・小浜市ではアメリカの大統領がオバマ氏になってほしいと運動してるらしい。しかしアメリカではいつ黒人は普通選挙権を獲得したのか?
・小林由美さんの「超格差社会アメリカの真実」 を一年ぶりで読みかえしていて、アメリカの第二次世界大戦時の大統領フランクリン・ルーズベルトの政策、ニューディール政策についてかかれている部分だが、個人的ちょっとした発見をした。
・日本国憲法改憲論議において、「日本国憲法はアメリカさんの押しつけ論」というのがあるわけだけれど、知られているように、第二次世界大戦末期、F・ルーズベルトの死去にさいし、恒例によってそのスタッフ一団はホワイトハウスから去った。GHQ占領軍がこの島国に出現したほぼ同時期のことだったので、このF・ルーズベルトのスタッフ達が日本占領軍GHQのスタッフの中に多く存在したといわれている。
・で、そのGHQアメリカさんに「押し付けられた日本国憲法」で、この島国に初めて女性の選挙権が実現し、選挙権が初めて万民に完全に付与されるところとなった。
・でも、その当時のアメリカには、不思議なことに、いわゆる普通選挙権はすべてのアメリカ国人に実現していたわけではなかったのだ。
・この島国に「普通選挙権を押し付けたアメリカ国民」が、この島国と同等の普通選挙権を獲得するには1950〜1960年代の公民権運動を待たねばならなかった。
・なので、F・ルーズベルトのニューディール政策立案者スタッフの残党が、GHQ占領政策の中でニューディール政策のなかでは実現できなかった「理想の政策」を実現しようとしたというようなことがあったと云えるのではないか。
・ただし、小林由美さんは、上記著書の中で、F・ルーズベルト本人は北部のエリート階級としてそのようなことには冷淡だったのではないかと書いている。
・<FDRの強い支持層は南部やカリフォルニアにおおかったために、この時期、アメリカ西海岸から東海岸にいたる南部地域(いわゆるサンベルト)の力が台頭して、南部は南北戦争後半世紀以上をへてようやく経済成長路線に乗り出すことができた。それらの地域を支持基盤にしていたFDRは、南部の黒人差別に対しても、第二次世界大戦開始後のユダヤ人難民受け入れに対しても、真珠湾攻撃後にカリフォルニアで起きた日系人に対する集団ヒステリーに対しても、沈黙を守った。F・ルーズベルトの沈黙は北東部のエリート達に共通した人種センチメントでもあった。それはリンカーンが始めた黒人差別撤廃の政策をウイルソンが方向転換し、連邦政府の職場で白人と有色人種を分離させたことにもあらわれていた。p155>とも述べられている。
・で、自分の思いつきなどを長々先に書いたが、このエントリーの表題の答えらしきものは、「世界史の研究」さん によれば
・1964 公民権法(人種・宗教・性・出身国による差別禁止)
・1965 投票権法(黒人の投票権剥奪を禁止)
といううあたりになりそうだ。つまりこの島国で云うと、東京オリンピックの頃と云うことになる。