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父、永遠の世界へ
実家福岡の父、西村榮吉(享年73歳)が11月4日安らかになりました。
急性リンパ性白血病でした。発病からちょうど1年でした。末期は治療法がなく、無理な延命もなかったので、むしろ自然な形で息を引き取ることが出来ました。
無事に葬儀も終わりほっとしているところです。いろんな方からたくさん勇気付けられました。本当に感謝です。仕事もステージも穴をあけてしまいましたが、仲間や職場の方々にいろんな形で助けてもらいつくづく、ひとりじゃない、周りの人たちの愛に支えられ生かされているんだなと感じました。
(僕が穴をあけた11月8日Fathering Festaのステージですが、仲間が集まって演奏してくれました。しかも超豪華メンバー!)
今回は天の導きとしか思えないように、父は昇天する前日までに親しかった方みんなとお別れをすることができました。土曜日は大好きだった赤塚不二夫さんの特番もTVで見れたとよろこんでました。(もうMDも聞く気力がなくなっていたそうですが)
僕もたまたま、土曜日に絵本お話会が熊本で催され日曜にお見舞いに行くことができ、さらに偶然に甥っ子が熱を出し病院にこれず、ふと気づくと家族4人の状態でした。父も食欲が出て食事もいっしょにとることができました。
そして祈らせてもらい、いずれまた4人が天国で会うことを暖かい光の中で4人ともが実感しそのように祈りました。最後にアメイジング・グレイスを歌いました。本当に素晴らしい時間でした。
家族が死を受け入れないと、とても苦しい思いをすると、尊敬する鈴木秀子さんと言う方の著書に書いてありましたが、最後にそんなひとときを持てたのも皆が死を自分なりに受け入れていたからかもしれません。
最後に父に抱きしめて欲しかったのですが、急にぐったりとなったので、そこで部屋をでましたが、父は「じゃあまたね」と言いました。こちらはもうお別れだとわかっていたのですが、父は希望を捨てていないんだなとその時思いました。でも母に話を聞くと旅立ちの覚悟もできてたそうです。
最初、僕はなぜか涙の一滴もでないような気がしてたのですが、父の亡がらと対面した時(父を思いっきり抱きしめました)と出棺の時は、魂の奥底からあふれる感情を押さえ切れませんでした。号泣、号汁でした。
でも悲しくて泣いてるのではなく、あふれる感謝の気持ちで胸がいっぱいになった涙でした。ありがとうと声にならない声で叫びつづけました。
父が僕ら家族のために働き、多くの仲間、兄妹、縁者との豊かな交流を結び、その大役を果たして素晴らしい世界へ旅立つ畏敬の念でした。最後は言葉にならない狼の遠吠えのような泣き声になりました。
今、父が愛したタンゴやフォルクローレ、ブラジル音楽、ジャズを聞いて父を偲んでいます。父は音楽と人生を愛するという大切な遺産を残してくれました。いつまでも風化しないすばらしい財産です。
弔辞の中で「榮吉さんは人の悪口を言ったことがなかった。」とおっしゃた方がいました。そういえば、父が母の悪口をいったことがないなと、ふと思ったことがあります。僕の知る限り食べ物にも会社にも何も文句をいったこともありませんでした。また我が家は本当に平凡な家庭でした。しかし今その平凡な家庭を築く大変さを身にしみています。
出棺し、霊柩車に乗り込み、火葬場へ向う時は、タンゴ仲間、スペイン語仲間にいつも父が言っていたという言葉「アスタラ・ビスタ!」(また会おう!)で見送りました。かっこよすぎました。僕はまだまだ父を越えられないようです。
葬儀の後、高校の同級生I君が「俺も3年前に親父が亡くなったけど、それからの方が、身近に感じるよ。何かあったら親父やったらどげんするね、て話しかけるよ。」と言って励ましてくれました。
これからも永遠に家族一緒なんだなと感じています。と同時に父からバトンを渡された気がしています。父のようにとはいかないけれども、自分らしく行きて行こうと思います。
そしてもしよろしければ、残された母にいつも天のご加護と祝福があるよう祈って下さい。
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Posted: 月 - 11 月 10, 2008 at 10:26 午後
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Published On: 11 月 10, 2008 11:18 午後
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