理そうで、早々に退散。アライグマも見つからなくてガッカリなのであった。
結局、ルームサービスに電話をし、ハイチェアーの貸し出しも依頼してみた。献立はスモークサーモン、コンソメ、エビフライ、テンダーロインという組み合わせ。食後に片付けを頼もうとバトラーサービスに電話をするが、何度かけても話し中。リストラで人手が足りないのだろうか。そのうち面倒になって放置することにした。だが、後で考えたら、ルームサービスの方へ電話すればよかったのかな。風呂の方はシャワーがホース付きだったので、洗い場が無くてもチビ助は大丈夫だった。
●10月2日(月)−−第1日目
6時起床、6時半過ぎチェックアウト、7時のシャトルバスで空港へ向かう。2年ぶりの成田は少しシステムが変わっており、JTBのIカウンターでは航空券をもらうだけで、Gカウンターに移動して自分でフィリピン航空にチェックインする。同伴幼児にベビーミールが必要かどうか聞かれたので「いらない」と答えると、なぜか職員が奔走してくれてチャイルドミールをゲットできた。本当は座席が無い幼児には出ないはずなんだけど…。次は旅行保険の加入。両替えにペソは無いので、セルフサービスの食堂でラーメンを食べた後で出国審査を通過し、免税店でタバコと水を購入。今度のペットボトルは大丈夫そうだ。キッズルームで少しチビ助を遊ばせていると搭乗時刻が近付いてきた。機体は1995年製のボーイング747-400で、エコノミーでも各席に液晶テレビ、可倒式ヘッドレスト、フットレストが装備されている。座席は前から2列目の左窓側AとBで、C席の人は聴覚障害者らしい。チビ助が騒いだときのことを考えるとラッキーだったかも。出発時、外は雨模様。機内食は数年前に乗ったときよりもずいぶんと改善されている。
約4時間の飛行の後にマニラに到着。ニノイ・アキノ空港は新ターミナルが出来て乗り継ぎが楽になったと聞いていたが、荷物の扱いがわかりにくかった。入国審査後にチビ助は裸足で暴走するし、トランスファーの受付と税関申告の関係が変則的なので、ちょっとしたトラブルになりそうだったが、ブロークンな英語でまくしたてていると、そのまま「OK」ということになった。事態が打開されればこっちのものだ。とっておきの笑顔で係官に「サンキュー」と告げて立ち去る。トイレと両替えを済ませて国内線のゲートに着くと、蒸し暑さも手伝って、どっと疲れが出てしまった。やっぱりマニラ空港は好きになれないなあ。セブ便は1999年製A300シリーズの最新型だ。約1時間でセブに到着すると、ピックアップの車には花とフルーツのバスケットが届いている。旅行代理店の友人が手配したものらしい。妻は3回目、私は2回目のセブ訪問ということで、オプショナルツアーをあれこれ勧められないのは助かった。前に行ったのがリロアンとアレグレと聞いて、いささかガイド氏は呆れていたようでもある。
今回のホテルはマクタンにあるプランテーション・ベイだ。ロビーには真っ赤なインコ(?)がいてアイドルのよう。ラグーンを囲む低層の施設はA〜Zの頭文字を持つ名前が付けられていて、我々の部屋はフロントから近いザンジバル(Z)の2階にある8号室。ザンジバルというとガンダムを思い出してしまうが、アフリカにあるビーチの名称らしい。部屋はウッド調でバルコニーが広めなのが嬉しい。ただ、ベッドがダブルではなかったので、チビ助の落下対策として位置を移動してもらった。
少し落ち着いたら着替えて散歩でもと思っていると、アンビリーバブルな物体を発見!
なんと、クローゼットにある金庫の上の棚に使用済みのコンドームが!! 怒りと動揺で即刻処分したのだが、落ち着いてから考えると、証拠として現況を保持したままマネージャーを呼びつけるべきであった。深く反省。しかし、英語で何て言って説明すればいいんだろうか。それにしても、何であんなところに? 床から160センチくらいの高さの小さな棚で、たぶん普通はサングラスとかの小物を置くスペースだと思うのだが…。ナゾである。ちなみに、厚みからして日本製ではないと推測している。気を取り直して散歩のプランを立てようとホテル案内を見ようと思うのだが、どうも見つからない。施設の地図やレターセットなどはあるのだが、レストランとかマリンスポーツ、マッサージなんかのことを知りたいのだが…。ルームサービスのメニューが無いのも困る。電話機を見るとルームサービスの番号があるので、やっていないわけではないだろう。とりあえずフロントで聞いてみようか。
散歩の前に妻とチビ助は赤い鳥の方へ行くが、私はフロントへ。「ルームサービスのメニューが欲しい」と言うと「ここには無いが、各部屋にある」という返事に、私はコンドーム事件の余韻もあってキレてしまった。部屋にあったら頼むわけないだろ!「部屋には封筒や便箋、テレビの番組表はあったが、ホテル・ディレクトリーは見つからない!」とかなり強い調子で言うと、さすがにフロント係も事態が飲み込めた模様だ。とりあえず、散歩の間に部屋に届けるように依頼する。それにしても、怒ると英語がスラスラと出てくるのは不思議である。上手に話そうとする無駄な気負いが無くなるからだろうか。
ビーチやレストランをチェックした後、部屋の前のラグーンに行くと、チビ助は水中へ突進を開始。今日は水着を着てないぞ。時すでに遅く、紙おむつは一瞬にして吸水率100%に達したのであった。まあ、本人が楽しいならいいんだけどね。
6時頃、カジュアルレストランのキリマンジャロ・カフェで夕食をとる。ビーチでシーフード・ビュッフェもやっていたようだが、蚊に刺されそうなのでやめにした。キリマンジャロはセミオープンだがネットで被われているのだ。オーダーはスパゲティ・ボロネーズと白身魚の包み揚げ。疲れていたのと子連れ外食に慣れていないので、落ち着いて食べてなんかいられない。とりあえず今日は風呂に入って寝よう。部屋ではチビ助は腹が減ったのか、バスケットのモンキーバナナばかり食べている。確かに美味しいんだけど、他のものは食べたくないのだろうか。
●10月3日(火)−−第2日目
6時ごろ目をさますと少し雨が降っているが、一時的なものだろう。7時過ぎに朝食ビュッフェで再びキリマンジャロへ。今回はおとなしくハイチェアーに座ってくれて、目玉焼きなどをつついている。そして部屋に帰るとまたバナナ。涼しくて陽射しの弱い朝のうちに遊ぶつもりで、早速ラグーンへ行く。今度は水着だ。海水ラグーンをおおむね一巡し、今度は淡水プールへ。ここで係からの警告。淡水プールはTシャツを着て泳いではいけないそうだ。だったら海水ラグーンの方が日焼けの心配が少なくていい。最後に淡水プールに入って塩抜きすればいいだろう。
部屋に戻ってシャワーを浴びたりしていると、トイレが詰まってしまった。完全に詰まっているわけではないのだが、流れが悪い。そのうちハウスキーピングが来たので、「ザ・トイレット・ダズント・フラッシュ・ウェル」とか言ったら通じたようで、事態は改善されていた。チビ助が昼寝をしているうちにルームサービスを頼むことに。一方的にオーダーを告げた後に復唱を聞いていると、最後に「トゥエンティー・ファイブ」とか言っていた。たぶん時間のことだと思って「OK」と答えておいた。メニューはテキサス・チキン・サンドとバーミ・ゴレンで、ほぼ25分ほどで到着。サンドにはフライドポテトが付いていて、ミ・ゴレンは焼きソバのようなものを期待していたら、焼きウドンのようであった。後に目を覚ましたチビ助に残り物を与えるが、あまり食べずにバナナがお好みの模様。プレゼントには感謝だが、バナナで生きているチビ助はウンチまでフルーティーな臭い。なんだかなあ、である。
掲示板のイベント・スケジュールによれば、午後2時からは釣り堀にて餌付けが開催されるとのこと。期待して行ってみるが、ギャラリーも係員も居らず、気配すらない。事前に予約しないとやらないのかなあ。そこで、隣接するビオトープ風の池に魚を見に行くことにした。スズメダイの仲間やアジ系の魚などがソコソコ見られるのだが、日光の反射でチビ助にはわかりにくい模様。その後は売店を覗いてTシャツやフロートなどを買い、フィジー・レストランをチェック、ダイビングの予約をしてからビーチで遊ぶことにした。ホテルのプライベートビーチは狭いが砂が奇麗で、波もほとんど無い。ただし、水底は岩と珊瑚なので、裸足では歩けない。岩場には小さなカニが歩いているのだが、チビ助には動きが速い上に保護色で判別ができなかったようだ。魚も少しは見られるのだが、浮き輪の高さからでは水面の乱反射でわからないらしい。それでもチビ助はプカプカ浮いているのは気分がいいらしく、それなりに楽しんでいたようである。
フィジー・レストランは6時半から営業とのことなので、開店と同時に夕食というプランでいたのだが、猛烈なスコールとなってしまい、部屋を出られない。雨だけならともかく、風が強いのが困る。場内移動用のカートには屋根はあるけど、ドアは付いていないからなあ…。ようやく小降りになった頃、部屋から近いカート乗り場に行ってみると、カートは運行停止で、代わりにハイエースが忙しく走り回っていた。フィジー・レストランでは席の残りが少なく、入り口近くの落ち着かないテーブルを割り当てられた。予約をしておけば良かったのかもしれないが、時間が読めないチビ助同伴で、あのスコールではいたしかたない。まあ、この席なら多少騒いでも目立たないから良しとしよう。メニューはラプラプとラムチョップ。それに、ジャパニーズ・スチームド・ライス。確かにジャポニカ米だが味はイマイチ。それでもチビ助にとってはインディカ米よりはいいらしい。ラムは硬くてナイフで切れないほどだった。ラプラプについて詳細は不明だが、妻の「二度と行かない」という発言が雄弁に物語っているだろう。
●10月4日(水)−−第3日目
朝、目を覚ますとチビ助が泣き叫んでいる。妻はまだ寝ているようだ。抱きかかえてバルコニーに連れ出すが、単にホテルの敷地中に泣き声が轟き渡っただけだった。少し汗をかいたようなので、バルコニーの天井に付いているファンを回そうと思って、スイッチになっている細いボール・チェーンを引こうとしたら、左腕に異様なショックが走った。昨夜のスコールが電気系統に吹き込んで、漏電していたらしい。反射的に手を振りほどいたから良かったようなものの、感電は肩口まで届いており、その余波で腕がジンジンしている。さすが220ボルトは強力だ。私は幼少時から感電には慣れているが、たいていはヒジまでしか届かない。電撃を受けると手が開かなくなるそうなので、腕ごと引き離すのが鉄則だ。それにしても、抱っこしているチビ助の頭にチェーンが触れなくて良かった。危険なのでチェーンを上に投げ上げておこうと思い、ハンカチで触ろうとしたが、それでも弱い電気が感じられる。布に含まれる湿気に通電しているのかもしれない。そこで、割り箸を使うことにした。ようやくチビ助が落ち着いて来たので、ロビーの鳥と池の魚を見に行って来た。
朝食時、最初はハイチェアーにおとなしく座っていたチビ助だが、隣のドイツ人ベビーが抱っこされているのを見ると、とたんに甘えん坊に変身してしまう。困ったものである。部屋に戻るとき、ハウスキーピング担当に会ったので、「ザ・ファン・アウトサイド・イズ・リーキング・エレクトリシティ」とか言ったら、わかってもらえたみたいだった。しかし、彼が担当者を連れて現われたときには、ファンは乾いてしまったらしく、漏電は止まっていた。後で詳しくチェックするとか言っていたが、とりあえずこちらとしては雨に注意するしかないようだ。
今日は交代でダイビングをする日だ。9時ごろビーチに行き、少し遊んだ後で妻が先に潜りに行く。待っている間、沖に大きな高速フェリーが通り過ぎていく。チビ助が興味を示さないのでそのまま忘れていたが、後で海で遊んでいたら、背後で何やら妙な気配がする。振り返ると、3、4メートル先のところに高さ約70センチの波が押し寄せているではないか。あわててチビ助を浮き輪ごと抱き上げると、次から次へと波がやって来る。フェリーの起した波が、15分ほどかけて岸に届いたのだ。普段はまったくと言っていいほど波が無いので、チビ助も驚いてしがみつく。少しおさまったころに水面に降ろそうとするとイヤがるので、ビーチに戻ってシャボン玉で遊ぶことにした。その後、岩場でカニやヤドカリを見ていると、妻が戻って来ので、それを期に部屋に戻ることにした。
シャワーの後でルームサービスを頼むと、今度はオペレーターが時間のことを言わない。不審に思っていると、10分もかからずに配達されてきた。そうか、昨日は普段より長く待たせるから時間を言ったのか。メニューはジャンバラヤとスパゲッティ・ボロネーズ、それにフィリピン風クリーム・カラメルだ。プリンは後に残すため、チビ助に見せないように冷蔵庫に入れておく。ジャンバラヤの方はとても量が多い。食後、3人で昼寝をしようとするのだが、チビ助だけは寝ない。そのうち時間になったので、私だけがダイビングに行くことにした。
が、ダイビング・センターに着くと、何やら様子がおかしい。担当する予定の日本人インストラクター嬢が別のダイビングから戻っていないのだ。連続で潜って大丈夫なのかな?なんて思っていると、あれこれ調整したらしく、韓国人インストラクター嬢と行くことになった。日本語が得意ではないようなので、英語でも構わないと言ったら、安心したようだ。しかし!今度は韓国人の団体の予約が入っていたことが発覚し、またアレコレと調整している。どうやら、コリアン・スタイル・ダイビングというのがあるらしい。ケンケンゴウゴウの調整の後、私の担当はフィリピン人インストラクターに決まり、マンツーマンで潜ることになったようだ。別に私は誰と一緒でも構わないのだが…。ポイントはコンチキという帆船の前のドロップオフで、緩やかな流れに乗って移動するドリフト・ダイブだ。午前中に妻も同じポイントを日本人インストラクター嬢と潜っているが、流すのは逆方向である。透明度は15〜17メートルくらいで、大物はいないが色の奇麗な小魚やソフトコーラルが多い。リハビリとしてはマズマズであった。
部屋に戻ると、チビ助は遅い昼寝から目覚めたばかりらしい。プリンが不味いということで、私も食べてみるが、何とも言えない無気味なプリンであった。小麦粉か片栗粉が混ぜてあるような感じで、妙に硬くて重いのだ。それに、周囲に配置してあるココナッツの実の内側を削ったものも、猛烈に甘くて歯ごたえがある。これではチビ助は食べないだろう。
その後はさすがに泳ぐ元気が無く、敷地内の散歩に出た。メインダイニングのイタリアレストラン「パレルモ」のフロアーを見せてもらうと、さすがに子連れには無理な雰囲気のようだ。同じ建物の中には少し高級な売店もある。そこでバア(私の母、チビ助の祖母)に貝細工のイヤリングを購入。さらに隣接してキッズ・ルームがあるハズなのだが、看板も出ていないし、ドアにも鍵がかかっている。周囲の掃除の人に尋ねたら、誰か係を呼んでくれた。普通は10時から6時まで開いているらしい。中に入ると色々と遊具があり、勝手がわかるチビ助は久々にくつろいで遊んでいる。だが、少ししてキッズ・ルーム担当の喜多島舞に似たお姉さんが現われると、チビ助は背中で意識して緊張している。困ったものである。このお姉さんが言うには、営業時間は9時から5時までで、平日はほとんど誰も来ないらしい。しまった!我々が入ったのはちょうど5時だった。どうりで不機嫌そうにしているワケだ。30分ほど遊んだ後で外に出ると、日が沈んで少し暗くなっていた。せっかくだから近くにある屋外遊具の滑り台で遊んでいると、蚊が多くなってきた。渋るチビ助を無理矢理ベビーカーに乗せ、部屋に戻る。
夕食は例によってキリマンジャロへ。メニューはペンネとロブスターのクリーム煮。チビ助にはユカタを着せてドレスアップしたのだが、やっぱり不機嫌で落ち着かない。ほとんど何も食べないので、先に食べ終わった私が抱きかかえて歩き回る。フロアーでは料理を待てない小さな西洋人の女の子が2人、走り回っている。その姉妹の父親が泣いているチビ助にベロベロバーをしてくれたのは、かつて自分も通った道だったからなのだろうか。そのうち、見かねたバーテンダーがカクテルの飾りに使う楊子の傘をチビ助に手渡してくれたら、目ざとく見ていた姉妹もバーテンダーにねだっていたのが微笑ましい。その間に妻が食べたペンネはイマイチの味だった模様。ロブスターは美味であった。
●10月5日(木)−−第4日目
朝食は作戦を変えて、最初はチビ助を席に着けずに私が抱いたままで、先に妻が料理を取ることにした。ハイチェアーは断って、膝の上でチビ助が食べ始めてから、私の分を盛るのだ。この方式はマズマズの成果が上がったようだ。それでもたいして食べないので、そっとバナナを部屋に持ち帰る。プレゼントのモンキーバナナは既に食べ尽くしてしまったからだ。
朝食後はビーチへ。引き潮なので、磯でヤドカリを集める。そのうち、少しニブいカニがいたので捕まえたのだが、受け取ったチビ助は私が入れ物を用意する前に取り逃がしてしまった。生き物がいる分、チビ助にはラグーンよりもビーチの方が楽しいようだ。
11時から妻はアロマセラピーのマッサージへ。予約はガラガラのようなので、私も午後か翌日に行こうかと考えながら留守番をする。最初は部屋で遊んでいたが、飽きたようなので滑り台のところかキッズ・ルームへ行こうと外に出る。先に池の魚のところへ寄る。チビ助は水面下を見ることに慣れたのか、魚がわかるようになり、「トト」とか「マンマ」と言って喜んでいる。まあ、確かにアジ系の魚もいるから、マンマには違いないんだけどね。それにしても暑い。昼近くだから仕方ないのだが、滑り台のところへ行っても、チビ助は木陰から動こうともしない。キッズ・ルームはまた鍵が閉まっていて、係を呼ぶのも面倒だから、部屋に撤退することにした。途中、いつも朝食ビュッフェでチビ助を可愛がってくれるウェイトレス嬢に出会った。「どこかへ行くの?」「暑すぎるから、部屋へ帰る」ロビーで赤い鳥を見て部屋に戻ると、ほどなく妻が戻って来た。
朝食を多めに食べたので、今日は昼を食べずに早めに夕食を取ることに決め、昼寝の後は再びビーチへ行った。幸い、雲が出て陽射しはそれほどきつくない。砂浜では中国系の人々が熱心に城を作っている。メンバーは中学生くらいの男女が数名と、指揮を執る大人が1名だ。砂を突き固めるその姿は、数千年前の殷の時代に万里の長城を築いた伝統工法を思い起こさせる。普通、我々が砂の城を作る場合には、日本の城よりもディズニーのシンデレラ城のようなものをイメージするが、出来上がるのはせいぜいガウディのサクラダ・ファミリアが低くなったものくらいだ。だが、彼らが作る城は、長方形の城壁で、四隅と各辺の中央に物見櫓がある本格的なものだ。仕上げに石や貝殻をあしらい、塔にチビ助がもらったのと同じカクテル用の傘をあしらって完成した。その間も指揮官の命令にテキパキと従う子供達の姿は、ビーチ・リゾートには何だか不似合いである。我々はといえば、ずっと城作りを見ていたワケではなく、さらにカニを追求していた。妻はシュノーケルを持ってきて水中をチェックし、私は浮き輪のチビ助を牽引しながら防波堤に忍び足で接近する。チビ助もその気になって「シー」と言いながら口元に指をあてているのがおかしい。そのうちチビ助が「はに〜」と言うので前方を見ると、体長15センチほどのカニが防波堤の側面に張り付いていた。私より先に発見するとは、あなどれないベビーである。妻が言うには、水底にゴンズイ玉があるので気を付けろとのこと。確かに、ところどころに小さな縞模様の魚が群れている。休憩時、私はシュノーケルを借りて水中写真にチャレンジしてみた。デバスズメダイを撮ろうと思ったのだが、ナカナカ難しいものである。
夕食はキリマンジャロでステーキサンド、牛タン。絵本や手遊び歌などで万全を期したため、今までで最も順調に食べることができた。おかげでデザートにココナッツ風味のバニラ・アイスとチョコレート・ムースも食べるというオマケ付き。ヤレヤレである。それでもチビ助はたいして食べないので、部屋に戻ってから持参したレトルトご飯を出してみたのだが、コレはちょっといただけなかった。
●10月6日(金)−−第5日目
朝食は例によってキリマンジャロ。チビ助はカートの運転手に「サンキュー」と言うようになった。最終日の朝食はルームサービスで済ませる予定のため、いつもチビ助をかまってくれるウェイトレス嬢に「会うのは最後」と挨拶をしておく。バナナを2本持ち帰りつつ、売店へ。麺類なら食べるかもしれないと思いってカップラーメンを物色するが、カレー味などの辛いものばかりだった。英語で「ホット」という表現は「熱い」という意味もあるので、辛いかどうかを店員に質問するのは難儀であった。
午前中はおなじみとなったビーチでカニと戯れる。防波堤のカニを見つけるのが上手になったチビ助は、水中の魚にも気付いているようだ。磯ではヤドカリや小さなカニを採集してバケツに入れる。小さな宝貝も見つけた。昨日の砂の城は、誰も触るには気が引けたらしく、今日もしっかりと残っていた。そこそこ遊んでからの帰りがけ、珍しく妻は中国系のカップルからシャッターを頼まれた。本当は数分前から私に頼みたかったような様子だったのだが、チビ助を抱いていたので遠慮していたようだ。セイルボートのマストでモデルのようなポーズをとるのが妙な感じ。普通の日本人なら照れてしまうだろう。
部屋に戻っったら日課のように入浴するのだが、そのときちょっとした事件が起った。私はバスタブにバスフォームを入れて泡立て、チビ助の体を洗った。洗い終えてチビ助を抱きかかえつつ立ち上がろうとすると、背中に焼き小手を押し付けられたような激痛が走った。給湯蛇口の存在を忘れていたのだ。とりあえずチビ助をその場に降ろし、あまりの苦痛に体を丸めると、不穏な空気を察知したチビ助は泣き出してしまう。妻は「何かずいぶん血が出てるよ」と落ち着いた口調でのたまう。鏡に映して確認してみると、トクホンくらいのサイズで奇麗に皮がむけている。とにかく痛い。泡を流すためにシャワーを浴びると、さらに痛い。タオルで体を拭くと、また痛い。因幡の白兎はさぞかしつらかったことだろう。落ち着きを取り戻した後、「そなえよつねに」で持っていた大判のバンドエイドに癒着防止のオロナイン軟膏を塗ってから、妻に貼りつけてもらう。こんなときに限って妻は位置を微調整しつつ貼り直したりするのだ。貼った後は少し痛みが和らいだような気もするが、これで昼にマッサージを受けるという野望は打ち砕かれてしまった。
朝食を食べ過ぎたのか腹が減らないため、今日も昼食を抜いて早めの夕食を取るという方針で、部屋でゴロゴロした後はラグーンへ行く。私は腰から上は水に入らないようにしていたので、妻とチビ助がズンズン進んでしまった後は岸で待つ。戻って来たチビ助は、自分でシャボン玉を吹けるようになったようだ。さらにもう一度ラグーンに入るとき、私は1人で待っていると退屈なので、一緒に行ってみることにした。とりあえず痛みはかなり楽になっているし…。とはいえ気にしながら進んでいると、傷の部分が水没しても特に変化はないようだ。…と油断していると、バンドエイドに徐々に塩水が浸透したらしく、傷が脈打つように痛み始めた。水から出てももう遅い。塩水を吸収したガーゼが傷に貼り付いているのだから。その後は用心して水没しないように注意しながら、魚のいる池などを見る。ラグーンと池は網で仕切られているのだが、ラグーン側から見ると魚が近くて良いようだ。
この日は週末のためか、チェックインする人が多い。中国系や韓国系の人がメインのようだが、その中でひときわ目立つ一行があった。ホテルの送迎バス1台を占有し、お付きのメイドや乳母とおぼしき使用人たちの一団を引き連れている。乳飲み児を抱いたマダムはスペイン系の顔だちだが、当主と思われる初老の男性は香港あたりにいそうな東洋混じりの雰囲気だ。地元のの有力者の一族だろうか。マニラからなら、東京で言えば伊豆や箱根に行くような感覚かもしれないし…。もちろん、部屋は独立棟のスイート・コテージだ。どうりで今朝は真鍮のドアノブが磨き立てられていたわけだ。
夕食は最後のキリマンジャロ。メニューはビーフバーガーとタガログ風ステーキだ。淡々と食べて部屋に向かう。ビーチではアラビアン・ビュッフェの準備が進み、怪し気な衣装をまとった踊り子たちも集まって来る。もう少し開始時間が早ければ、ちょっと見てみたかったような気もする。夜は荷物の整理。
●10月7日(土)−−第6日目・最終日
帰る日、朝から今まで一番の好天、激晴れである。朝食はルームサービスでコンチネンタルを2人前。実はアメリカンやチャイニーズなどを頼んでもルームサービスの方が安いということに気がついた。どうせビュッフェでもアレコレたくさん食べるわけじゃないのだから、毎朝ルームサービスでも良かったかな…。バルコニーで食べるのだが、強烈な陽射しがけっこうつらい。
朝食後は最後のラグーンへ。背中に注意しながら私も付いていく。スイート・コテージの前ではVIP一族の赤ん坊が庭でメイドさんに抱かれている。その前を通り過ぎ、水中バレーのコートやウォータースライダーの方へも遠征する。マイフリッパーを履いていなかった妻は、足の裏を切ってしまったようだ。私の方は無事。池の魚に最後の別れを告げてから、部屋に戻って入浴。このとき給湯蛇口に昨日の背中の皮が付着しているのを発見した。妙にリアルなサイズと形状である。どうりで痛いわけだ。
パッキングを終え、9時半ごろにチェックアウト。精算をしているうちに、ピックアップが現われた。空港へは車で30分ほど、チェックインは旅行社が済ませてあるので、荷物を預けるだけだ。往路と違い、成田までスルーで届くのが有り難い。ロビーでは土産のギター屋が商売熱心だ。見ると日本人観光客の多くがウクレレやら小型のギターをかかえている。まあ、他にコレといった特産品が無いからだろうけど。チビ助は暴走ぎみに歩き回っているが、マクタン空港はさほど広くないので安心だ。ふと見ると、後からチェックインする人の荷物に、見慣れたステッカーが貼ってあることに気がついた。「海と島の旅」と「マリンダイビング」のステッカーが貼ってあるのは、どう見てもカメラバッグだし、水中造形センターの取材スタッフに違いない。声をかけようかとも思ったが、やっぱりやめにした。搭乗までは時間があるので、ベンチに座っていると、妻が言った。「何か臭わない?」コレはチビ助がウンチをしているのではないかという意味だ。私がチビ助のお尻に鼻を近付けても臭わない。しかし、何か異臭がする。頭の方を嗅いでみても、石鹸の臭いがするだけだ。「何かすえたような臭いだねえ」と言いながら立ち上がったら、隣の席に座っているオヤジの足の裏が私の目に飛び込んできた。足を組むようにして座っており、素足の片方の足の裏が私たち方に向けられていたのだ。原因はアレに違いないのだが、口に出すわけにもいかない。私の視線の先に妻も納得したようだ。
少し後でゲートの方へ移動すると、外は土砂降りの大雨になっている。これでは少し離陸が遅れるかなと思っていると、定刻通りの出発だ。最新型のエアバスは、離陸時にエアコンから水がたれてくる。それも半端な量じゃない。私は少しズボンを濡らしてしまった。チビ助は素直に寝入ったので、私はチビ助用の麦茶を飲もうとしたのだが、気圧の変化で噴出してしまい、またしてもズボンを濡らしてしまった。
1時間ほどでマニラに到着し、国際線ターミナルへ移動する。今度は荷物が無いので楽ちんだ。ボーディングパスもセブで受け取っているので、空港税の窓口へ行く。結局、両替えしたペソは空港税だけにしか使わなかったなあ。まあ、免税店で何か買ってもいいし…。次は出国手続だ。その場で出国カードを書くのだが、記入台が満員の上、3枚もあるので苦戦した。ようやく書いても、セキュリティ・チェックの機械が故障で1台しか動いていないらしく、行列はなかなか進まない。チビ助は何だかイカレポンチになっているので、後ろに並んだ中国系のビジネスマンに妻が「彼女はスリーピーでクレイジーだ」と言ったら笑っていた。ゲート付近は広々としているが人が多い。釜山便に乗る人が揃わないのか、しきりにアナウンスしている。その釜山便のゲートにチビ助は乱入しようして、係員に「プサン?」と聞かれてしまう。免税店は酒やタバコなどしかないし、軽食レストランも見当たらない。売店でサンドイッチを買ってわずかにペソを減らすが、残りの5千円くらいは次の機会まで残すことになりそうだ。
搭乗時刻が近付いたので所定のゲートに移動すると、どう見てもカタギとは思えない日本人のオジサンがフィリピーナのお姉ちゃんたちに話し掛けている。この柄の悪い小林念持風オヤジは、どうやらスカウトしているらしい。ダッシュ400のジャンボに乗り込むと、既に隣に初老のゴルフオヤジ風が着席しているので、とりあえず「なるべく静かにさせますが…」と仁義を切っておく。すると、このオヤジは「いいんだよ、気にしなくて。いつも乗ってるから。日本人は気にし過ぎなんだよ。ジャパユキなんて一言もそんなこと言わないんだから」などと、妙な方へ話題がそれていく。「はあ…」って感じだ。その後、どうやら中央列の座席がガラガラのようなので、そちらへ移動することにした。4席占有して肘掛けを跳ね上げれば、けっこう楽に過ごせそうだ。復路もチャイルドミールが出た。
その後、チビ助は眠らなかったようだが、私は車の運転に備えて眠ることにした。目を覚ますと、前方で声高に話す声が聞こえる。声の主は例の小林念持風と最初に隣だった人物だ。何だかとても意気投合して熱心に話し込んでいる。妻が後で要約してくれたところによると、どちらもフィリピンに現地妻がいて、小林念持風は関東南部で何軒か店を経営しているらしい。入国管理や外国人登録の現実的な対処方法に詳しい先輩の小林念持風に、ゴルフオヤジ風が色々と教えを乞うという感じだ。う〜ん、ちょっと知らない世界。機内でもいきなり子連れのフィリピーナをスカウトしている。託児施設完備だそうだ。何だかなあ。
成田には予定より少しだけ早く到着した。入国審査も税関申告も順調で、ホテルのシャトルバスも5分ほど待っただけ。リーガロイヤルではやっぱりアライグマが見付からない。高速道路に入る道を少し間違えた後、酒々井パーキングに寄る。私は一服、チビ助にはウドンを少し食べさせる。後は我が家へ向かうだけなので、チビ助も安心したのか深く寝入ってしまった。まあ、時間も時間だし、マニラからは寝なかったから、朝まで寝てしまうかもしれない。午後11時より少し前には帰着。
折中 良樹