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余丁町散人(橋本尚幸)
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2003.1.2

ルモンドの年頭に当たっての社説です。2003年のルモンド紙のスタンスが明快に書かれており、この社説、けっこう説得力があります。何でもそうですが、基本方針さえ間違っていなければ、少々の戦術上の失敗はどうって事はないものです。

L'éditorial du Monde
Vœux (2003.1.2)


ルモンド社説、祈願

2002年は奇妙な二つの味が混ざり合ったような年だった。アフガニスタンでは1月に戦争が終わったのに、一方でイラクの砂漠で戦争が宣言された。フランスの内陸で4月21日に立ちこめた変な臭いは、共和派の結束により起こされた大きな風をしても、まだ吹き払われてはいない。世界経済は、株式市場のバブルの崩壊があり、年末に再び落ち込むのは防げたようであるものの、妙に重苦しい雰囲気である。科学、特に生化学が、哲学認識論を越える進歩が見られ、非人間的な色彩もあった年でもあった。ガリスの海を汚染した原油流出事故という不幸な出来事もあった。ベルリンの壁は崩壊した後ではあれほどまでに将来を信じていたのに、地球は再び混乱と悲惨のなかに落っこちてしまったかのようだ。新しい希望はむなしかった。望みよりも脅威が大きいようである。

2003年には、何にも増して、昨年の失望と幻滅で広がって定着しているこの種の宿命論を終わらせることが望まれる。何にも増して、希望それ自体が復活することが望まれる。全員に。各人に。外交、経済、技術にとっては、将来は暗黒ではなく、それぞれ、平和のイニシアティブ、ダイナミズムへの復帰、理屈の主張にかかっているものなのである。2003年は、宿命論とそれから派生する必然の結果と戦い、宗教的、ナショナリスト的などの全ての分野でのアイデンティティーの後退と戦う年としなければならない。

確かに、米国は地球を軍事的に支配できるハイパーパワーである。しかし、どんな国の運命も米国に握られてはいけない。それは国際連合の仕事である。ヨーロッパの役割は、中東に自立する手段を与えることで、今この袋小路に陥っている時だからこそ、イラクやイスラムアラブ世界やアフリカに、そして全ての開かれた国境に向かって、勇敢に、人間性と民主主義と普遍性のメッセージをもたらことなのである。ヨーロッパはソ連の独裁で疲弊した東方諸国に向けて拡大されるべきである。それは政治的な思想が違う広い商業地域を含めることでの統合の希薄化を意味しない。今年に結論を見る統合協定は必ずや我々を安心させるものとなろう。

新しい資本主義は確かに発展の不平等をもたらし、知らず知らずのうちに、今日ラテン・アメリカで見られるような殺人的な金融の嵐を引き起こすものである。しかし、再び保護主義に戻ってはならない。それは解決にはならず、むしろ逆である。対話と公開性の精神が、イデオロギーに替わって、IMFなどの国際機関の運営を牛耳るべきである。窮状は共通であるが、対策はそれぞれ異なるのである。各国政府の自由裁量性は、特に社会政策に於いて、言われている以上に広いものである。科学は、コントロールできなくなると、また魂を失い非合理的な創造主の夢を持つと、怖いものである。しかし、知識の進歩は人類にこれだけの希望を与えてくれたものであり、再び暗黒の世に戻ることはできない。

テロリズムの脅威は共通の禍である。しかし各国の連帯なしには、それと闘うことは出来ない。

ARTICLE PARU DANS L'EDITON DU 02.01.03






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