var	ShowString = 'Show content &gt;&gt;';
var	HideString = '&lt;&lt; Hide content';
var	HidePlace = 'bottom';
var	HideLineFeed = 1;
var	GotoEntryOnHide = 1;
var	CategoryUUID;
var	OnUnyoOpen;
var	OnUnyoClose;

if (location.pathname.match(/\/(C\d+)\/index\.html$/)) {
	CategoryUUID = RegExp.$1;
}
else if (location.pathname.match(/\/(C\d+)\/$/)) {
	CategoryUUID = RegExp.$1;
}

function ShowLink(divID, entryUUID) {
	var	entryURL = entryUUID+'/index.html';
	var	action = 'return !ShowEntryBody(\''+divID+'\', \''+entryUUID+'\');';

	return '   <a href="'+entryURL+'" onclick="'+action+'" onkeypress="'+action+'">'+ShowString+'</a>\n';
}

function WriteUnyo(entryUUID) {
	var	divID = 'Unyo'+entryUUID;

	document.write(
		'<div id="'+divID+'">\n',
		ShowLink(divID, entryUUID),
		'</div>\n'
	);

	return true;
}

function ShowEntryBody(divID, entryUUID) {
	if (!document.getElementById) {
		return false;
	}

	var	text = '';
	var	url = '#' + entryUUID;
	var action;

	if (GotoEntryOnHide) {
		action = 'HideEntryBody(\''+divID+'\', \''+entryUUID+'\'); return  true;';
	}
	else {
		action = 'return !HideEntryBody(\''+divID+'\', \''+entryUUID+'\');';
	}

	if (HidePlace == 'top') {
		text += '<a href="'+url+'" onclick="'+action+'" onkeypress="'+action+'">'+HideString+'</a>';
		if (HideLineFeed) {
			text += '<br />\n';
		}
		else {
			text += '\n';
		}
	}
	text += EntryBody[entryUUID];
	if (HidePlace == 'bottom') {
		if (HideLineFeed) {
			text += '<br />';
		}
		text += '<a href="'+url+'" onclick="'+action+'" onkeypress="'+action+'">'+HideString+'</a>\n';
	}

	document.getElementById(divID).innerHTML = text;

	if (OnUnyoOpen) {
		OnUnyoOpen(CategoryUUID, entryUUID);
	}

	return true;
}

function HideEntryBody(divID, entryUUID) {
	if (!document.getElementById) {
		return false;
	}

	document.getElementById(divID).innerHTML = ShowLink(divID, entryUUID);

	if (OnUnyoClose) {
		OnUnyoClose(CategoryUUID, entryUUID);
	}

	return true;
}

var	EntryBody = new Array;

EntryBody['E1361341607'] = '<div><font face="HiraMaruPro-W4">091122京都まで１９６マイル</font><br /><div class="quote">\n<p>　先日は森繁久弥が９６歳で亡くなって、晩年いしだあゆみと共演した１２チャンのテレビドラマを見たりしてた。\n</p>\n<p>　予定がはいって、ここから年末まで少しばたばたする。この夏知り合いになった京都に住んでる娘に紅葉見物がてら逢いにいこうという計画だったけど行けなくなった。よしたけれど電話した。べつに「近くにきたら連絡してくださ～い」くらいの社交辞令さえ口にした覚えの無いはずのかの娘は「年内会いにいけない・・・」という男の唐突な夏以来の電話にとまどっている風だった。\n</p>\n\n\n<p>　’京都まで１９６マイル’・・・’墓場まで何マイル？’という寺山さんの絶筆のタイトルをおもいだしながらかいた。久しぶりに読み返してみる。\n</p>\n<p>　「パリの古本屋で、アンドレ・シャボの撮った『Le monde D\'outre-tombe』という写真集を買った。どのぺーじをひらいても、墓の写真ばかりが載っているというのが、心にかかったのだ。・・・・」とはじまり\n</p>\n<p>　「私は学生時代に聴いたジョン・ルイスとM・J・Qの『葬列』という曲を思い出した。」とあり、(映画『大運河』サントラ『たそがれのベニス』の中の’cortage’はこのごろのCDでは’行列’と訳されている)\n</p>\n<p>　「あらゆる男は、命をもらった死である。もらった命に名誉を与えること。それだけが、男にとって宿命と名づけられる。」とウイリアム・サローヤンの言葉で締めくくられている。<a href="http://www.asahi-net.or.jp/~CW5T-STU/TERAYAMA/poems/hakaba.html" target="NewWindow">（本文全体はこちらにあった）</a> \n</p>\n<p>　寺山さん４７才だったんだな。歳だけはとうに通り越してしまった。\n</p>\n<p>　偶然、亡くなる一月前、飲み屋のカウンターで僕の隣に寺山さんがひとりですわってたことがあった。どう話しかけようかと思いながら反対側の友人と話してるうち、寺山さんは黒いトレンチを翻して店の外に出てしまった。\n</p>\n<p>　寺山さんのことを思い出すことがあると、なんで何も言えなかったんだろう？いまさら．．．おもう。\n</p>\n<p>　\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n\n<p></p>\n\n</div></div>\n';

EntryBody['E101071872'] = '<div><font face="HiraMaruPro-W4">091115中国黒いポートフォリオ定点観測2009年</font><br /><div class="quote">\n<p>　テキトーに先輩が、黒の語呂合わせで拾ったポートフォリオであるけれど、１年間で、どれも最低～最高まで３～４倍になっている。\n</p>\n<p>　その前の年からは去年の安値までそれぞれ３分の１くらいに下落していた。\n</p>\n<p>　書店に行くと、もう日本株はたたき売って、ブラジル、中国、新興国に乗り換えようみたいな特集をやっている投資雑誌が多い。今更という感じはするが、時代は変わりつつあるのかもしれない。\n</p>\n<p>　ああ、テキトーなポートフォリオを作ってくれた先輩だけど、去年の今頃はくらい顔してたけれど、先日台湾旅行にお友達と出かけていった。\n</p>\n\n<p><BR>0568 墨龍石油機械／安値(081125)0.375／高値(090601)1.3／現在（091113)1.09</BR>\n<BR>0696民航信息網路／安値(081120)2.24／高値(091023)7.29／現在(091113)6.58</BR>\n<BR>0333黛麗斯国際／安値(090318)0.185／高値(091030)0.61／現在(091113)0.56</BR>\n</p>\n<p>\n</p></div>\n';

EntryBody['E1313385395'] = '<div><font face="HiraMaruPro-W4" size="4">091111柏崎原発の黒い煙（１５）</font><br /><div class="quote">\n<p>・091031<敦賀原発：１号機　４０年超健全性「妥当」と判断－－県原子力専門委>毎日jp\n<p>　やっぱし原子力発電は実験室からはみ出した壮大な化学実験だってことらしい。\n</p>\n<p>・091110<九州電力は９日、玄海原子力発電所３号機（佐賀県玄海町）で午後１時48分に国内初のプルサーマル発電を始めたと発表した。>nikeinet\n<p>　チェルノブイリの事故の直後は、誰も原発の増設なんて言い出せなかった。「地球温暖化論」のただ中にあっては誰も、プルサーマル危ないんじゃないですか？といえない状況になってる。どちらにしてもこの一方向性がとても嫌だ。\n</p>\n\n<p>・091029<福島第二原発　排水管を誤接続、微量の放射性物質が海に>asahi.com\n<BR>・091105<トリチウム、海に放出２４年　柏崎刈羽原発で配管ミス>47news\n\n<p>・091105<柏崎原発７号機、運転再開＝今月下旬にも営業運転－新潟>時事通信社\n</p>\n<p>　そんなに痛んで一年かけて修理して、又しばらくちょこちょこトラブった原発をどうしてして再開したいんだろうか？なんだか貧乏臭いな、ほんとに原子力発電国策で続けたいなら、新しいのに建て替えればいいのに・・・\n\n<p>・091108<ベトナム首相、原発発注で４条件提示　日仏競わせ交渉優位に>nikkeiNet\n</p>\n<p>　核軍縮をオバマさんが言い出して、しかし、先進国による排出権をつかった締め付けの成果？原発は新興国に急速に広がっていく。\n</p>\n<p>・091110<燃料電池車1100キロの旅　東京から北九州、長距離テスト>\n</p>\n<p>　先進国では家族単位で発電所をもつ時代がやってくるのか？\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p></div>\n';

EntryBody['E1581738971'] = '<div><font face="HiraMaruPro-W4" size="4">091109米下院で可決された医療制度、米国民の96％がなんらかの医療保険に加入することになる。</font><br /><div class="quote">\n\n<p>　今日で、ベルリンの壁が崩壊して２０年になるのだという。２０年前、冷戦が終結にちかづいたのだ。\n</p>\n<p>　それから何が起こるのかと思っていたら、去年のリーマンショックまでアナキズムの時代だった。無政府主義の世の中ってイメージできなかったけれど、対立者がなくなった後の一人勝ち市場原理主義がそれを見せてくれた。\n</p>\n<p>　第２次世界大戦の末期からくすぶっていた冷戦を１９６１年ベルリンの壁建設が恒常的に視覚化した。ベルリンの壁が建設されたのは第二次大戦後ずいぶん時間が経ってからだったんだなあ。\n</p>\n<p>　１９４５年第２次大戦戦後処理についてヤルタ会談、１９４６年ジョージ・ケナンの「長文電報」、１９４６年チャーチルの「鉄のカーテン演説」、１９４６年中国における国民党共産党による内戦、１９４９年国共内戦における共産党の勝利と中華人民共和国の建国、１９５０年朝鮮戦争、１９５６年スエズ戦争、１９５６年ハンガリー動乱\n</p>\n<p>　wikiで「冷戦」を見てみると、ヨーロッパでの冷戦についての記述が圧倒的に多い。この島国におけるGHQの占領政策は、主に中国における国民党と共産党の内戦、および共産党の勝利、続く朝鮮戦争に大きく影響され変化してきている。\n</p>\n<p>　以来、官僚もマスコミも、づっと冷戦的なものの考えから脱却していない。目に見えた冷戦の象徴が崩されてから２０年経ってようやく、「多極化」とか「G2時代の幕開け」とか、冷戦的思考から脱却し始めているのか？\n</p>\n<p>　国民健康保険が当たり前で育ってきた僕にとって、今までアメリカには国民皆保険がなかったことが不思議だった。国民健康保険はGHQによってつくられた。と思い込んでたからだ。・・・が、そうではなかった。戦中から戦後かなりの年数を費やして出来上がったことがわかる。\n　</p>\n<p>　wikiによると\n　「国民健康保険法（こくみんけんこうほけんほう）は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もって社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的として、昭和33年旧国民健康保険法（昭和13年制定）を全面改正して制定された法律である。旧国民健康保険法は「健康保険法」によって対象から外されていた農民層の救済を目的とする。」\n</p>\n<p>　「1929年に始まる世界的大恐慌は、地域住民を非常に不安な状態にした。その対策として国民健康制度が企画され、幾多の曲折の後実現したが、この頃は、日華事変が起こり日本が戦争体制に突入した時期でもあり、本来の目的とは別に、兵力供給源である 農村漁村の保健対策としての戦時政策の側面もあった。国民健康保険制度は、戦時中は相当の普及をみたが、戦後、財政事情の悪化に伴って多くの市町村で休廃止され、1955年頃は、農業、自営業などに従事する人々や零細企業従業員を中心に、国民の約3分の1に当たる約3000万人が医療保険の適用を受けない無保険者だった。このため、1957年度から4ヶ年計画により全市町村に普及せしめることとし、1961年に完全普及されて国民皆保険が達成された。」\n</p>\n<p>　ともかく、１９６１年に国民皆保険とか国民皆年金とかが確立されたらしい。\n</p>\n<p>　あの、「消えた年金」問題って何だったのかな？ボクなんぞは、郵政民営化が縛りのかかっていた郵政郵貯年金資金を縛りを外して民間会社が市場で自由に運用できるようにしたのと同じで、国民年金資金を自由市場に出すための陰謀だとしか思えなかった。\n</p>\n<p>　ただ、その前に、そのとてつもない資金を運用したかった大規模金融屋さんが、サブプライムとかリーマンショックとかで滅びてしまった。\n</p>\n<p>　僕らのような底辺をうごめいてきた人間の、２０代の、そのころの先輩は口を揃えて「君らがおじいちゃんになる頃に国民年金は破綻してるから、そんなものに掛け金を払うべきでない」と断言していて、それは僕ら小さな小さなコミュニティーでは常識だったから、それから２０年経って突然ボロボロ「年金破綻」に関するリーク情報が洪水のように流れ出した時は、不審な感じがしたものだった。\n</p>\n<p>　先日古い友人が、具合が悪かったの我慢してきたが限界だったので胃カメラ飲んできたらやっぱし胃潰瘍だったという元気のない電話をくれた。\n</p>\n<p>　数年前、自営業みたいなちっちゃな会社が傾いて、儲けた時は自慢げだった投資の方でも穴をあけたようで、以来国民健康保険を払ってなかったらしい。悪いことは重なってやってくるのだ。\n</p>\n<p>　市役所の窓口で「これからガンが発見されたらいくらかかるか判らんし・・今日は一切お金は払わんけど、保険証発給してもらえるかな？」と頼んだらしい。窓口の若い人が手続きとってくれて助かったと保険証をしげしげ眺めてみると、有効期間が２か月間だけだったらしい。\n</p>\n\n<p>　「まったく・・・国民健康保険って困った人のためにあるんだろ？」とは彼の弁で一理あると思うのだが、その日、ネットを見てたら、どうやら若くてまじめそうな人が、「生活保護全廃せよ」ということを書いていて賛同者が多かった。その理由には、ごくごもっともなことが並べられていて、こちらもうならせられたが、意見を述べた人はいままで困ったことはないし、これからも困る予定は断じてないという人なのだろうと想像した。まっ、どちらかというとキリギリス生活三昧だった僕ではあるが、若いときはこの若い人と同じ感じだったのだ。\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n</div></div>\n';

EntryBody['E1403821229'] = '<div><font face="HiraMaruPro-W4">091003僕的な暗黒舞踏の定義</font><br /><div class="quote">\n\n<p>　きょうは、僕が若い頃追っかけ回したバレリーナの誕生日だ。彼女、まだ踊ってるだろうか？\n　まだ、「ストカー」などという言葉すら生まれる遥か前で、彼女にはいろいろ迷惑をかけちまったが、僕的には幸せな時代だった。ストーカーなどに幸せな結末があるはずはないけども、ああ、今の青少年は、しかし少しかあいそうだな・・・\n</p>\n<p>　ブログ復活したので、お休みの期間のアクセスを眺めてたのだが、一年まえ慶応大学でおこなわれた室伏さんの舞踏公演を見たとき書いたエントリーにアクセスが集中してる。察するに少し前話題になってた慶応大学生のストリーキング事件が原因らしい。\n\n</p>　で、その自分が書いた記事を読み返す。久々に舞踏らしい踊りを見て感激したようなことが書いてあって、気恥ずかしかった。ずいぶん時間が経過して、その舞台の細部を忘れている現在、そのとき何に舞踏らしさを感じたんだろう？と考えてみた。その舞台について書いたエントリーには「舞踏には定義がない」などと書いていたのだが・・・\n\n<p>　どうもそれは、あの大きな空間に一時間近く室伏さんが一人で立っていたということだったと思う。\n</p>\n<p>　先日、横浜バンクアート「大野一男フェスティバル」で舞踏黎明期のダンサー４人（大野慶人、高井富子、石井満隆、笠井叡）の舞台を見た。大野さんは１０４歳になられたいまベットから起き上がることはない。４人はその大野さんの次の世代の人たちで平均年齢も７０歳くらいだと思う。コラボレーションではなくそれぞれが１５分ほど一人で踊った。（笠井さんは若いダンサーチームをつれていたが出突っ張りだった）\n</p>\n<p>　高井さんの舞台のみ何度か見たことがある。終演後のパーティーで「ほめてくれたことのない合田さんや国吉さん（評論家諸氏）が『よかった』といってくれたの・・・」とご機嫌な様子で歓談されていた。\n</p>\n<p>　その様子を少し離れてみていた僕は冷ややかに「そりゃ、いつもの一時間くらいの間のびした舞台をぐっと凝縮して得意技の連発だからなっ・・・」\n</p>\n<p>　「間のびした」・・・・\n</p>\n<p>　はるかむかし、若いダンサー３人が初めて自分たちの踊りの会を終え、師匠筋の土方さんと縁側でお話しているのを眺めてたことがある。その時、土方さんはたしか「・・・・・それで、舞台の上で立ち尽くすようなことに遭遇しましたか？・・・・」といった。少し間があって一番若いダンサーが「・・・いや、僕はばりばり踊りきりました」と答えていた。\n</p>\n<p>　たぶん土方さんは、初めての舞台で若いダンサー達があらかじめ仕込んでいた技（ねた）を出し切り、さて、しかし舞台の終曲にはまだ時間がある・・・・・・と・・舞台上で棒立ちする場面を想像していたのではないだろうか・・・\n</p>\n<p>　一番若いダンサーの答えが的を得てなかったので「間延して・・棒立ちしたその瞬間が美しいのですよ。そして、その間延すら腐っていく、そこから・・ですよ」と土方さんはいわずにその会話は終わった。\n</p>\n\n<p>　今になって不思議に思うのは、僕の中にあるぼんやりした舞踏の定義ができあがったのには、田中泯さんのダンスを若い頃集中的に見続けたことがおおきく影響してるらしいことだ。不思議というのは、その頃泯さんは自分の踊りのことを「舞踏」とはいってなかったからだ。\n</p>\n<p>　その頃の泯さんは一人で一時間から２時間舞台の上で一人で踊ったり、街の中でごろり転がっていたりしたのだ。\n</p>\n<p>　長々書いてきたけど、ああ・・・わかったのは僕の舞踏定義は「ソロ」ってことらしい。ぱっとしないな。\n</p>\n<p>　それから・・僕が、「へっ！こんなスゴイものがあるのかっ・・」舞踏を初めて見たのは豊玉伽藍で行われた大駱駝艦の「十二の光」だ。群舞、スペクタクルだ。駱駝艦については少し措いておく。\n</p>\n\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n<p>\n</p>\n\n<p></p>\n\n</div></div>\n';

