081018羽黒修験と海



081018羽黒修験と海
・黒いマリアに導かれて羽黒三山(羽黒、月山、湯殿山)の信仰と海との関係について調べてみようと思いはじめた。
・とりあえずの手がかりは、五来さんが書かれた「遊行と巡礼」に、四国遍路にも熊野修験にも先行して海の辺路(へじ)修験というべきものがあったという記述だった。
・そこで、手元にあった五来重著『山の宗教(修験講義)』角川選書のなかの「羽黒修験の十界修行」の章を読み返してみた。
・以下海に関すること気づいたことなどを抜き書きしておこうと思う。

 羽黒山開祖、伝説(架空)の人物、蜂子皇子弘海は、聖徳太子のいとこで太子から勧められて入道し、諸国修行に出た末、酒田の港に着いて、庄内から羽黒山に登った。p47

 蜂子皇子弘海がはじめて修行をしたといわれる阿古谷(あこや)というのは、・・・おそらくもとは葬場であったのだろうと思います。
 だいたいアコヤという地名はそう言う、人を捨てるような場所にあるのです。「阿古谷琴責段」の阿古谷 というのは、あれは鳥野辺です。p49

 常火堂は修験の山ならば、現在伝承がなくても、元はかならずあったと考えていい。p50

 それから役行者が開祖であるという伝承もあります。月山の八合目と九合目のあいだに「行者もどし」という坂があります。行者がその坂まできたが登れなかった、というようなことは、羽黒のすべての文献にでてくる。大峯、あるいは吉の、熊野よりも自分の方が上だという、いつもそういうコンプレックスがあるのです。p51

 鎌倉の末、延慶三(1310)年に那智の住人の心浄坊勝尊という人が羽黒にやってきて、常火堂を作ったというのですが、修験の山には奈良時代から常火があったことがわかっていますのでこの場合はお堂を作ったということになろうかと思います。p53

 出羽三山は申さないでもわかると思いますが、一番の主峰は月山です。1980メートルの山です。長い裾野にちょっとだけ山があるのが羽黒山です。・・・非常に急な坂を下ったところに、実は別の峰としてあるのが湯殿山です。むしろ湯殿山は、山の信仰であるよりは、仙人沢という、沢の信仰になります。・・・・それを下ると、今度は大きな道の流れの中を徒渉するのです。それを水月光といいます。そしてここへ下りると御神体もあり、「かたられぬ湯殿にぬらす袂かな」という芭蕉の句碑があります。ここの御神体は語ってはならないことになっております。あまりにも似たものがあり、そこからお湯が噴き出しているというので、いっさい湯殿のことは語ってはならないという戒めになっています。なかなか潔斎のうるさいところです。その三つをもって一山の修験が構成される。p54

(本来三山は真言宗に属していた。寛永(1624〜44)年間に天台宗に帰入させようという動きが徳川幕府によって画策されのだが)どうしても湯殿山だけは肯んじなかった。自分たちは弘法大師が開いたのだから真言宗で遺体ということで、湯殿山だけが(真言宗)に残りました。

 

 真言宗として残って、羽黒よりもこちらがの方がすぐれているということを言うためには、実際にそういうミイラを見せなければいけません。弘法大師は入定して永遠に生きている、という信仰があります。入定者は永遠の生命を獲得するわけです。ミイラにしたのは悪趣味な話で、あんなものはいらないのです。入定したということ自体が、その人の霊魂が永遠に生きているということなのです。姿はなくてもいいのです。修験道信仰には入定はするけれども、あとで掘り出してそれを人に見せる、あるいは拝ませるということは、本来ないはずです。そういうことは湯殿に特別な事情があったからで、必ずしも全部が歩調を合わせたわけではないのです。p57

 三山信仰で大事なことは、三山ともに死者供養をすることです。・・・「神奈備信仰」というのは、その死者の霊が山に籠っている。
 月山の場合、7月13日、月山の頂上で柴灯護摩というのを焚きますと、庄内平野から全部見えます。

 湯殿はたとえば岩供養といって、戒名を書きます。神主が戒名を書く紙をくれます。それに戒名を書いて、御神体の岩の横の水の滴る岩にこれを貼りつけます。滴る水でピシャッとひっつきます。それで死者の霊はその水によって清められるのです。そうすると死後が安楽になる。p61

 (二千日、三千日の苦行の過程で)挫折した行人の痛ましい歴史が、この一世行人の中には含まれます。
 その場合には、みんな弘法大師空海の「海」をもらい海号というのがつきます。湯殿山の忠海上人は、酒田海向寺にあり、宝暦五年(1755)に入定した人です。p66

 山伏の験力は「祈り生かし、祈り殺し」ができる。・・・そういう活殺自在な力というものがあってはじめて病気も直せる。死んだ人を生き返らせることを、修験の場合は理想としておったのです。p76


Posted:2008年10月24日 (金)at09:51