りいことリウマチ
3.進路について
 進路についてはたくさん悩みました。1年生の時、聖歌隊付属オルガン部に入り ました。私の高校はキリスト教主義の学校で、毎日礼拝がありまして、そういった 礼拝での奏楽などに使うオルガンを練習する部です。一時は大変のめり込みました。 「これから頑張れば夢ではない」という先生の言葉もあって、一時は音大を考えま した。それはすぐに母に反対されました。なぜ反対されたのかよくわかりませんが、 それと前後して病気にかかり、足での演奏が大変重要であるオルガンで身を立てよ うという夢は夢に終わりました。部活はそのまま続けて、自分なりに成果は収めた と思います。高校3年生の時にはバッハの「小フーガト短調」まで弾けるようになっ たんです!
 さてさて、進路の話の続きです。次に考えたのは医師への道です。自分のこの不 可解な痛みは何だろう、という気持ちとその頃のめり込んでいた手塚治虫さんのマ ンガ「ブラックジャック」への憧れがありました。両親にたちまち反対されました。 「そんな金はない!」・・・当然です。
 高校3年になって、授業の多くは自分で選択できるようになります。私は自分の アタマは絶対理数系だと信じていましたので、とことん理数の授業をとりました。 そして、好きだった化学を極めようじゃないかと思いました。ところが受験する、 という事になると母が猛反対。私の高校は系列の大学が同じ敷地にあり、わざわざ 受験をして、内部進学の権利を放棄するなんて、という訳です。私は浪人してでも いい、と食い下がりましたが・・・。
 その頃、高校に他大から推薦入学の案内が多少来ていました。残念なことに私の 目指す大学はありませんでした。自分の大学の理工学部にはどうしても気が進まず、 それじゃあ、と次に勉強したいと思ったドイツ語科の推薦が来ていたある大学を受 けたい、とまた親に相談。これも反対です。成績は十分足りてるから、と言ったも のの、「内部より確率は低い!」って。確かにそうです。でも、私の大学は1・2 年は郊外の山の上のキャンパスに通わなければならず、それをどうしても避けたかっ たんですけど。
 まあ、結局内部進学でということになりました。ただし、理工学部ではなくて、 国際系の学部に志望しました。あんなに数学だの、化学だの物理だのばっかり勉強 したのにもったいなかったなぁ。私の大学のその学部は国際系の学部のハシリだっ たので内部進学でも結構な人気でした。結局、その学部には入れましたが、第一希 望の学科にはオチてしまいました。

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那由多のお部屋〜那由多と愉快な仲間たち〜
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