080706クロノクロミー



・080706クロノクロミー、オリビア・メシアンの曲

 「何も共有していない者たちの共同体」アルフォンソ・リンギス著 を読んでいて、クロノクロミーというオリビアメシアンの曲について書かれていたので買ってみた。メシアンのCDではディプティークという曲のはいってるのを持っていて、このごろたまに聞くことがあった。メシアンの曲がすっとはいってくる時というのは自分の具合があまり芳しくない時のような気もする。

 クロノクロミーは<ギリシア語の時間を意味する「クローム」と色彩を意味する「 クローマ」の合成語である。>そうだ。

 アマゾンでは2種類とも売り切れで、何処かのサイトで5〜6000円もしてたので諦めかけたが、ローマ字で検索すると中古、ブーレーズ(ピエール), メシアン, クリーヴランド管弦楽団があってプチッ。こういうことはよくある。ぜんぜん値段が違うものね。3分の1ほど。で・・・結局、もう一枚「鳥のカタログ」ってのをプチッ。

 結局の無駄遣いではあるけど、こちらも日本版の中古が10000円近くしてたのにやはりローマ字検索では、2000円程度で買えた。

 外版は到着まで1週間以上かかった。ずいぶん安いので、この外版は(日本版は3枚組なのだが)3枚組ではなく1枚のみのダイジェストかなんかかな?とおもってたが、ちゃんと三枚組でお得な気分この上ない。

 「クロノクロミー」と「鳥のカタログ」早速聞き比べてみる。鳥のカタログをかけると昼間にもかかわらず林のなかの本物の鳥たちがスピーカーの音に反応してにぎやかにさえずりだした。鳥たちのカタログを聞いて初めてクロノクロミーも鳥たちのさえずりだということがわかった。こちらの方がの方が複雑な厚みのある感じ。森のいろいろな音が聞こえてくる感じ。

 この雑音は、コミュニケーション理論がいうようには、無関係もしくは相反するもの——セールの言葉を借りれば「多義的な」もの——となる多数の信号や情報の断片に、分解して分析できるものではない。雑音は私たちが耳にする、こおろぎが羽根をこすりあわせる音のように、メッセージを持たない反響、発声として現れるのだ。O・メシアンは「クロノクロミー」で、自分が所有する、鳥の歌声を録音した膨大なテープに含まれるジャングルの鳥たちがだした膨大な数の信号を、音楽、リズム、ハーモニー、メロディーにしたのではない。私たちは「クロノクロミー」で、シンバル、ベル、ブロック、パイプという金属の音、マホガニー、オーク、竹といった木の音、弦、ドラムといった動物の皮の音、はたきの繊維の音、つる、樹脂、分泌液の音が、無数の鳥類がたてる野生の狂気の騒音に変わるのを耳にするのである。そして私たちがそれを耳にするとき、その音は再び、私たち自身の音へと変貌する。

 というのも、私たちもまた、伝達するものをバックグラウンンド・ノイズとともに伝達し、バックグラウンド・ノイズを伝達するからである。コミュニケーションが成立するのは、大地、海洋、大空の脈動が、私たちの体内で捉えられ、凝縮され、広げられ、つぎに私たちの体内から解放され、そのこだまが風と海とともに戻ってくるのを耳にするときなのである。p130

 軍事産業という先導的な産業によって牽引されているコンピュータ・テクノロジーは、メッセージを可能なかぎり効果的に、効率的に、楽に送る事を最優先させている。現代のコミュニケーション理論を形成し、また構成しているのは、コンピュータ.テクノロジーである。しかし、私たちがお互いに話す事には、意味をなす部分がほとんどないのだ。まじめに受け取ってもらいたいと要求するものがほとんどない。大部分は単なる戯言であり、戯言を話しながら私たちは、おくびをしたり、放屁したりするときに感じるのと同じ、腹の底からの本能的な快感にふけるのである。ニーチェがつとに指摘したとおり、教養ある人々の中で重々しい発言をしたり、三段論法を使って正当な論議を打ち立てたりする事は、実際、悪趣味なことなのである。自然法則あるいは合理科学よってプログラムされ、全自動化された産業と事業に添えられた言語の多くは、さらには、つまらない事に対して、がっかりすることにたいして、そして災厄にたいしてすらも添えられた言語の多くは、笑いを引き起こす以外の機能を持っていない。うめき声とうなり声に混ざりあった笑い声が、世界の騒音の中に発せられる。私たちが抱擁しあうときに語り合う事の多くは、私たちのため息とすすり泣きを、雨と海に解放してやるために語るのである。

 すべての口ごもり、叫び、不明瞭な発音、ささやき、ゴロゴロという音、クークーという音、笑い、私たちが一緒にいるときに発するすべての雑音は、人間のコミュニケーションの理想都市の只中にありながらも、世界と悪霊の遠くにきこえる雑音を聞こうとして、しかしながら、コミュニケーションの促進者であり、雑音を最大限に除去することの化身でもある外部者の、曖昧さのない声でいっぱいにしようとして、その両方であがいている自分たちの姿を、垣間見させてくれるのである。p138


Posted:2008年07月06日 (日)at12:16