りいことリウマチ
5.仕事と結婚
 とうとう4年生になってしまいました。バブルの時代が終わって、就職氷河期が始まっていました。新年度が始まる前に100通以上、企業への資料請求ハガキを出していましたが、あまり手応えはよくありませんでした。かれこれ30社くらい受けました。就職するに当たってはやはり自分の体が一番心配でした。普通に勤められるのだろうか・・・。だからまず営業職は避けました。履歴書の「健康状態」の欄には正直に病名を書きました。嘘をついてまで・・・という頑なな気持ちがあったんですね。でも本当に女子にとっては大変な時でした。リウマチの痛みを忘れるくらい、都心を歩き回りました。
 就職するにあたって心配だったのは通院のこと。今まで平日の日中に通っていましたが、就職する事になればそれは不可能になります。通院して薬を欠かさず飲んでいれば日常生活に支障はありません。仕事にも問題ないでしょう。だけど、通院できなかったら・・・
そんな不安もありましたが、私にはまず入社内定を貰うことが先決でした。そして、7月半ばに希望の会社から内定を頂くことができました。病院では、先生に「今度就職でしょう?決まりましたか?」と気に掛けていただいてましたので、すぐ報告したところ、私の自宅から近い範囲で、リウマチの外来を扱っていて夜間や土曜の診察をしている病院を紹介してくださるとのことでした。全ての心配事が解決しました。その夏は、卒業論文やアルバイトで改めて忙しい日々を過ごしていたと思います。痛みもまあまあコントロールできていました。
 私が結婚することを決めたのは会社に入社して2年目の時だったと思います。その前から主人と私の間では話していたのですけど、私の両親にその話をしたのが2 年目の春でした。その後二人で式場巡りをして、3月3日に式を挙げる予定をたてていました。
 その頃から、私の体調はとても悪く、いつも真っ白い顔でやっとの事で仕事に行っておりました。仕事中に頭が割れるくらい痛くなり、父に会社まで迎えに来て貰って早退したり、不思議なくらい疲れていました。そしてある朝、あまりに具合が悪いので会社を休み、母に支えられながら病院に向かいました。体調を崩してから、その前にも病院に行っていたのですが、その時に採血したデータを見て、先生が「これはいけない。すぐ入院してください!」すぐに待合室の母に「私、入院だって・・・」と伝えると、母は自宅へ戻って入院の支度をしてくれました。それからしばらくは点滴を打ちっぱなしです。初めの何日かはご飯を食べるために起きあがることもできませんでした。吐き気が押さえられないくらい頭が痛かったです。幸いに、私の病室は個室でした。緊急の入院でそこしか空いていなかったのです。しかもバス・トイレ付き。とても助かりましたた。その時の私は10メートルだって歩けなかったのです。先生には「よく仕事行ってましたね。」と感心されたぐらいです。
 おそらくは疲れがたまっていたのだろうと思います。直接の原因ではないにしろ、慢性関節リウマチは全身の症状を伴うものですし、とにかく疲労は大敵です。きっと2年目になって気負いがあったということと、自分の体と病気への過信があったのでしょうね。3日くらいでほとんど元気になり、一週間で退院しました。心配したのは今の夫です。入院するときに「里絵です・・・入院することになりました。また連絡します」と死にそうな声で彼の自宅へ留守電を入れておいたのですが、それはびっくりしたようです。すぐに私の自宅へ電話して確認したそうです。入院した日に私が病室から電話をかけたところ、(私の病室にはダイヤルインの電話まで備え付けてあったのです。勝手に使っちゃってよかったのだろうか・・・)それは心配したようで、入院中は1日おきに見舞ってくれました。車でとばしても1時間 くらいかかる距離だったのに、仕事が終わってから来てくれたりもしました。
 それがきっかけだったのだと思います、結婚式は3月3日と決めていたものの、それより半年早く籍を入れました。というのは新居を探していた折り、とても気に入った物件を見つけてしまって、早速彼だけ先に入居することにしてしまったのです。入院のこともあって、彼は「いつ何があるかわからないから、そばにいたい」 という考えもあったようです。そこは私の実家から徒歩15分ほどで、自宅から近くなった分、結婚式の準備にも便利になりました。しかし家が近くなれば、やはりそちらによく行くようになります。ついに母が「あなた達、まだ結婚してないんだから」と軽く注意をするようになって、「じゃ、籍入れるよ」と入籍してしまったのです。

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那由多のお部屋〜那由多と愉快な仲間たち〜
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