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余丁町散人(橋本尚幸)
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2003.1.3

ルモンドがフランスの知識人達へのインタビューでまとめたイラク問題に関する記事。問題点がよく整理されておりご紹介します。要は「サダムはやっつけるべきであるが、今は状況が悪い」というもの。「ケンカはよくない、受容と寛容の精神で」などと言っているどっかの国の知識人とは、相当次元が違う議論となっています。こういう議論を聞くに付け、「寛容と共存の理念」だけに基づく主張は、なかなか国際的な普遍性を持ち得ないという気がします。

Pour les intellectuels français partisans de l'intervention armée dans les Balkans, "l'Irak n'est pas le Kosovo"(2003.1.1)

バルカンの武力介入を支持したフランスの知識人達は「イラクはコソボではない」という。


以下のような人たちの意見を聞いた。ボスニアとコソボの問題では積極的に行動した人たち。彼等は、人権と、自国の国民に対して武力を行使することをためらわない独裁者が行う民族浄化策に脅かされている自治権を守るために立ち上がった人たち。直接行動は取らなかったが、周りから支持していた知識人、研究者、哲学者たち。彼等は全て、昔からの戦争のタブーを越えて、国家主権の陰に隠れて独裁や抑圧やジェノサイドを行う国家に対しては、国際的な法的措置として外部からの武力介入を正当化した人たちである。

われわれは、いまその一人一人に、「イラクをコソボと置き換えることが出来るか。サダム・フセインはミロシェヴィッチか。イラクに武力介入しても良いのか」という簡単な質問をした。12月8日のニューヨークタイムズ紙によれば1990年代にはいわゆる米国の「リベラル」は「ベトナム・シンドローム」に支配されており「多民族国家の民主主義を守るために自らタカ派に変身した」とのことである。この一定の条件下では武力介入を容認するという「ボスニア・コンセンサス」は前のイラク戦争の時まで続く。ところばいま米国のリベラルも二つに分かれている。フランスに於いては、今回の調査で、ミロシェヴィッチとサダムが似たようなものだと言うことではインタビューした人全員が一致している。しかし、最初の反応は、多くのインタビューした人たちにおいて共通であるが、当惑というものであった。

ベルナール・アンリ・レヴィーは「私はボスニア、コソボ、アフガニスタンでは、武力介入を積極的に支持した。西欧諸国が何もしないことは許されないと感じた。でも今のイラクではよく分からない」という。国連のコソボ管理委員長であったベルナール・クシュネールは、今のイラク問題では「反米主義がいたるところで吹き出しており、状況は読みがたい」という。アラン・フィンキールクローは「実態が読みにくい。コソボのケースより地域問題が格段に複雑であり、イラクに介入するにも、どこから手を付けていいか分からない状況である」として、「道徳的には、サダム・フセインに対する戦争は正当化される。しかし政治的には多くの疑問がある」という。コソボ委員会の創立者の一人である政治学者のピエール・ハスナーは「ナイーヴになってはいけない。人権を守るために戦いをすれば地政学的な結果を引き起こす」としてユーゴスラビア問題とイラク問題の違いを指摘する。これらの人たちへのインタビューにより、三つの主要な懸念が表面化した。

(サダムとミロシェヴィッチの)体制の性格についての一致した認識

これは同じ様なものだとすることでは皆が一致している。「スロヴェニアで奴隷にされたイスラム教徒が7500人も殺されたと言うことでみんな心を動かされた」とベルナール・クシュネールはいう。かれはイラクのクルド人地域を調査してきたが、「イラクでは犠牲者は何万人の単位である。クルド人達、シーク教徒たちだ。8万人のクルド人が1988年に行方不明となった。武力行使以外でも問題の解決は可能だと思うが、このサダム体制も野蛮性は隠しがたい事実である。きわめて生産性の高い犯罪者と言うことが出来る」とサダム・フセイン体制の異常さを話す。

雑誌「エスプリ」の編集長であるオリバール・モンガンは「サダム・フセイン体制の凶悪さは近代的独裁者そのものであるが、これは今に始まったことではなく、アメリカとフランスがバグダッドを支持していたイラン・イラク戦争の時から変わらないものである」という。

ダニエル・コーン・ベンディは「コソボにせよアフガニスタンにせよ、武力介入は単に独裁政治を潰す目的ではなく、攻撃的性格の独裁政治を潰すのが目的だった。前回のイラク戦争もイラクはクエートを侵略したからだ。ところがこの十年事態は大きく変化している。イラクは封じ込められており、政治的手段でこの封じ込めを強化することが可能である」という。

コソボとイラクは同じものでありながら状況が違うと言うことは、何に起因するのか?

ヨーロッパからの距離の違いによるものなのか? ダニエル・コーン・ベンディは地理的ファクターは関係ないという。かれは攻撃的性格を有するかどうかが重要で、それはアフリカに於いても適用されるという。さらに「イラクが遠いと言ってもECに入るかも知れないトルコと国境を接している国である」という。ピエール・ハスナーは、もうちょっと地理的問題に敏感ではあり「コソボはヨーロッパに近いばかりではなく小さい国でずっとやりやすかった。イラクに介入するとイスラエル・パレスティナ問題に火を付けることになる。コソボはヨーロッパの裏庭だったが、イラクはヨーロッパに大きな利害関係も持つアラブ世界のど真ん中にある」という。

(サダムの)危険性についての疑問

サダム・フセインが国連査察団に対して大量破壊兵器を開発していないとして提示した証拠の脆弱性は、(コソボとイラクの)相違点としてあげられるか?ピエール・ハスナーは「米国は、武力介入を正当化しようとして論理をかなり飛躍させている」という。すなわち:イラクは確かに大量破壊兵器を持っている、これは他のアラブ世界に対して使用されるだろう、さらに別のイスラム原理主義者達に提供されるだろう、それが回り回って米国に対する攻撃に使われるだろう、と言うのがホワイトハウスの議論である。だから「イラクの大量破壊兵器がアルカイダに渡り米国に向けられる前にイラクを攻撃しなければならない」と言うことに繋がる。ここに、インタビューした人たちに共通の基本的な(イラクとコソボは別だという)認識が生じることとなる。すなわち、一つは地域問題であり、二つはジョージ・ブッシュの意図についてである。

アラン・フィンキールクローは「コソボの場合は、地域の安定化に繋がるから武力介入を支持したものだが、イラクの場合は逆に地域の不安定化に繋がりかねない」という。「イラクはこの地域の中心的存在であり、それに戦争を仕掛ければ、この地域の逆行的な政治体制を更に強化することとなる」とモンガンはいう。ピエール・ハスナーは「アラブ世界と西欧世界の間で協調的な関係が存在するのであれば、イラクへの軍事介入にこれほどまでに反対しない。たとえば和平問題だが、全く西欧とアラブは対立している。ブッシュはシャロンと同一人物と見なされているのだ。この十年、アラブ諸国との関係は悪化し続けた。だからこの武力介入が、ユダヤ教徒とキリスト教徒の連合とイスラム教徒の戦いとか、富裕国と貧しい国との戦いとか、植民地主義者と非植民地国との戦いとかのように見なされるのは避けなければならない」という。

アメリカの意図に関する疑問

アメリカはサダムを倒した後のことを考えているのだろうか? オリビエ・モンガンは「正当化される戦争とは、戦争の後事態が好転するということが見込まれる戦争なのだが、今のケースではそれに疑問がある」という。「ボスニア・ヘルツェゴビナでは戦争の後に民主化に向けて事態が進むことに確信が持てた。イラクではそんなことは全くない。民主化に向けての革命なぞは進行していない。民主主義とは一朝一夕にできあがるものではない」とベルナール・アンリ・レヴィーは言う。ベルナール・クシュネールは「80%のイラク国民はサダムの崩壊を願っている。そのイラク人を押しつぶしてどうするのだ? これを左派達は心配しなければならない」という。これはピエール・ハスネールも心配している。かれはキューバの「ぶたの湾」侵攻事件を想起する。アメリカは、キューバ人民の感情に過大な期待を寄せすぎており、それで失敗したのだ。

ワシントンの本当の意図はどこにあるのか、と言う問題に全員が懸念を抱いている。「サダムの後は国連統治にしなければならない。もしそれがアメリカ単独による支配となるなら、石油がらみの臭いが立ちこめる中でアメリカ国内問題が絡み、全然よくない」とクシュネールは言う。「これが問題をよこしまでインチキくさいものとしている。もし武力介入をどうしてもしなければならないのであれば、それは国連により決議され、国連と共に国連のために行われなければならない」という。

アメリカのネオ保守主義者達は、サダム・フセインの崩壊は中東全域の近代化のきっかけになると主張している。チェイニー副大統領は、地域の民主化について述べている。ピエール・ハスネールに言わしめれば「アメリカは、我々は今、アラブ世界に民主主義をもたらす第四次世界大戦(第三次とは冷戦のこと)を戦っているという。それは信頼できない。悪の枢軸に対する戦いだと言うが、そのアメリカの同盟国がチェチェンなどではサダム以上にひどい戦争犯罪を犯しているのに、どうしてそんなことが言えるのか」と。

9月11日の事件は、冷戦後の新しい国際関係パラダイムを揺すぶらせている。1990年代は、あたらしい国際国家権力というものを作り出す為の努力が試みられた10年であった。そこでは国連が中心的役割を果たすというものである。アメリカは、時には脆弱性を見せるが巨大な力を持っており、力と道徳に於いて一極支配が出来ると考えがちである。それは、ピエール・ハスネールの表現を借りれば「皇帝であると同時に教皇」という状態である。コソボの時のように、形態は違うが、イラク問題は同時に国際秩序のあり方に関する問題でもある。

Alin Franchon et Daniel Vernet

ARTICLE PARU DANS L'EDITON DU 01.01.03






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