『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』



久しぶりの連日更新。
映画『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』を観てきました。
場所は「シネマテークたかさき」という地元のミニシアター。

早く着きすぎたので、周辺をスナップ撮影していたら、映画館の人に「『瞬間の記憶』をご覧になるかたですか?」と訊かれてしまった。カメラ2台もぶら下げて、開館前の軒先をうろうろしていれば当然の推理ですな(笑)。
まー、そんなに一般うけする内容ではないし、もしかしてたった一人かもと思っていたら、最終的に私を含めて10人の観客。平日の午前だしね〜。
私は結構楽しみましたが、それでも途中少し眠くなったので(笑)、カルティエ=ブレッソンやましてや写真に興味のない人にはさぞかし退屈なドキュメンタリー映画でしょう(笑)。
それはともかく、以下まともな感想を。

カルティエ=ブレッソンその人については、彼の作品とこのドキュメンタリーを見てもらうのが一番であり、そしてすべてである、とは言えないまでもおおかた事足りるだろう。
だからここでは、カルティエ=ブレッソン以外の語り手について、箇条書き的に印象を記そう。

あのアーサー・ミラーがマリリン・モンローの写真を手に取り、彼女について語るときの表情の優しさ。(彼らが結婚していたことを知りませんでした。不勉強ですいません(笑))。
イザベル・ユペールの歳を重ねた美しさはもちろん、その知性溢れる会話にも魅了された。クレヴァーな女優という印象。
優しい人柄で知られるエリオット・アーウィットがカルティエ=ブレッソンの写真について語るときの目の一瞬の鋭さ。
きまじめに、そして熱く写真を追求するジョゼフ・クーデルカ。
がなるようなイタリア語が耳に残るフェルディナンド・シアナ。
....

登場する写真は、オリジナルプリントで見たもの、写真集で見たもの、映像でしか見たことのないもの、今回初めて接するもの、さまざまであった。
初見の中でもっとも印象に残ったのは、若き日のトルーマン・カポーティのポートレート。ドキュメンタリーの中でイザベル・ユペールは「天使のよう」と言っていたが、これほど痛々しさが表れている若者の肖像を私は知らない。(だから「傷ついた天使」という意味なら、そのとおりだ。大学時代に彼の代表作をいくつか読んだ記憶があるが、久しぶりに読み返してみようか。)
このほか、ポートレートの対象となった著名人たちの表情も興味深い。
バッハを中心にモーツァルト、ラヴェルといったBGMもよく映画に合っている。

この作品は、写真や写真術に興味がある人なら必見のドキュメンタリー映画といえよう。

「写真に"死"はない。生き続ける。突然、ある光景がよみがえるのだ」(アンリ・カルティエ=ブレッソン)

追記
そういえばトルーマン・カポーティの映画が最近公開されたはず。機会があれば観てみよう。


Posted: 金 - 11 月 10, 2006 at 07:33 午後