「倫敦消息」



時には英吉利がいやになって早く日本へ帰りたくなる。するとまた日本の社会のありさまが目に浮んでたのもしくない情けないような心持になる。日本の紳士が徳育、体育、美育の点において非常に欠乏しているという事が気にかかる。その紳士がいかに平気な顔をして得意であるか、彼らがいかに浮華であるか、彼らがいかに空虚であるか、彼らがいかに現在の日本に満足して己らが一般の国民を堕落の淵に誘いつつあるかを知らざるほど近視眼であるかなどというようないろいろな不平が持ち上ってくる。

中略

何となく自分が肩身の狭い心持ちがする。向うから人間並外れた低い奴が来た。占(しめ)たと思ってすれ違って見ると自分より二寸ばかり高い。こんどは向うから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思うと、これすなわち乃公(だいこう)自身の影が姿見に写ったのである。(夏目漱石「倫敦消息」)


Posted: 土 - 5 月 29, 2004 at 03:53 午後