2008年1月号
社説
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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080128 新年特別号・麦や大豆を作ろう
文;明峯哲夫(農業生物学研究室/庭協会準備室)
 関東地方は古くから全国有数の麦作地帯だ。麦は多く、水田の裏作として作付られる。稲の収穫後、秋遅く播種(はしゅ)され、翌年麦秋の頃、梅雨空の晴れ間に慌しく収穫される。稲は夏作物、麦は冬作物。いわゆる二毛作である。
 小麦の収穫期、農家は忙しい。小麦を刈り取った後、直ちに水田に水を入れ、田植えの準備に取り掛かる。田植えは遅くも7月初めまでには終わらせたい。養蚕が盛んな頃、この季節は春蚕(はるこ)の繭を出荷し、夏蚕(なつこ)の飼育が始まる時期でもあった。刈り取った小麦の脱穀も早々に済ませなければならない。収穫後、長期間梅雨空に晒しておくと、穂から発芽してしまう。まさに猫の手も借りたいほどの毎日だったろう。
 麦類は小麦のほか、大麦(六条大麦)もなじみ深い。大麦を水田の裏作として作付る場合、農家の忙しさはやや和らぐ。早生(わせ)の大麦は小麦に比べ収穫期が早い。小麦の収穫期は6月の半ば以降だが、大麦は5月の末から6月の初めには黄金色(こがねいろ)に枯れ上がる。刈取り後、田植えまでには少し時間的余裕ができる。
 かつて大麦は麦飯として、日本人の主食の一部であり、また農耕用の牛や馬の飼料として利用された。しかし今どき、麦飯を主食にしている人は少ないだろうし、機械化農業の進展で農耕用の家畜は農村から姿を消してしまった。大麦は今では麦麹(味噌や醤油作りに利用される)や麦茶の原料などとして細々利用されているにすぎない。現代の農村では、農耕用ならぬ食肉用として大量の牛や豚が飼育されている。彼らにも大麦は格好の餌だが、それらはほとんど外国から輸入されたものが使われている。
 大麦には六条大麦のほかに、二条大麦という別の系統がある(大麦の穂を真上からみた時の実の着き方が、6列か2列の違い)。これはビール麦とも言い、その名の通りビール醸造用の麦芽として利用する。一部の地域では、ビール会社と契約して二条大麦を栽培している。しかし日本のビールの原料となる麦芽のほとんどは輸入物だ。
 こうして今、日本列島では大麦の姿をほとんど見かけなくなってしまった。

 関東地方での麦の栽培は、水田での裏作のほか、台地上の畑地でも盛んだった。例えば東京都から埼玉県にかけ広がる武蔵野台地。ここは水利が悪く水稲作は困難で、広大な畑作地帯を形成していた。サツマイモ、オカボ(陸稲)、ラッカセイ・・・、そして大麦、小麦などの作物が古くから栽培されてきた。
 しかしその関東地方でも、今は麦の栽培は極端に減少している。冬の水田は稲の刈り株が空しく広がるばかり。台地上の畑地も冬の間は何も作付られず、まるで砂漠のように空っ風に土ぼこりが舞っている。
 関東地方で麦作が衰退した原因はいくつかある。何よりも首都圏の拡大により多くの農地が消滅したことだ。しかしそれ以上に深刻な影響を与えたのは、政府の農業・食料政策だった。高度成長が始まる60年代初頭、政府は生産コストの高い国内の麦作は放棄し、価格の安い外国産の麦に全面的に依存することを決めたのである。麦作が衰退したのは関東地方だけではなかった。全国で起こったのである。
 小麦の国内生産量を調べてみよう。1960年には153万トンだった。しかしその後生産量は急速に減少し、70年には47万トンにまで落ち込んでいる。その後はやや増産に転じ、現在では約80万トン程度を推移している。
 一方その間、人々の“米離れ”は進み、小麦の需要は爆発的に高まった。その結果、戦前にはゼロだった小麦の輸入量は、60年には266万トン、70年には460万トン、そして現在では570万トンへと急上昇した。国内自給率を計算してみると、戦前は100%を越えていたが(何と輸出していた。どこへ?)、60年には39%へ急降下し、その後は70年9%、2006年13%と低迷を続けている。
 しかし衰退する麦作を、一人逃れた地域がある。北海道である。北海道の大規模畑作は、低コストの生産が期待できると、逆に奨励されたからだ。北海道の麦の作付面積は戦後まもなくから70年にかけてはいったん減少した。しかしその後、道外の麦作の衰退を尻目に麦の作付は上昇していく。戦後国内で麦の栽培が最も盛んだった1950年の麦作付面積を100とすると、関東の代表的な麦作地帯だった茨城県を例にとると、70年54、75年21、80年28、2005年15と減少し続けている。一方北海道では、70年19、75年63、80年164、05年200と、80年代以降大幅に上昇した。現在、北海道は麦の作付面積は全国の40%、小麦の生産量は60%を占めている。今や北海道は日本最大の麦作地帯なのである。
 冬の寒さが厳しく積雪も多い北海道では、麦はしばしば春遅くに播種される。春播き麦は、夏の間成長し、秋刈り取られる。この場合麦は夏作物となる。秋播きと春播きとはそれぞれ品種があり、それらの特性は遺伝的に決まっている。秋播き品種は生育の途中で一定期間低温にさらされないと、花芽が分化しない。つまり種実が稔らない。春播き品種はその低温要求性が遺伝的に低く、温かくなってから種子を播いても種実が稔る。しかし成育期間が短いので、秋播き品種に比べると、収量は低い。パン用品種として知られる「ハルユタカ」や「春よ恋」は春播き品種である。最近開発されたパン用品種「キタノカオリ」は秋播きで、従来の品種より3割以上も収量が高いという。

 小麦製品の値上げが続いている。パン、麺類、菓子類・・・。小麦の国際価格が急騰していることがその理由とされる。
 日本は小麦を米国、カナダ、オーストラリアなどから輸入している。そのオーストラリアでは06−07年と相次いだ旱魃(かんばつ)により、小麦は大幅に減収したという。
 一方米国で起きている現象はいささか複雑だ。
 米国大統領ブッシュは07年1月の一般教書で、原油の中東依存から脱却するため、この10年間でガソリン消費量を20%削減し、代替燃料としてバイオ燃料の供給量を7倍にすると発表した。08年末までには、米国産トウモロコシの30%は、燃料用として消費されることになるという。この発表を受け、トウモロコシの市場価格は急騰した。
 07年の全米でのトウモロコシ作付面積は3660万haであり、前年比を15%も上回っている。米国の農村ではすでに“エタノール特需”によるトウモロコシへの転作は始まっているのである。そのあおりを受け、米国国内の大豆や小麦の作付は減少している。 
 主食であるトルティーヤの原料として米国産のトウモロコシを輸入しているメキシコでは、価格の高騰に貧困層たちが抗議デモを繰り返した。彼らは先進国の車が、途上国の食糧を奪うと告発している。一方米国産の小麦を輸入している日本では、小麦製品の価格上昇により、戦後人々が手に入れた“豊かな食生活”は大きく揺らごうとしている。
 トウモロコシ、大豆、小麦などの穀物の国際価格が急騰しているより本質的な原因は、世界全体の穀物需要が増大し続けていることだ。
 経済が急成長中の中国では人々の所得水準上昇に伴い、肉類、油脂などの消費量がこの10年間で倍増しているという。その結果04年、中国は日本と同様、穀物純輸入国になった。米と小麦は当面自給可能だとしても、大豆は既に世界第一の輸入国であり、トウモロコシはこの2、3年で輸入国に転落するという。
 この中国に、人口増加がなおも続くインドが急追している。そしてこれらの“中進国”の後を、近代化を急ぐ多くの途上国が追いかけている。世界の穀物需要はこれから拡大することはあれ、縮小することはありえない。
 こうして世界の穀物在庫率は99年の31.6%から、06年には15.5%までに落ち込んだ。すでに世界は食糧争奪戦に突入している。
 北海道の畑作もうかうかとはできない。現在日本政府はオーストラリアとの間に「経済連携協定(EPA)」を交渉中である。これまで食糧貿易の自由化はWTO(世界貿易機構)加盟国間で討議されてきた。しかし多くの国の利害調整は困難を極める。その点二国間、あるいは二地域間の交渉においては、自由貿易への障壁撤廃はよりスムーズに議論しうる。トウモロコシの原産地であるメキシコが、米国からの輸入トウモロコシに依存するようになったのは、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)による。もし日豪EPAが締結され、米、小麦、牛肉、乳製品などの輸入関税が撤廃されれば、低価格のオーストラリア産農産物の流入により、日本の農業はいよいよ壊滅に瀕するだろう。北海道の農業もこの時ばかりは、道外の農業と同じ命運を辿ることになるに違いない。

 いよいよ自給の時代がやってきたということだ。人々が自分(たち)の必要な食べ物を、自分(たち)で作るということである。自分(たち)で生産し、消費する限り、食糧の“国際価格”は関係なくなる。
 そこで提案である。
 「庭」で麦や大豆を作ろう。そしてまず「10kg」の収穫量を目標にしよう。いきなり何十キロ、何百キロの穀物を自給するのは、様々な条件から困難である。素人でも小麦や大豆は10a(1000m2)辺り200kg程度は収穫できる。10kg収穫するには、50m2(およそ7m四方)程の土地があればいい。
 そこで「庭」を少し広げよう。小麦や大豆専用に市民農園をもう一区画借りるか、地域で未利用になっている農地があればそこを貸してもらう。広い農地を一人で耕すのが困難なら、共同耕作が有効である。耕作団を結成して、互いに助け合いながら一枚の農地を耕すのである。そうすれば、さらに広い面積を耕すこともできる。
 収穫された大豆は味噌に加工しよう。10kgの大豆が手に入れば、一家族一年分の味噌は充分賄(まかな)える。余った分で豆腐作りもできる。小麦はパンにしよう。一回のパン作りに500g必要とすれば、20回楽しめる。もちろんうどんを作ってもいい。ビール好きな向きは、ビール麦を収穫し、手作りビールに挑戦しよう。
 麦や大豆を栽培し、それを利用するには、土地だけでなく、脱穀や選別、製粉などの道具と、それを使いこなす技術が必要だ。それらのことを考えると、仲間同士で道具やノウハウを共有し合う、共同作業がやはり合理的だ。

 こうして誰もが「庭」を持ち、それを一層充実させていく。そんな時代がいよいよ始まった。