ひとりごとダイアリー増刊号


【だがしや楽校 in 鶴岡】
リポート:山口(だがしや楽校ラジオ、おきたまラジオコミュニティ)

2008年5月17日

2008年5月18日

おまけコーナー・夢の種まき楽校

2008年5月17日(土曜日晴れ

【だがしや楽校 in 鶴岡山王ナイトバザール】
 今年1回目の“だがしや楽校 in 鶴岡山王ナイトバザール”の模様をお伝えします。
 “第85回 山王ナイトバザール”は、鶴岡市の中心商店街のひとつ、山王商店街で、午後6時30分から午後9時まで開かれました。
 はじめに“山王ナイトバザール”の模様をご紹介します。
 山王ナイトバザール・・・それぞれのお店では一店一品セールを行ったり、テント村では飲食サービスを行ったり、スタンプラリーがあったり、フリーマーケットが行われていたり、中学生のよる山王森のコンサートが開かれるなどなど、いわゆる商店街イベントです。しかし、そこにはテーマというか、こだわりがあります。昔の商店街の雰囲気を醸し出そうと、ナイトバザール、つまり夜にこだわりました。
 スタートして15年、今や鶴岡の風物詩となった“山王ナイトバザール”。この日は好天にも恵まれ、庄内特有の風もなく、大勢の鶴岡市民でごった返しました。

 

 これだけの人出にもかかわらず、車を通行止めにはしておりません。ここは一方通行でもありません。対面通行です。写真を見ますと、歩行者は車道にはみ出し、一見あぶないような光景ですが、車は歩行者をさけながら、ゆっくり走行しています。ここは、歩行者優先の世界なのです。これが本来の交通の姿です。過去15年間、交通事故は1件も起きておりません。

 物凄い人出に、テント村で準備したビールや焼き鳥などの飲食物は、ほとんど完売したそうです。

 この日は、遠路遙々、長井市の方が視察に来られました。そして、地元の方と交流されていましたが、この盛況ぶりには、驚かれたのではないでしょうか。
 やはり、このようなイベントでは、長く続けること、そして何かテーマを持たせることが必要に思います。長井らしさのテーマでも良いでしょうし、昔の商店街をイメージさせるのか、いろいろ考えられると思います。

 それでは、この日の“だがしや楽校”をご紹介します。
 東北公益文科大学・だがしや倶楽部の学生さんによる“宝さがし”の屋台です。

 

 始める前にミーティングを行っています。その内、早くも子どもたちがやってきました。
 “宝さがし”の宝とは、商店街の中にあります。「○○商店はいつからやっていますか?」などのクイズが紙に書いてあります。その答えを探しに、商店街を歩き回ります。それぞれの商店に答えが貼ってあります。これが宝です。
 クイズの5問の内、正解数によって、ご褒美の“だがしつかみどり”の回数が決まります。

 

 宝探しには、大人たちも参加しました。スタッフによりますと、高校生の方も多く参加されたそうです。右の写真は、“だがしつかみどり”の様子です。

 続いて、鶴岡工業高等専門学校・環境ボランティアグループによりますお馴染み“スライム作り”の屋台です。

  

 こちらも大盛況です。

 山形大学農学部・森の学校では“森のクイズ”の屋台を出しました。テーブルの上に並んでいる植物の名前を当てるクイズです。ヒントがありますので、それをよく読みますと、答えはわかります。植物は、フキ、ニリンソウ、マムシグサ、エンレイソウなどです。

 

 ご年配の方からお子さんまで、クイズに挑戦していました。

 商店街の一角には、駄菓子屋さんも開かれました。

 

 東北芸術工科大学・学生さんの屋台は“あつめま帳”でしたが、いつの間にか“はりつけま帳”に変わっていたようです。

 

 古くなった雑誌に描かれている写真などから気に入ったところを切り抜き、ノートに貼り付けていきます。それも、ただ貼り付けるのではなく、好きな形を描くように貼っていきます。子どもたちの自由な発想に、学生さんたちも勉強になったようです。

 

 この屋台は、大勢の子どもたちでごった返すことはありませんでしたが、熱心な子どもたちが次々に訪れました。そして、ナイトバザールが終わった午後9時を過ぎても、子どもたちは粘ったのでした。最後まで開いていた屋台でした。

 ナイトバザール終了後、だがしや楽校スタッフの交流会、商店街主催の懇親会が開かれました。ところで、懇親会では商店街の人から「だがしや楽校では、何歳までの子どもを対象にしているのですか?」と尋ねられましたので、私(山口)は「だがしや楽校は、子どもからご年配の方まで、だれもが集える場所です。すべての世代の人が交流できる場所です」と答えました。


2008年5月18日(日曜日晴れ

【だがしや楽校 in 鶴岡子どもまつり】
 “第37回 鶴岡市子どもまつり”が中央児童遊園、中央児童館、小真木原体育館、鶴岡公園にて開かれました。この内、中央児童遊園では“だがしや楽校”が開かれましたので、その模様をご紹介します。
 この日は、前日に続いて好天に恵まれ、大勢の子どもたちが集結しました。
 はじめに、子どもまつりの様子をご紹介します。

  

 午前9時30分からのオープニングでは、市内の幼稚園児による太鼓の演奏が行われました。その後方に見える中央児童館では、ひみつのチョコレート工場、ようこそ!サファリパーク、おばあちゃんの手づくりおやつなどが開かれました。
 屋外の中央児童遊園では、写真の遊びの広場、ミニSLのほかに、昔なつかしい遊び、一輪車大会、しぜんの中でたくましくなどが開かれました。
 会場は、鶴岡市内のすべての子どもたちが集結したのではないか、と思うほどのにぎわいでした。

 それでは、“だがしや楽校”の模様をご紹介します。

 

 会場の一角、木陰の涼しいところで、4つの学校の学生さんが協働で、屋台を開きました。子どもまつりがスタートした直後から、このにぎわいとなりました。そして、このにぎわいは1日中続きました。

 東北芸術工科大学の学生さんは、“さえずりさん”という遊びを開きました。

  

  

 フィルムケースに穴を開けてヒモを通します。フィルムケースには少し切り込みを入れます。フィルムケースには色紙などを貼って、きれいにします。ヒモを持ってフィルムケースをグルグル回しますと、ヒューヒューとさえずる(音が出る)、という遊びです。みんな音が出て、子どもたちも大喜びです。

 続いて、お馴染みバルーンアートです。

 

 

 子どもたちだけではなく、おとうさん、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃんまで真剣に取り組んでいました。それでも、時々、バンバンと音がしていました。

 こちらもお馴染み、割り箸てっぽうです。

 

 

 子どもたちは、夢中になって作っています。

 昨日に続いて、スライムづくりも開かれました。

  

  

 子どもたちの表情がなんとも言えません。
 子どもたちも、学生さんたちも、大満足の“だがしや楽校”でした。


【おまけコーナー・夢の種まき楽校・西川町の巻】
 だがしや楽校発案者・松田道雄さん(高千穂大学人間科学部准教授)は、数年前、山形県西川町の水沢地区にて講演を行いました。その時、地区の人から出されたのが山菜の数々です。それらの山菜は、地区の人にとっては、当たり前に食べているもの、日常生活の中に、普通にあるものでした。
 松田さんは、その山菜の美味しさにひらめきました。「この山菜で地域の活性化につなげることができる」と。そして、この山菜を活用しない手はない、と考えました。
 それまでは、地区の皆さんには、「この山菜を皆さんに食べさせよう」とか「山菜を活用して水沢を発信しよう」とか「山菜を使って地域間交流をしよう」などという発想はありませんでしたが、松田さんのアイディアに、地区の婦人会のメンバーが奮起します。
 こうして、2年前から始めたのが、1日限りの“水沢活き活き食堂”です。
 今年で第3回目の“水沢活き活き食堂”が、5月18日、水沢コミュニティセンターにて開かれました。この日は、山形市を中心に県内各地から70名の人たちが集まり、美味しい山菜料理に舌鼓を打ちました。今回のメニューは、アザミの煮物、水菜、タケノコなどの天ぷら、たくさんの具が入った山菜汁、山菜ご飯などなど14品です。ほかに、デザートとしてブドウジュースや柚餅子も出されました。
 婦人会の会長さんによりますと、はじめはバイキングにしようか、とも考えたそうですが、木の器にきれいに盛り付けることにしたそうです。結果的には、これが良かったようです。器に月山の文字が見えますが、これは地区の人が焼き入れたそうです。
 会場には、松田さんご夫妻も見えられ、皆さんといっしょに美味しい山菜料理を堪能しておられました。

 なお、松田さんの着想のひとつである物産交流・地域間交流として、婦人会の皆さんは、今年の10月、だがしや楽校が開かれている大阪府豊中市まで出掛け、出前に行くことになっています。

 また、婦人会の活動は、この日の食堂に留まらず、若いおかあさんたちへの伝承活動も行っています。6月1日に開かれる全国山菜文化産業祭では、山菜の新たな魅力を引き出す調理方法を紹介するなどの活動も展開しています。
 松田さんのちょっとしたアイディアが、地域づくりにつながった事例となっています。

  

※取材メモ
 鶴岡子どもまつりでの“だがしや楽校”が開かれている最中、松田さんからだがしや倶楽部の阿部さんに“水沢活き活き食堂”へのお誘いの電話がありました。そこで、正午になったところで、阿部さんと私(山口)は急遽、西川町に向かいました。
 鶴岡・西川町間は車で約1時間です。そこで、私も美味しい山菜料理に舌鼓を打ちながら、松田さんや婦人会の会長さんら地元の方々からお話をお聴きしました。また、参加者の方々ともお話しました。
 そこで約1時間を過ごした私は、再び鶴岡に戻りました。これって、けっこう悲しいものがあります。西川町は鶴岡・米沢間に位置しているからです。
 しかし、そんなことよりも、本当に美味しい山菜をいただくことができた喜びの方が、遙かに大きいです。やわらかい、味がしっかりしている、こういう山菜は、滅多に食べることができなくなりました。
 地域の人にとっては当たり前のものでも、ほかに地域の人にとっては貴重なものなのです。だから、地域間交流が必要になるのです。
 水沢地区の活き活きした表情に感激しながら、水沢コミュニティセンターを後にしました。