お仕事絵で鉛筆の素描で小物を描いております。 今回はカリグラフィーまでプロフェッショナルではないけれど手書き文字も多用していただけ、嬉しい限り。春頃に世に出るのでまた[info]でお知らせします。
本だけでなくポスターでも説明書でも、文字組み、段組みが美しい書面が大好き。
時間があるときに図書館で借りてきたフォントと段組みの美しい洋書を夜な夜な書き写す、という作業に没頭したりするんですよ。英文を書く、っとことじゃなくてもっと写生に近い。というか写生です。文字の。ほら、タイの文字とかハングル文字とかロシア文字を書いてみようとすると、ものすごく慎重になるでしょう。限りなくそれです。それで1ページを1枚に書き写す。紙の上下左右の余白も行間もよく見る。写経ってこういう気持ちなのかな、というほど、終わった頃には心が落ち着いてます。
大学時代に同様の課題を出されても「こなす」だけだった。駄目ですね。気持ちの底から美しいとか感動とか面白いんじゃないのかとか思ってから動き出した行動でないと意味がない。もちろん何の意味もないとは言いわんが。作業そのものから発見することもあるだろうし。しかし、能動的に追究しようとしてる時にはかなわない。わくわくが。「うわーこの徒労!」「いい徒労っぷりだこりゃ!」っていう種類の。
罫線一つも必要なくなるのね。密度の濃淡でこんなに美しい、というのが。絵も必要ない。絵描き屋の意見として問題あるかもしれんが(絵描きになりたいわけじゃなく美しいもののわかるいざわさんになりたい訳なので、放棄と言われようが不良と言われようが全くかまいませんがね)。そのへん文字と絵の素敵な関係になってるのが辞典でしょうね。あ、もういいですか?この話。
書道もその延長と思うのですが、今はまだ絶賛、活字に惹かれ中。でもそこに行くのも近いだろうな。編集仕事をしている友人がある時から突然書道にはまりだして有段者になっていった様はつまりそういうことなんだろう、と今わかります。
写経に例えられたり書道に繋がったり、書いてて気持ちがいいっていうのはとても大事な感情だと思う。
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