080413本覚論の中の一元論哲学の奥義「玄旨」
080413本覚論の中の一元論哲学の奥義「玄旨」・仏教ってのが、一神教なのかどうかすらうまくいえないボクにとっては荷の重い話だなあ。「玄のまた玄・・」
って決まり文句は聞いたことがある。・魔多羅神とは大黒天のことらしい。・ともかく、「異神 中世日本の秘教的世界」山本ひろ子著、ちくま文庫も買ってみることにした。・たまたま久しぶりに行った図書館で探した本がなく、手ぶらで帰るのもなんなので「悪党的思考」を借りてしまったのが運の尽きだった。・「悪党的思考」「精霊の王」「僕の叔父さん網野善彦」と中沢新一さんの著書を読んで、次々と中に出てくる本を買ってしまった。もともと好きだった網野さんの「異形の王権」「海の国の中世」「無縁・界・楽」、中沢さんお父さんの「つぶて」、中沢さんがオーム事件に関係したとして批判されながら、直接的にはそれらの批判に答えることなく復権しているという「中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて」島田裕紀著まで・・・その他、「邪教立川流」真鍋俊照 、藤森栄一「藤森栄一全集
第14巻諏訪神社」、折口信夫「翁の誕生」、服部幸男「おおいなる小屋」、大和岩雄「秦氏の研究」、吉本隆明「アフリカ的段階について」吉本隆明/糸井重里「悪人正機」。柳田国男「石神問答」「毛坊主考」は高くて買えなかった。・「僕の叔父さん網野善彦」に「悪党的思考」「精霊の王」が完成するあたりでの、網野さんと中沢さんの立場の違いが色々書かれていて興味深かった。・「悪党的思考」中沢新一著 1988年平凡社刊
一向宗とは、モノティスムの仏教者という意味にほかなりません。ここには、法然(1133~1212)に始まる浄土宗や、その思想を中世天台の本覚思想の影響を受けつつ極限的な高まり、深みにまでたどりつかせた親鸞(1173~1262)の系譜にたつ浄土真宗だけでなく、一遍(1239~89)の時宗なども含まれています。つまり、一向宗は徹底呈したアンチ=マンダラ的な宗教思想のことに、ほかならないのです。一向宗は、かつて日本に現れたことのないような、阿弥陀如来ただ一仏だけに、信仰と救済のよりどころを見いだしていこうとする、きわめて超越的な性格の強い仏教です。こういう一向宗の思想が、中世本覚思想という土壌のなかに胚胎したことは、とても興味深いことだとはおもいませんか・・・・・p226〜7
立川流は、仏教の人間理解でいうところの「本有思想」という流れに属している。本有思想では、人間の心には生まれながらにして清浄きわまりない如来の心が宿されているので、生きとし生けるものは、あるがままにして、すでに悟っていて、問題はただそのことに気づくかどうかということにかかっている、とされている。こういう考えの大本は、北のほうのインドで生まれ、中国で発達した如来蔵という仏教思想にある。如来蔵はチベットの密教屋、中国の禅にも大きな影響を与えているが、山川草木生きとし生けるものすべてのうちに霊的なものの宿りを見いだして行こうとする、アミニズムの思想体質をもった日本人には、ことさらアピールするものをもっていた。本有思想は、平安時代の後期になると、天台宗のなかで本覚思想を生み(あらゆる生命は、生まれながらにして覚醒しているという考え方だ)、神道における神仏習合の理論形成に深い影響を与え、そして真言宗のなかで、立川流を生んだのだ。
立川流は考えた。人間には生まれながらにして如来の清浄な心が宿っている。そうなれば人間のするあらゆる行為に、淨も不浄もありようがなく、そのままであらゆる行為は絶対的に清らかなものなのだ。とりわけ性愛の世界がそうではないか。性愛を通して、人間の欲望の炎が強く燃え上がる。本有思想に反対する「修正思想」の人々は、それは煩悩の炎だから鎮静させなければならないと主張するが、私たち立川流はそうは考えない。欲望の炎が強く燃え盛れば燃え盛るほどそこに宿っている如来の悟りの心も、大きく立ち上がろうとしているのだ。『理趣教』にも説いているように、性は清浄であり、愛欲はそのままで如来の悟りの心をあらわしている。p86〜7
インド密教の考えた「曼荼羅思想」において、如来の心に生起する世界の全体には、複雑で微妙なヒエラルキーの構造が常に考えられていた。話を性愛の世界に限っても、カルマムドラートマハームドラートは本質は同一であっても、そのあいだには欲望の質の粗=密にしたがって、ヒエラルヒーが存在し、その構造を安易に無視して、「すべては一つ」といったことを言うのは、大変な過ちだとされていた。ところが、真言立川流に合っては、かるマムドラ−との性的結合は、そのまま悟りの境地であり、その悟りの世界は、金ー胎、父ー母のような二元論的な構造をもって組織されるようになるのだ。立川流は、さまざまな「ダルマ」のあいだの精妙な違いを無視してしまう。ここでは「曼荼羅の思想」は、もはや多様体のモデルではない。ヒエラルキーの構造は一切無化され、一つの「日本的曼荼羅」という一元論のるつぼに放り込まれる。そして、るつぼ自体は、金ー胎、父ー母をベースにする内在的な二元論の「構造」を作り出していくのだ。あらゆる世界を金剛界(男性原理)と胎蔵界(女性原理)の二元対立のもとに捉えていくような「構造は」は、インド密教から見れば、とても「構造」をもったマンダラとは呼べないようなものなのだが、アミニズムの息吹に満たされた「日本的マンダラ」にとっては、そういう一体感に満たされた世界の「構造」こそ、自分たちの生きている現実にふさわしいものだった。
ヒエラルキーの構造を無化し(ということは、その背後にある超越的なものに向かおうとする意志のようなものを、あらかじめ抜きとっておいて)、あらゆるものを包み込む一元論的な空間のなかで、擬似的な構造を作り出そうとする。そう言う「日本的マンダラの思想」の世界をバックにして、日本の性の密教たる真言立川流は生まれた。・・・p87〜8
・「精霊の王」中沢新一著 2003年講談社刊
魔多羅神の神像図(「魔多羅神の曼荼羅」<輪王寺蔵魔多羅神二童子図>)といわれているものが古くから伝えられているから、まずそれをよく見よう(次ページ写真)。中央には魔多羅神がいる。頭に中国ふうのかぶり物(幞頭)をかぶり、日本風の狩衣(かりぎぬ)をまとっている。手には鼓をもって、不気味な笑みをたたえながら、これを打っている。両脇には笹の葉と茗荷の葉とをそれぞれ肩に担ぎながらおどる、2人の童子が描かれている。この3人を笹と茗荷の茂る林が囲み、頭上には北斗七星が配置される。
この奇妙な姿をした神たちが、常行道に祭られている阿弥陀仏のちょうど背後にあたる暗い後ろ戸の空間におかれている(次ページ写真)。この背後の空間から、阿弥陀仏のおこなう救済を守護しているわけである。阿弥陀仏と魔多羅神の組み合わせは、とてもアンバランスなものをはらんでいるが、天台宗のなかで発達した「本覚論」と言う哲学運動では、とくに魔多羅神が選び出されて、重要な働きをおこなうことになった。この哲学運動では教えを弟子に伝達するのに、密教風の「灌頂」の様式を採用した。そのとき、本覚論の中の一元論哲学の奥義「玄旨」を伝える灌頂の場を守ろうとしたのが、この三人の神なのだった。魔多羅神はこのとき、暗い後戸の空間を出て、奥義が伝えられるばの前面に躍り出てくるのである。
この神の由来についてはっきりしたことはもうわからなくなっている。鎌倉から室町にかけて、比叡山を中心にする天台宗系の寺院で流行していた本覚論は、江戸時代に入ると「邪教」の烙印を押されて、書物を焼かれたり、仏具を壊されたりしてしまい、表立っての伝承はそれで絶えてしまったから、魔多羅神の正体についてもすっかり不明となってしまった部分が大きい。p126
彼女(山本ひろ子)はまず『渓嵐拾葉集』『光宗著、1317〜1319に成立)に記録された次のような記事に注目する。
「魔多羅神とは摩訶迦羅天であり、また吒枳尼天(タキニ)である。この天の本誓に『経に云う。もし私が、臨終の際そのものの死骸の肝臓を喰らわなければ、そのものは往生を遂げることはできないだろう』。このことは非常なる秘亊であって、常行堂に奉仕する堂僧たちもこの本誓を知らない。けっして口外せずに秘密に崇めよ。」
ここに上げられているマカカラ天(マハーカーラ、大黒天)といい、ダキニ天といい、どちらも仏教風にいえば「障礙神(ショウソ)」の特徴をそなえている。この神を心を込めてお祀していれば、正しい意図をもった願望を成就するために、大きな力となってくれる。しかし少しでも不敬のことがあると、事を進めるうえに大きな障害をもたらして、あらゆる願望の成就を不可能にしてしまうというタイプの守護神が、障礙神なのである。民俗学風にこれを言い換えれば、このタイプの守護神はまぎれもない「荒神」である。
しかもこの神はカンニバル(人食い)としての性格をもっている。・・・・p128〜9
Posted:2008年04月13日 (日)at12:20