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皆様お元気ですか、皆様には長い間沢山のお世話を頂き御礼申し上げます。 |
| 噴火灰を水で溶かした時 |
2000年7月から噴火が始まり9月にはあの大噴火が有り、全島避難をして4年が過てしまいました。今までの噴火で三回目を経験をしている私達は幾日か過ぎればすぐに我が家に帰れるものと思い込んでいたのです。ところがあの噴火は今までとは様子が違うぞ、そう思っていた人達は居りました。私もその一人です。降って来た噴火灰は今までに見た事も聞いた事も無い重たい微粒子状の灰だったのです。手に取った灰が指の間からスルスルと抜けてしまうのです。あの微粒子状の灰があらゆる物にくっつき、あの様子は、それは地獄を見た思いでした。その時私は島の東部、島下地区の噴火の様子を見に行って、取って来た灰をすぐに水に溶いてみたのです。この時手に付いたヌルヌルした重たい感触と、糊の様にベタベタと何にでも付いて中々落ちない、これは、と思いすぐに東京に持ち帰り私共の窯に入れて試作したのです。ただ水に溶いた灰だけなのに、思ってもいないしっかりとした陶器が出来ていて,其の時の興奮は今も忘れる事が出来ません。 |
| 発表までの苦しい時 |
しかし、こんな災害時に噴火の灰で焼物が出来たなどと、どうしても発表する事が出来ませんでした。私の
HP は噴火の2ヶ年前に出来ておりましたが、どうしても発表する事が出来ず年を越してしまったのでした。この事を知っている人達からは,いつまで温めているのですか、などと言われ、噴火の年が明けて2001年ようやく決心したのでした。 |
| 展示発表に感謝 |
『私のHPから火山灰釉薬のページ、MX.TV放映され村長と私との対談、2001年9/5朝日新聞社会面など』2003年8月10日NHK.三宅島情報TV放映など、この4年間の間多くの方々にお世話になりご指導頂きました事でしょう。(東京都産業技術研究所の三宅島噴火灰試作研究発表)の協力も頂き展示会にも招かれて、東京西ヶ丘、八王子会場で皆さんに作品を見て頂く機会も出来ました。また東京上野博物館では火山学会の先生方の協力を頂き、三宅島火山灰釉薬の陶器作品を展示発表する事も出来ました。 |
| 噴火灰の分析に感謝 |
また火山灰の分析については(労働経済局発表資料も有りますが)京都釉薬研究会の竹中様のご人尽力により、京都産業振興会産業試験場の分析データーも頂く事が出来ました事はどれ程に心強かったか、今思出しても感謝で頭が下がります。竹中様は京都の伝統工芸では磁器の製作に情熱を持っておられる方で、今は亡くなられましたが国立市の山口瞳先生とは特に親交の深い方です。 |
| あの噴火灰が土に残念 |
4年が経過した今、あの噴火灰は風雨にさらされて畑の土に帰ってしまい、残念ながら私共が利用する事が出来ません。気が付いた時は既に手遅れでした。帰島した時には皆様に使って頂き三宅島の産業にもきっと役に立つものと、希望を持っていたのでしたが、こんな事になってしまいました。皆様にはご理解頂きますようお願い申し上げます。 |
| 皆様に御礼感謝 |
お世話になった皆様 南は長崎県雲仙焼きの石川様 北に長野県陶芸家協会飯田市阿南町の武の内様 東京の調布市 花峰窯の渡辺様 朔風窯の村上様 埼玉県は飯能市の桜井様 千葉県は市原市の今井様この他にも沢山の方々から御協力ご指導を頂いて居ります。来春2月から帰島が始まります。心は三宅島に行っていますが、 [このページを借りて暑く御礼申し上げます。] |
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