「MEMORY+ ワークショップ:テクノロジーによる記憶の拡張は可能か?」ポジションペーパー
於:東京大学本郷キャンパス工学部2号館9F 情報学環プレゼンテーションルーム(93B)
2007.8.20(月)
概念とそれを実現するデバイス
大座畑 重光
マッキンテリジェンス(株)
(Shigemitsu
Ohzahata , Macintelligence,Inc.)
e-mail: ohzahata@mac.com URL:
http://homepage.mac.com/ohzahata/
■ Vannevar Bush の " As We May Think "(文献[1], [2])から今年で62年。多数の珠玉のアイデアでちりばめられたこの論文は多くの計算機の研究者に莫大な影響を与えたことはよく知られている。 中でも私は特にミニカメラ(「胡桃( walnut )大のカメラ」)と「memex」のアイデアから大きな刺激を受け、1988年に NaviGlasses プロジェクトを開始した(文献[4]など)。特に印象深かったのは以下の部分だったと思う。
「・・・The camera hound of the future wears on his forehead a lump a little larger than a walnut.・・・・・・The cord which trips its shutter may reach down a man's sleeve within easy reach of his fingers. A quick squeeze,and the picture is taken. On a pair of ordinary glasses is a square of fine lines near the top of one lens,where it is out of the way of ordinary vision. When an object appears in that square,it is lined up for its picture.・・・ 」(文献[1]から抜粋)
(・・・未来のカメラは胡桃の実より少し大きい程度になり、人間の額に取り付けられるようになる。・・・このカメラを操作する人は、素通しの眼鏡をかけ、そのレンズの片方には通常の視野からははずれる位置に細い四角形がある。被写体がこの四角形の中に入ったら、カメラの視野に入ったことになる。・・・)
■記録と記憶について: 「記録 ( record )」と「記憶 ( memory )」という言葉の意味の境界線はぼやけているように思う。 私見では、記録は(人間の脳から見て)外部のメディアに人間が能動的に直接・間接的に種々のデータを書き込み、保存され、参照されるもの。 記憶は(人間の脳から見て)内部の、即ち脳(メディアといっていいのかな?)に五感を通じてデータを書き込み、保存され(何らかの要因により忘れたり思い出したりするが)、思考に利用されるものという風に解釈している。この解釈だと”コンピュータのメモリ”は”記録”になってしまうのだが、”記録は記憶の補助として利用する”というメディア独特の意味からすれば当然かもしれない。
「 A record, if it is to be useful to science, must be continuously extended, it must be stored, and above all it must be consulted. ・・・ 」(文献[1]から抜粋)
(記録というものは、それが科学にとって有用なら間断なく拡張し、保存し、そして何よりも参照できなくてはいけない。・・・)
今日、個人レベルでも記録の蓄積が膨大になりつつあり、多くの個人がかって V. Bush が体験したものに近い状況に遭遇しているのではないだろうか。そして時間が経つにつれてその記録の存在すら忘れ去ってしまうような状況に追い込まれている。”参照できなくてはいけない”というのは当たり前のことだが、大量に、そして長期間にわたって蓄積された種々のデータに対して参照できなくてはいけない。それも”円滑に”参照できなくてはいけない。これを実現するメカニズムは非常に難しくまだ実現できていない。だんだんこの情報洪水に悩まされる人が増えているのではないだろうか。この情報洪水を拒否して諦めてしまえばそれまでだが、V. Bush のような立場の人やV. Bush の論文で指摘しているような「メンデルの悲劇」(メンデルの遺伝の法則は、その論文が価値のない論文の山に埋もれ、本当にそれを理解し発展させてくれる人の手に届かなかったために、一世代もの間、世の中に知られずにいた。)がさらに増えているように思う。本質的に、記憶の強化や拡張という問題は外在化された記録データ(外的記録)をこれまでのやり方でどう扱うかという問題とは異なる(ように思われる)。なぜなら、人間の脳と外的記録との間に何らかの”無線・有線による接続”の存在という概念があるように思うからである。脳内化学物質の変化をデジタル信号として検知するための接続の存在である。記憶の強化・拡張が不可能であることは現時点で証明できないので、仮に可能であるとしてその技術研究にどう取組むか。2つのアプローチの方法があるように思う。工学的アプローチと生物学的アプローチである。工学的アプローチでは、これまで長年研究されている人工知能研究における基礎理論、常識やオントロジー、サブサンプションアーキテクチャなど、また M.ミンスキーの「 THE SOCIETY OF MIND 」に代表されるような種々のモデルをシミュレーションで種々の角度から検証し、種々の可能性に対し頻繁な試行錯誤がなされねばならないだろう。
「As for brain science, no one ever before tried to study machine with billions of working parts. That would be difficult enough, even if we knew exactly how every part worked, and our present-day technology does not yet allow us to study the brain cells of higher animals while they're actually working and learning.・・・」 (文献[3]から抜粋)
(脳科学に関していえば、これまで誰一人として、動く部品を何十億も持った機械を研究しようとした人はいなかった。このような研究は、各部品のはたらきを正確に知っていてもむずかしいことであり、現代の技術では、実際にはたらき、学習している最中の高度な動物の脳細胞を研究することすら、できないのである。・・・)
生物学的アプローチでは、脳波解析やMRIなど既存技術の進化、さらに新たな技術の出現が期待される。インプラントではなく外在する人工物としてのコンピュータメモリが脳の記憶と連携統合され、脳波をとおして脳の思考の命ずるままに有効利用できたらすばらしいのですが。記憶の強化・拡張技術の創出のために、工学的アプローチと生物学的アプローチを統合する新しい方法論を生み出す必要があるでしょう。
■ライフログに関して:「ライフログ」のような概念に関して、たとえば以下の文献[8](文献[9]で再録)でも提案している。今日、以下のような一般的な記事の中でも同様の(容量的な観点からの)スタンスでライフログの可能性が論じられるようになったのは大きな技術的進歩のおかげだろうと思う。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0511/12/news001.html
■「ネットワーク化された記憶」:このワークショップの話題のひとつである「ネットワーク化された記憶」に関しては同じ概念かどうかこの原稿を書いている時点ではわかりませんが、似たタイトルをもつ文献を下記に示します(文献[7](文献[9]で再録))。
参考文献
[1] Vannevar Bush : As We May Think , The Atlantic Monthly , pp.101-108 ( July 1945 ).
( Reprint of Historically Significant Paper
Vannevar Bush : As We May Think , A History of Personal Workstations ( Edited by Adele Goldberg ) , pp.237-247 ( 1988 ).
<邦訳> Vannevar Bush : 思考のおもむくままに,ワークステーション原典(ACMプレス編,村井純監訳,浜田俊夫訳), pp.264-280(1990.11). など)
[2]Howard Rheingold : As We May Think (by Vannevar Bush) Edited and Annotated by Howard Rheingold,HYPERAGE,pp.14-20,February-March 1988.
[3] Marvin Minsky : THE SOCIETY OF MIND , SIMON AND SCHUSTER( 1985,1986 ).
<邦訳> マーヴィン・ミンスキー著,安西祐一郎訳 : 心の社会 (1990.7).
[4]大座畑重光:これからのコミュニケーションメディアを考える(1),情報を航行するメディア『航行めがね』の夢---現実のもの(オブジェクト)をクリックしたい---,TURING
MACHINE ,Vol.2,No.3,pp.38-39,スペック(1989.6).
[5]大座畑重光:航行めがねプロジェクト,人工知能学会ヒューマンインタフェースと認知モデル研究会,SIG-HICG-9001-5,pp. 41-50(1990.6).
[6]大座畑重光:航行めがねにおけるRAR概念:人工現実感と現実の世界の融合,第6回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム(1990.10.24-26)論文集,pp.9-14,計測自動制御学会(1990.10).
[7]大座畑重光:Macker's View(2):航行めがねワールドの描画- II --- ネットワーク記憶システムの概念,Macintosh DEVELOPER'S JOURNAL, No.14(Jul/Aug 1995),pp.47-49,技術評論社(1995.7).
[8]大座畑重光:Macker's View(4):航行めがねワールドの描画- IV --- 航行めがねとTROOP 群による実世界からの情報獲得のメカニズム,Macintosh DEVELOPER'S JOURNAL, No.16(Nov/Dec 1995),pp.41-45,技術評論社(1995.11).
[9]大座畑重光:実世界情報航行:航行パートナーの創出に向けて,夏のプログラミング・シンポジウム「21世紀の夢」報告集,pp.53-62,情報処理学会(1999.8).
http://homepage.mac.com/ohzahata/paperlistetc/naviglasses2.html
[10]大座畑重光:Mac OS X,Aquaの衝撃,そして未来へ・・・, bit,Vol.33,No.3, pp.46-52,共立出版(2001.3).[HTML]
http://homepage.mac.com/ohzahata/bit-macosx/macosx-shock.html
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