Story
それは、こんなところから始まった。
1971年頃出会ったと思うのだけれど、、
小柄だったけれどゴリラのようにごつい体つきタワシのように硬い髭と髪の毛、顔に似合わない舌足らずな歌い方が印象的だった(笑)。
何度かライブも一緒になり、その度色々な話しをしてもらったりしていた。
生い立ちや生活、歌について、夢
そしてアメリカに行ってくると言う話は聞いていたのだが、それっきり音信は途絶えていた。
しばらくしてゴングショーで見たよという話を聞いて、本当に渡米し元気でやっているのだなと思ったが、その後数十年僕の記憶の中から消えていたのでした。
それは、ぐわらん堂コミュでの写真の話から始まった。
[武蔵野火薬庫★ぐゎらん堂] トピック
懐かしグッズや写真 29:から
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=2585275&page=all
今だにアメリカで歌い続けていることがわかったのだ。
それもギターケースに下着を突っ込み街から街へ何年もHoboの旅を続けていたという。
僕は涙が出るほど嬉しかった。
今でもカリフォルニアのロングビーチやダウンタウンに現れるという。
http://www.harborareafarmersmarkets.org/Music.html
そのうち会いにいくぞぉ!
そして品川さんの歌を一緒に歌いたいな。
おいらは 野良犬
この街の 野良犬
この街で 生まれて
この街で 育った
だけど誰も 俺の事なんか
顔も名前も 何も知らない
おいらは 野良犬
この街の 野良犬
今もギターケースを抱え、ハイウェイに立っているのだろうか。
http://www.eyefromthesky.net/mp4/work_hisao.html
ボロがこの作品を作った方と連絡がとれ、手紙のやりとりが始まった。
そして2006年の夏、品川さんのお母様が亡くなり突然の里帰り、帰りに東京まで出向いていただき。
32年ぶりの再会となった。
品川さんの「俺の歌でみんな殺してやる!」一言で、ステージをセットし、殺され(笑)、「ありがとう、また来るよ」と一言残しアメリカに帰って行った。
